第28話 ヨーグル島到着・愛と苦しみとまぼろしのはざまに


アールグレイ達一行を乗せた船は、ようやくひとつの島へ到着していた。
それこそが、魔界の入り口があるという、ヨーグル島だ。
どれほど魔の秘境なのかと思えば、案外普通の島だった。
何だか逆に拍子抜けするくらい、普通に自然の木々が生い茂り、北の島であるわりに、緑が多くそう寒々しいわけでもない。
カルボナーラを案内人に、一行は島内を進む。ただ船も放ってはおけないので、人員を分けた。「私も行きます」と言うミントも船に残し、側にもう一人この島に詳しそうなブレッドも残す。あとは船を守るのは俺の役目だというシャーベットとビア、カクテルも、クラムとポタージュも残ることにした。
あとの人員は島の中を進む。麻痺してきたのか、はたまたここは魔の秘境ではなかったのか、しばらくは何もなかったが・・・。
「俺なんか麻痺してきたのかなあ、この島全然おっかなくないし。」
アールグレイはそう言いながら、余裕がありそうな顔をしている。
「案外、恐ろしい島でもなんでもない気がするよ・・・。」
ガナッシュも同感らしい。
だが、カルボナーラは知っていた、この島の洞窟は恐ろしい場所だと。油断しないでちょうだい、と言う。
「洞窟から魔界に入るそうだが、その洞窟が問題なワケだね。」
ラズベリーは、カルボナーラの答えを待つ。
「・・・そうよ。島はこの通りなんともないわ、たまに野生の魔物が出るくらいね。でも・・・魔界人以外の人には、洞窟は注意してもらわなきゃならないのよ。魔界に魔界人以外が入れないように、罠がいっぱいなのよ。」
カルボナーラはそう答える。
「どういった、罠が?」
「ううーん・・・そうね、色々あるけど、特に注意して欲しいのは・・・中の魔物の誘惑の幻術かしら。男の子には色っぽいお姉さんに見えちゃったり、女の子にはありもしないような美形のお兄さんに見えちゃったり、子供にはパパママに見えちゃったり。死んだはずの思い出の人に見えたりとか、するけど。」
微妙な面持ちで語るカルボナーラだが。
「でもそれは全て幻術で、ありもしない人が見えたら罠だと言うことだな?」
ラズベリーがみんなの頭に浮かんだことを、代表するかのように話す。
「そうよ。その通り。気をつけて、その人の心の奥底にあるものを映し出すとまで聞いたわ・・・あたしは魔界人だから何も反応しないのよ、でもアナタたちは何が見えても、仲間以外を信じちゃダメよ。」
「なーるほどね、そういう罠か。」
「そうよー、王子サマにはそこの金髪のおちびさんが見えるかもしれないわねえ。でもありもしないことをしてくるから、誘惑されないようにね?」
シリアスだったカルボナーラの面持ちも、少し崩してにやにやとしている。
「なんてイヤな罠なんだよ。」
プディングは喩えに出されて大層不満そうだ。
「そんな罠にひっかかってやるほどバカじゃないつもりだけど、気は引き締めようか。」
珍しく普通の台詞でまとめるラズベリー。
「なにが見えても仲間のこと以外、信じなきゃいいだけだよな、気持ち悪いけど答えはカンタンだよ。」
アールグレイがそう付け加える。
「うん。そういう場所なら、ミント姫は来なくて本当によかった。」
ガナッシュが言う。これ以上怖い思いはさせたくない。
「頼もしいこと。それにお姫様はそれでホントに正解よ。」
そんなことを言いながら歩いていると、問題の洞窟らしいものが見えてくる。
さあ、開けるから覚悟して、気を引き締めてと。カルボナーラはなにやらわからない言葉の羅列をつぶやいて、解錠する。
「何か出てきてもそれは魔物に過ぎないわ。叩き斬りなさい。どんな愛しい人に見えようと、負けないで。」
一同、頷く。そして洞窟内に入っていく。

そこは、しばし壮絶な場所となった。
ただ、みんな駆け抜けた。カルボナーラには魔物の群れにしか見えなくても、それが周りの人間達には何か違うものに見えているはず。
だが、一同それほど弱くなかった。怒りをあらわにして叩き斬った者、泣きながら倒した者、顔色も変えずにただ無言で倒す者・・・。
可哀想に・・・こんなところに来なくちゃいけないなんて。アナタたちが強い人達で良かったわ・・・ごめんね、アタシのせいね・・・。アタシがきっかけを作っちゃったんだもの。せめて見届けるわ・・・。
カルボナーラには何も、魔物にしか見えていないが、彼女の心も痛んだ。

