第27話 未来の光



何処とも知れぬ闇の中。
邪の闇が漂う。
そこにヴァ・ナーナとアンは対照的な表情で居た。
ひとり、ヴァ・ナーナはクククと笑みを浮かべ、もうひとり、アンは静かに、唇も動かさずに何かを見つめていた。
「良い案じゃ、アン。有りもしない未来は始めから摘み取ればよい。容易い事じゃ、母親からが良いか、父親が良いか、どちらにせよ、芽すら生えなければむしる手間が省けるのう。賢いことじゃのう、アンよ。」
アンと呼ばれた方の女は、表情は変えず、唇だけ動かす。
「悪い女だ、ナーナ。未来を奪うことをそんなにも楽しげに笑う・・・。お主に嫌われることは死に繋がることであろうな・・・。」
ナーナと呼ばれた邪の唇は赤く艶めいて、なおククククク・・・と笑う。
「あの魔道の王女は好かぬ、真っ直ぐそうな王子も好かぬ。剣士の男も隣の小娘も、勇者の面影も小賢しげな時期王も好かぬのう。好かぬ人間ばかり集まる。やがて光とやらが生まれては厄介なものじゃ・・・妾の嫌いなものばかりじゃ、気持ちが悪い。嫌じゃ、妾の世界にそのような子供は要らぬ、生まれる前に消すとは・・・全くいい案じゃ、アンよ。褒められておるのに嬉しゅうないか、心配せずともお主は嫌いではないぞよ、賢いアン。まずは手を打たねばならんのう・・・使えるものかのう、あの皇帝の若い男は。そして、悲しそうなあの精霊神とやらは・・・。ククククク・・・こちらは嫌いではないのう。少しは使えそうなら側に置いてもよいかな、フフフ・・・。」

恐ろしいこと、邪の魔女達。闇は闇でも、邪の色。
この二人の悪い企みこそは、意図せず光を動かすことになる。
アンの名案とやらは・・・アプリコット達の未来を、己を脅かすであろう光の子らのその子供をも・・・摘み取る計画。
見えていた、未来の光が。許されざるは、光の手により自らが滅びることと・・・
未来と現在の光達を、まばらなうちから消すことを・・・計画していた。

が・・・。
邪悪が動けば光の方も黙ってはいない。
時代は未来へ進む、シチュードバーグ王家には、未来のその王家には、女王によく似た長男、女王の名を貰い受けた王子、アプルがいた。
妹であり、聡明な王女、モカ・エスプレッソもいた。
アプルの中には、なんと、精霊神ソイソースがいた。

ソイソースは時空、現在過去未来、そんな目には見えない希望を、人々はそういったことがらの神としても崇めている。
その精霊神が、なんということか、アプリコットの息子として生まれていた。
だからこそ、アプルは知った、このままでは、自分達が生まれないかもしれないことを。
愛する両親やその仲間達の命が狙われることを。
現に自分は生まれているけれど、過去での邪悪な動きは、それを察知してきていたから・・・消させはしないと、アプルは仲間を募り、父や母達の身を、自分達の出生を、未だ咲きかねている、両親達の愛をも守るために・・・。

とはいえ。まだアプルも子供ではある。やんちゃな子供のまま思春期に入っている子供ではある。
この子は母親によく似ているようで、それは元気なやんちゃ坊主である。
父親と、アールグレイに剣術を学び、母とガナッシュから魔法も学んでいる。
まだ年若く15歳、今の目標は母のグラン・セージ昇格記録を自分で上書き更新することだ。
魔道士としてはミドル・セージである。だが同時に剣士としてもなかなかのものだ。
一方の妹姫、モカの方は、魔道士を超え「賢者」への道を進む。
この賢者というのがなかなか大変な職で、あらゆる術に通じ、使いこなすという、世に定められし賢者とは、聖術以外の全てに精通した者のことを差すらしい。
知識だけならば、それこそかの薔薇博士ロゼは知識だけなら賢者レベルだが、幸か不幸か魔道には才がなかったわけであり。
そんな大変な道を、聡明な青い髪の少女・・・王女が果敢に挑む。
モカは性格の方は父親似なのか、母のような荒っぽさは見られず、やんちゃな兄王子を支え、自分の道を真っ直ぐ進む。

