第29話 泣いてるより笑ってる方が良いに決まってる




なんだか面倒くさかった洞窟が壊れたその跡地。
アールグレイ達は唖然として、それを壊してくれたらしいミントの姿の女神・・・
精霊神シュガーを見ていた。どう、どこから見てもミントだというのに、何か違う。
可愛らしい少女の面影は、ちょっと大人びた余裕の笑みを浮かべている。
女神・・・(精霊神に性別は本来無い筈だったが)、女神シュガーというのはどうやら本当のことのようだ、と半信半疑ながら信じ始めた彼等だった。
隣、というより少し後ろには船にいたはずだったブレッドもいる。何?このわけのわからない状況は・・・何が起きたの?と、ざわざわしている。
「ごめんなさいね~、びっくりさせちゃって。でもこのあたしが来たからにはもう大丈夫よ。こらこら疑ってる目を向けないの、そこのお兄さん。」
シュガーはみんなにそう言うと、ラズベリーに向かってウインクを投げる。
「いや、疑ってはいないけど・・・ミントの姿でそこまで妖艶なオーラを放たれると違和感がありますからねえ。」
と、ラズベリー。
「あーら、失礼しちゃうわねえ、後でミントに教えちゃおうかしら。」
シュガーは余裕で返す。それはご勘弁を、とラズベリーも妙に余裕。いつものことだが。
「そうだぞ、神様に向かってそんな口きいていいと思ってんのかこの無礼者が、神様なんだぞ、偉い人なんだぞっ!」
妙に焦っているのはプディングだ、子供の頃から田舎の母ちゃんに、子守歌代わりに聞かされた神話の数々があったから、意外と信心深かったりする。
「はいはい。それでどうして女神様が、ブレッドとここへ?」
ラズベリーでなくとも聞きたいことである。
「なーに言ってるのかしら。あなたたちの最初の目的はなぁに?」
余裕の微笑みでシュガーは言う。
「あ、アプリコット様を・・・救い出して連れ帰る、こと、ですよね。」
ガナッシュが答えた。聞いてるのか答えているのかわからない言葉ながら。
「そうよ。あたしは、正にそれをみんなに叶えてあげるためにここにいるわ。それはミントの悲願でもあるの。色々あったけれどいい加減アプリコット姫のところへ行きましょ?ねえ、あたしがいれば百人力で万事解決よ!」
シュガーもわりと、リアクションが派手。みんなそれに少し安心する。なんとなく。
「ホントですか!なら早く行こうぜ、神様が来てくれたっていうなら、洞窟壊せるくらいの神様がいるなら、なんとかなる気がする、よな!」
アールグレイは楽天的な性格が前面に出た言葉で喜んでいる。一同、頷く。
うふふ、と微笑みつつ、シュガーはみんなの反応に満足げだ。そしてブレッドの方を振り向いて、魔界のお城へ案内なさい、と促す。
「わかりました・・・。これでは僕が足止めする余地はありませんね。魔界は魔物が多いので、僕と姉上と、それから妖精花法を使われるグラニューさん、聖術が使えるロゼ博士の力が有効でしょう。一般の精霊魔法は弱まってしまいますから・・・」
ブレッドの言葉はそこまで言って、言われなくても承知とシュガーにぶった切られる。
いいから案内しなさい、と。あたしはごちゃごちゃうるさい男は嫌いなのよ、と。
わかりました・・・と縮こまるブレッド。姉のカルボナーラに肩をなでられる始末。


魔界は洞窟が壊れた後は、すぐそこにある。もうそこが入り口だ。暗いワープゾーンのようなものがあり、魔界王子と王女、ブレッドとカルボナーラが解錠した。遠回りしてきた気がするが、そこはもう魔界だ。
確かに、魔物は強く凶暴で、精霊魔法はあまり効果が無く、武器での攻撃の方が有効だった。妖精花法と聖術だと、効果は抜群だ。一同、魔界の城を目指して足早に進んだ。
それはもう、そこにアプリコットがいると聞いたからには。
そういう意味ではカフェラーテが一番逸っている。なんだかんだ言おうが、彼は婚約者の身を一番案じていたのかもしれない。
アールグレイとガナッシュも、やっと最初の目的であり目指してきた本当の、任務を越えたなにかをやっと掴もうとしていた。
魔物が多少強かろうがなんだろうが、戦闘能力を回り道して高めてきた・・・もとより強いぶんには強い彼等の敵ではなかった。