駆け抜けた道の途中、水が湧き出る場所に出た。
そこは、誘惑の罠を抜けた者ではないとたどり着けない、やっとその幻術から解放される場所だ。
「みんな、もう大丈夫よ。ここはもう、魔物は出ないから。」
カルボナーラが疲れた人間の若者たちに安心してと声をかける。
「・・・ホントに?」
「ええ、ここは安全。もう罠はないわ。ここは魔界に近いけど、聖なる力が湧き出ている場所なのよ。ここで休んだらいいわ。」
「そう・・・なんだ、よかった・・・」
そう力のない声を漏らしたプディングだったが、その湧き水に手を浸すと、なんとなく元気が戻る気がした。
「これ、いいかも。みんな、この水大丈夫っぽいぜ。」
「ええ、みんな、飲んでも大丈夫だから、気を抜いてちょうだい。お疲れ様。」

みんな、ひと心地ついて、休んでいた。だが、ほぼ無言。
顔が見られないらしい。
ガナッシュが平気そうに、アールグレイに持ってきた干し肉を差し出すが、食が進まないらしい。さっき叩き斬った顔と同じ、わかっていてもなんとも後味が悪い。
ガナッシュの方は平気そうだった。見えたまぼろしの中に相棒の顔と同じものはあったが、自分で斬ることもないまま、隣のアールグレイが倒したのだ。
見えていたのは、違う姿だったろう。救いだったのは、隣にいた相棒が自ら斬ってくれたから、一番ダメージが軽かったようだ。
「大丈夫か。」
アールグレイは顔が見られないまま、それでも声をかける。
「うん、またおまえに守られたよ。アールグレイの方が辛そうだよ・・・?」
「うん、ごめん。」
「なんで謝るの。」
「・・・それは聞くなよ。」
「あ・・・」
何を見ていて、何をあんなに必死な顔で叩き斬ったのか、それは聞くまい、誰にも。
だが、全然大丈夫そうな顔で、いつものような言葉のヤツもいた。
「プリンちゃん、大丈夫かい。」
ラズベリーは平気な顔だ。
「何でおまえ、そんなに元気なの、どういう神経してんの、逆にびっくりだぜ。」
プディングの声も、元のテンションに戻りつつあった。
「だってねえ、所詮全部あるわけないまぼろしだから。気にしたって仕方ないさ。それなりに楽しむことにしたんで、元気なんだよ。」
その言葉を聞いた一同、少し元気になる。
「楽しんだのかよ・・・何を見ながら楽しんで・・・」
「それは聞かない方がいいよ。僕の心に留めておくよ。」
「留めてどーすんだよ。」
「そうだね、忘れようか。」
笑い声も聞こえた。
カフェラーテが口を開いた。
「僕は・・・アプリコットが見えたんだ、でもあんな弱いアプリコットがいるわけないから、更々現実味がなかったよ。」
みんな、それぞれが励まし合って、元気と正気を取り戻していく。
だがしかし、ひとりぼろぼろなヤツがいた。
グラニューは何を見たのか、負けそうにないと思われた喧嘩屋は、今ぼろぼろに涙で溢れる顔を隠すしか出来ない。
「・・・!」
気付いたプディングが駆け寄ろうとするのを、フレークが止めた。
「やめておいてやってくれ。・・・あいつ、喧嘩ばかりして恨みも相当買ってきたからな・・・恐ろしいもん見ちまったみてえだ・・・。」
「じゃ、じゃあせめて、フレークが側にいてあげてよ。」
「そうだな・・・この先戦力になれんかも知れん、俺とアイツは置いていってくれてかまわんよ。すまんな。」
それなら、と。
カルボナーラは道を示した。ここから、外に出られるからと。振り出しに戻るだけの、帰り道だと。すぐに外に出て、船に戻るといいわ、みんなも帰りたければここから。
そう言って、出口を指し示すが。
「いいや、いい。」
意外にもぼろぼろだった喧嘩屋は、戻らないと言い出した。
「みっともない所見せたな・・・。」
ちょっと怖かった喧嘩屋の顔が、今はなんにも怖くない。
「出口はここにあるんだ、帰り道もあれじゃないなら、良かったよ。」
そう言うグラニュー。
プディングは心配そうに、大丈夫なのかと声をかける。返ってきた声が、何故か懐かしさを帯びる。
「大丈夫だよ、もう。泣くだけ泣いたらすっきりした。こんなにぐちゃぐちゃに泣いたの何年ぶりかなあ・・・。」
プディングは、感じる。これは・・・かつてのお転婆仲間グラニューの声だ。
「喧嘩屋じゃ、力にはなれないかも知れないけど。妖精花法は必要でしょ?」
あれ?
みんな、この人どうしたのって、そんな顔。
「悪いんだけど・・・体術は何か今はダメ。でもここに他に、妖精花法士はいないし。そっちで力になるから、連れて行って。」
それでいいならと、みんな異存はない。妖精花法は、文字通り妖精の力を借りる術で、魔界においてもあまり影響を受けないものだと、カルボナーラも付け加える。
「妖精の力は、あってもいいわ。アナタが大丈夫なんなら、来て貰えたらきっといいわね。」
勿論、とグラニューは答える。
「あのー、グラニューさん、キャラ変わってますけど・・・そういう人なんすか?」
アールグレイがさも不思議そうに、聞いてみる。
「これがこいつの地だからな、何だか知らんが、泣いてすっきりして何か落としたらしいな。」
フレークはそう言うと、端の方へグラニューを引っ張っていってしまった。