「モカ、俺は絶対止めてやるぞ、ヴァ・ナーナの手が母さん達に届く前にな!」
「ええ、兄上。異存はありません。でも決して・・・我々のことは、過去の母上父上・・・みなさんにはバレないようにしなくては、よ。」
「わかってるって、未来から来たぜ、なーんて言わないから。絶対。」
「ノリで軽く言わないでくださいね、これはとても重要なことなんだから。」

そんな兄妹の会話。
そんな二人の側には、数人の若者がいた。
「アプルさん、モカさん。わたくし、待ちくたびれました。 ダージリンさんはまだ来ておりませんわ。デニッシュさんも・・・。あの方々、わたくし達より少し年は上ですのに、なんてルーズなのかしら。父君に似ていらっしゃったのかしらね。」
丁寧な口調ながら少しきつく、その台詞の主は、見事な金髪の大層な美少女である。
名を、ジェラート。この姫君は、カリー国の第一王女。わかりやすく言うと、ラズベリーの娘である。その金髪は美しくウェーブをなびかせる、気の強そうなことがいかにもわかるような、母によく似ているかもしれない、プディングの娘である。
そして、そのジェラートは、アプルの婚約者でもある。

「政略結婚ですわ!横暴な。わたくしがどうしてこのような、粗野で子供じみたアプルさんと将来を・・・なんてことかしら!」

よくジェラートはそう言って、首を縦に振らないのであった。
アプルの方はといえば、まんざらでもないようで、だが表立ってジェラートに思いを寄せる・・・ようなことは言わないが。
それをフォローするように、カリーの弟王子、クランベリーがいる。
クランベリーは落ち着いた少年である。気の強い姉は「わたくしが次期女王でしてよ!」と言ってはばからないが、実質この時代のカリーの王太子はクランベリーだ。
上が奔放だと、聡明に、落ち着かずにはいられないのかもしれない。
「ふう。姉上、まだ時間はありますから。色々と、ダージリンとデニッシュには頼んでいるわけでしょう、静かに待ちましょう、大仕事が待ってるんだから・・・。」
クランベリーはそう言いながらため息をつく。
その、ダージリンとデニッシュというのは、アールグレイの長男と長女の兄妹だ。
もうひとりタルトという次女もいるのだが、まだ歳幼いことから、この重要任務には参加させて貰えていない。
ダージリンは、その面子の中では一番の兄貴であり、父のように剣に長ける。
性格は案外面倒見の良い、アプル達から見ると、まさしく兄貴だ。
デニッシュの方は、母親の魔道の才と父親の剣術の才を両方受け継ぐ如くの秀才だ。
母親というのが、ショコラ・・・ガナッシュなのはここへきて言うまでもないことであろう。

「おう、待たせたな、悪い悪い。ちょっと交渉に時間食ってな。」
そう言って、ダージリンがその場に到着する。
長身の、体格のいい若者。
「頭の硬い人の頭を柔らかくするのは、なかなか大変だったわよ。」
デニッシュがそう言う。
後ろから、プラチナブロンドの美人と美少年が進み出る。
「本気で・・・時空を渡るおつもりですか。」
その美人は、職こそ神官ではあるが、正しくは神官の見習いであるが・・・魔法研究所に勤めている。
母は研究所の第一人者、ロゼ博士。
名を、ラスク・フランボワーズという。
少し、儚げにも見えるが、案外芯は強いらしい。口調が、言葉が物語る。
「正直、お勧めはいたしませんよ・・・?私達が過去に関われば、今がどうなることか、変えたくないからなのはわかっておりますが、関与するだけでも・・・危険です。」
ラスクはそう語る。
「そんなことわかってるって!でも、今も過去も未来も、ごちゃごちゃにしようとしてるヤツが現にいるんだぜ、俺達別に母さん達に会いに行くんじゃない、会わないようにして・・・ヴァ・ナーナの手を阻止することが目的なんだからよ。」
アプルははきはきと言う。
「お勧めはしないけど、僕は行くよ、父上が母上と結ばれなかったら・・・殺されてしまったりしたら・・・黙ってなどいられなくなったよ。」
ラスクの弟、シャンパーンだ。
シャンパーンは父親に似たのだろうか、おっとりしていそうだが、案外アプル達と一緒になって飛び出していく方だろう。
父親というのは、プレッツエルのことだ。

魔法研究所の魔方陣に術を施す。
時空を超えてさかのぼる。
それが、アプル達の決めた、秘めたる光の計画だった。

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