「何か、騒がしくなってきたな、魔物が妙に・・・いつもより凶暴化してねーか?」
その声はアプリコットその人。
「人間が、地上の人達が・・・来ているみたいだね。人間が魔界に入るとね、魔物達は喜んじゃうんだ。」
もうひとりの声は魔界王ブラックペパーだ。
「人間が・・・って、俺以外にも誰が・・・ん?まさか・・・。」
アプリコットは薄暗い地表の先を眺めやる。
「良かったね、アプリコット姫。どうやら、お迎えが来たみたいだよ。」
魔界王、にっこり。


魔物がいなくなってきた、城の付近。意外と綺麗なお城が建っている。魔界の城というと、おどろおどろしいものを想像していたアールグレイ達だったが、シチュードバーグ城やカリー城と比べても、なんら怖くもない美しい城がそびえている。ただ、咲く花がなんだかおかしいくらいで。マンドラゴラの花畑は流石にちょっと、よく見ると妙なくらいで。
たまに、歩いている花があって、少し驚くくらいで。
魔界城の正門から、庭園へ。広がるのはマンドラゴラの一面の花畑。根のほうをよく見なければ綺麗なものだ。この花、余談だが茎から根のほうが微妙に人型のようで、抜くと悲鳴を上げるらしい。
「兄上はいつも、この花壇を手入れしていますから・・・今日も庭にいるかも知れませんね。」
ブレッドが促されて先頭で案内していた。そう言いながらみんなのほうを振り向いた。
「そうね・・・懐かしい。よくこんなに広げたわねえ・・・お兄様ったら。」
カルボナーラは帰ってきた久しぶりの自宅に当たる城の庭を眺めていた。