どうしたんだと、本人に聞いてみる。
「怖すぎるもの、見ちゃった。」
答えるグラニューの声は妙に明るい。
「それは・・・どんだけのモンよ。」
フレークが聞き返す。
「フレークの偽物が一番怖かったわ、一番今言われたくないことばっかり、平気で言うんだから・・・。」
本物の腕の中で、ささやくように言う。
「それであんなに泣いてたのか・・・俺の偽物はおまえを裏切ったのか。」
「まあそんな感じかな・・・もっと大変だったけど。」
「魔物だと思うと許せんな。」
「まぼろしなのわかってるのに、ぐっさぐさ来たわよ。」
よしよし、と頭をなでる。
「それとその、喧嘩屋やめるのは、どうつながるんだ。」
「・・・・・・まぼろしが、そんなもんやめちまえ、いつかこうして、弱いところを襲われる日が来る・・・って。言われて・・・一番、言われたくないのに、まぼろしの癖に・・・ホントの事言われて・・・わけがわからなくなった。」
怖かったな、もう忘れろよ、と。俺はそんなこと言わんがな、と。
カルボナーラが気をつけて、と言った真意はここにあるかも知れない。一番衝撃を受けたグラニューだったが、幸か不幸か何か気付かされたらしい。
しばらくは、体術で行く自身が失せてしまった、その手でまぼろしを倒しても、それがかえってひっかかってしまう。
そんなことでは、この精鋭軍団の中では足手まといになるのは、グラニューが一番感じることだ。
でも、負けたくない。自分に出来る、必要なことをしたかった。だから、今だけは喧嘩屋の虚像は捨てると。ここで一番弱いなんて、そんなこと許せないから、自分自身が。
「そんなに無理せんでも、いいだろうに。」
「ダメ、妖精花法はあった方が絶対いいの、使い手だからわかる。」
それじゃ、俺の側を離れるなよ、と。フレークの中に、見えない怒りがこみ上げていた。まぼろしだろうと、魔物であろうと・・・こんなに一番大切にしている女の心を傷つけた罪は重いぞ、と・・・どこにぶつけたらいいのかわからないから、これ以上はさせない、絶対に守る。

「あの人達って、出会ったばかりだからわかんないけど、そういう仲なの?」
という問いだが、プディングだって再会したばかりで、いつの間に?である。
「子供の時から妙に仲は良かったけど、そうだったのかなあ。」
遠巻きにこっそり見つつ、プディングもよくわからないという顔で見ていた。
「まあ可愛い人みたいだからいいんじゃない。」
と言うラズベリーの声に、何故か「ぴきっ」というひきつるような効果音を頭上に出して、手で消しているプディングがいた。