その時だった。

「おう、みんなよくこんな所まで来たなあ。俺の責任だけど、参ったな。」

この、透った微妙に凛々しい少年のような、それでいてどことなく気品と自信があるような・・・女の声が。
「アプリコットさまーーーーー!!!」
「あ・・・ぷりこっと・・・」
「姫様!!」
みんな、口々に次々と、その人の名を呼んだ。
「おねえさまーーーーー!!!」
ミントのような、声が響く。
「ミントまで・・・こんなところまで来ちゃって、怖くなかったか?」
アプリコットは、抱きついてきた妹姫の頭をなでた。
「うふふ、全然よ。久しぶりね、ソ・ル・ト・ちゃん♪」
「・・・あ?」
ミントのようで、ミントにあらず。シュガーはアプリコットの顔を見上げながら、違う名を呼んだ。
「あたし、精霊神シュガーなの。あなたの中のソルトちゃんのお仲間。」
「は・・・マジで。それは驚いた。ミントをここまで守ってくれたのか。ありがとうな。
それからみんな、本当に、よくこんな所まで来てくれたな、すまなかった、俺がうっかりしたが故にこんなところまで探しに来させちまってよ。でももうちょっとここで待ってくれねぇかな、まだ力が抑えきれてなくてな。」
アプリコットはみんなを見回してねぎらい、そしてまだ帰れない理由を述べる。
まだ、魔界王が作ってくれている魔力制御アイテムが完成していないと。今は魔力が暴走しかねない危険な状態だ、と。
「ようこそ、よく来てくれたねみなさん。僕は魔界の王ブラックペパー。姫にはもう少ししたら、あふれ出る魔力をコントロール出来るものを完成させてお渡しするよ。このお城の中なら安全で快適に、リゾート気分も味わって頂く用意をするから、しばしの滞在をお願いしたいんだ。」
魔界王はそう言う。歓迎するよ、と。
この人が魔界を治めている王様かと、少年にしか見えないブラックペパーに驚く。
「そういうことならしばらく時間を頂くしかないわね~。ところで兄弟の再会はしなくていいのかしら、とか。みんなも頑張ってきたからお疲れなのよ。再会の感動もゆっくりできそうじゃなくて?」
ミントの姿のシュガーは、余裕である。アプリコットはそれを見て笑っていた。
「アプリコット様、ほんっとに良かったですよ。俺達、色々あって回り道しちゃいまして、たどり着くのが遅くなりました、そのアイテムが出来次第帰りましょう!!マジ安心したら疲れが出て来たぁ・・・。」
アールグレイのセリフ。気が抜けたらしく、ちょっと最近の凛々しい彼から抜けたアールグレイに戻り気味だ。
「みんな心配してたのですよ、でも本当に良かったです。魔力がどうされたのかも、ゆっくり聞かせて下さい、私も気が抜けてきました・・・。はあ・・・。」
ガナッシュも流石に疲れがどっと出てきていた。
「ああ、みんな、俺のためにありがとうな。・・・みんな言いたいことも沢山あるだろうし、心なしか強くなってる感じがするし、なーんか、自力でなんとかしようと思ってたが、仲間ってのはありがたいものだな。」
アプリコットはふいに、カフェラーテの姿を見やる。
「・・・本当に、心配したんだからな・・・みんな。お前のためにみんな・・・いや、僕は・・・」
カフェラーテは震えるように言う。
「・・・おう、悪かったって。お前まで来るとは、カリー大丈夫かよ。早く戻らねえとだな・・・」
アプリコット、片手を頭に、言葉がなくなってくる。
「カリーの心配なんてしなくていい。お前が無事であれば、それで。」
カフェラーテとの間に入れないで気を遣っていたプディングも、
「ほんっと、心配したんだからなー。でも無敵のおまえだからきっと大丈夫だって、信じてた!」
と、安堵の声をあげていた。

「愛されていますね、アプリット姫は。」
「そうね。」
ブレッドとカルボナーラ。
「良く帰ってきてくれたね、寂しかったよ。二人とも僕を置いて、ひとりにしないでよ。見てご覧、僕の育てた花畑だよ。ずっと、見せたかったんだ。みんな笑顔だね、良かった良かった。君達もそんな顔してないで、兄さんに笑顔を見せておくれよ。」
アプリコットを迎えた一行は、疲労感はあれども笑顔だ。すでにわいわいとし始めている。
妹と弟に久しぶりに会えた喜びで、魔界王も笑顔だ。ただ、その妹と弟は、微妙な面持ちではあった。

「良かったわ~。とりあえずアプリコットちゃんは見つけられたし。魔界王さん、みんなにとりあえずお食事とかお風呂とか、お願いできるかしら?」
まだ戻る気のないミントの姿のシュガー。
「ああ、そうだね。勿論さ。笑顔って良いよね、シュガー神さま。泣いてるより笑ってるほうが良いに決まってるものね。」
少年の姿の魔界王、天を仰いでそう言った。
そうね、と返したシュガー神。

再会はとても喜ばしい、最上の目的であった。だが、未だ問題が片付かないものだらけである。アプリコットの魔力は不安定で、魔界にいるからこそまだ、負担が少ないものであったし、天を仰ぐ理由・・・バケットが、いやミーソ神が、どこへ消えたかわからない。
ひとまず魔界リゾートを楽しむことになった一行だが、シリアスな部分はあまり解決していなかった。





やっとアプリコット姫と合流しました。
いやあ、長かったですね、何年越しですか、ひとまずよかったねって感じです。
更新自体が5年ぶりくらいですか、やっと合流させられて作者も嬉しいです。
ノリ的には明るくいけてそれも良かったかなあ。
はちゃめちゃファンタジーですが、一応健在です。



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