「全く、魔の空間だな。ここに子供達を連れてこなくて正解だったな。」
グラッセ、唸る。
「そうですね・・・手を分けて正解でしたね。」
カシュー。
「それにしても、こんな罠があるなんて、これは何の術なのでしょうね・・・。」
ロゼの知識を持っても、わからないものがあるらしい。
「これが妖術よ、博士さん。」
「妖術・・・これもですか、カルボナーラさん。」
そうよ、これが妖術の中でも一番恐ろしい、幻術なのよと、それに対抗できる一番の術、それが妖精花法だと。
「妖精花法と言うと、ポタージュちゃんが得意にしている、不思議な魔法ですよね。僕は詳しくないですが、妖術使いが魔族には多いとしたら、グラニューさんには来て頂いた方がいいという、ことですよね。」
プレッツエルが、整頓しながら言う。
「そういうことね、あと、ロゼ博士。アナタの聖術が一番効くわよ。」
ロゼはカルボナーラに言われて、はっとする。
「私の・・・聖術が。あまりまだ研究は進んでおりませんが、少しでも勉強しておいた方がよろしいということですね・・・。」
「博士、ご無理なさらず。僕もお力になりますから・・・!」
プレッツエルは勢いづいて、気がついたらロゼの手を握ってしまい、はっと放して、しきりに謝っていた。

「私も行きたかった・・・お姉様、どうかご無事で、みんなと一緒にここへ帰ってきてね、わたくし、待っていますわ・・・。」
ミントは祈っていた。
「ミント姫、夜風は体にさわりますよ。姉上がきっと、みなさんを無事に魔界へ連れて、そして帰ってきてくれるでしょう。」
カルボナーラの弟、ブレッド。
「ミント姫・・・?」
様子が少し、違うことに気付く。
「それは本心かしら、ブレッド君?」
ミントの表情が明らかにいつもと違う。これは。
「・・・本心です、精霊神シュガー様。」
ミントは、久しぶりに、精霊神シュガーになっていた。
「君はどうして、彼等と一緒に行かなかったのかしらねえ・・・。」
「僕は・・・兄上にはまだお会いできない身です、魔界王ブラックペパーと精霊神ミーソ様の結婚を進めてしまったのは僕なんです。兄上に、魔界王には、顔を見せられる身ではありません。」
そう、自身の真相を語る。
「そう・・・あんたがねえ・・・なら尚更、ここにいても仕方ないんじゃないかしら。ミーソちゃんは今魔界にいないわよ、こっちにいるみたいね。それに、あたしは止められないでしょ?」
シュガー、身を浮かせる。
「どこへ・・・行かれるおつもりですか・・・!」
「魔界に決まってるでしょ。ソルトちゃんの力が弱ってる気がするし、ビネガーちゃんだけじゃ頼りないわ。あたしが行って上げないと、5柱神ばらばらのままだわー。」
「ですが、あなたは、ミント姫をどうなさるおつもりですか・・・?!」
ふふ、と大人の笑みを浮かべる、シュガー。
「しばらく寝てて貰うわよ。さ、行くわよ、あなたも魔界王子なら、ついていらっしゃい。」
ふたり、飛んで洞窟に向かう。
「この入り口がそもそもめんどくさくて邪魔なのよね、ちょっと力を貸しなさい。」
洞窟の上空で、シュガーは「めんどくさい洞窟」に向かって手を広げる。
「な、何をなさるつもりで・・・」
「消すわよ。」
「ええっ?!中にみなさんがいらっしゃるかもしれないのに、ですか?!」
「だから、もう少し早く変わりたかったのよ。ここは人間にはちょっと可哀想なのよね、いっそ無いほうがいいわ、精霊神一番の女神の力、見せてあげる。」
シュガーの手から、光が溢れる。

「何か、光ってる!」
「何だ?!」
中にいた、アールグレイ達。
がっしゃーーーーーん。
水の溢れる場所の辺りまで、洞窟は崩れ去った。
「な、何が・・・起きたんだ・・・」
と、そろそろ一睡しておこうと思っていた一行の目の前に現れたのは・・・
ミント、いや・・・
精霊1柱神シュガー。
愛と美の女神。そして、5柱神のリーダー。
「ミント様!?」
「どうしてここへ・・・というか何が起きたの・・・」

「ハーイみなさんこんばんは、精霊神シュガー様よ。ミントじゃないわよ。強力な助っ人としてゲスト出演してあげるー、明日起きたら、魔界へ入るわよ、いいわね。」

壊せるなら、最初からやって欲しかったと、そこの誰もが思った。


魔界の幻術の心理戦というか・・・まあみんな、そんなのに負けたりしませーん。
グラニューちゃんはうっかり地を出してしまうハメになりましたが。
シュガーちゃんはもう少し早く来いよ!ですが、雨降って地固まるなところはあるかも。


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