第26話 女狐たちと散髪の緑



シチュードバーグ国内、王都に近く、ミネス・トローネはひとり。
深い森を抜け、途中幾度となく魔物を剣は抜かずに魔法を用いて倒しつつ、たった一人で王都に向かう。
王城に向かっている、王女としてでなく、あくまでひとりの旅人として。
彼女もまた、お忍びで歩き回る身、幸い今の様な旅装束の姿では、誰一人どこぞの姫君と思うこともなくと・・・本人は思う。
だが、これから会うことになる女騎士には通用しなかった。

深い森を抜け、泉が佇み、水は澄み切った空を反射する、それは美しい風景だ。
「おやおや・・・スケッチでもしておくべきかな、絵描きとしては。」
そんな独り言を零してみたり。
美しい風景に、馴染むその「3人」をも、スケッチブックに描き留めようと、少し離れて眺めていたのだが、向こうの方が気付いた。
「こんな所に女人一人とは・・・腕に自信でもあるんですかね。」
そう、口を開くなり可愛げのない表情で、そのうちの一人、緑色の髪の美少年が、ミネスを見やり言う。
髪を切っていた、切ったものであるらしい緑色の髪の束は長かった。
少年は髪に手をやり、長さを確かめながら、
「もう少し短くてもいいような・・・」
と言う。
「散髪中失礼しましたね、また見事な緑の髪だ。勿体ないねえー。」
3人に近付きつつ、ミネスはそう感想を述べる。
「あら、どちら様?こんな所にお一人だなんて、本当に・・・って、ちょっとハサミっ!切ってあげるから自分で切らないで−!」
緑の髪を更に短くしようとする少年の手を、そばかすの淑女が止める。
その後ろで岩に腰掛け、それを眺める風でもなく、考え事にふけっていたらしいポニーテールの女剣士が、その様を見やり笑ってからミネスに視線を移す。
「ここは幸い・・・魔物は立ち入れない・・・が、女人お一人旅ならば確かに危険、日があるうちに町まで行くことをお勧めしますよ。」
そう言ってきた。
なにやら余程、ミネスは危なっかしく見えるらしい。軽装で、細身の剣一本、あとは画材である。手に地図があること、なによりシチュードバーグでは珍しい、黒髪。
異国の美しき旅人は、深い森の、魔物の巣窟から出てきたとは思えない程に、服なども汚れていない。
剣は装飾の施された高価な物だ、およそ、その深い森から出てきたばかりに見えなかった。
怪しい旅人だった。
その場は、その緑の髪の主が作り出した、聖なる力の守りが一面に張られており、一時的に魔物の類は入れなかった。それをわからないミネスでもなかった。
「まあまあ、そう怪しまないでくれないかな、ここは君達の聖なる憩いの場だったようだね。お邪魔をして悪かったよ、記憶に留めるのはやめておくから、剣を抜くのはやめてくれよ。」
ミネスに対して、万一の用心をしていた女剣士の手。
それを見抜いてしまったことが、ミネスにとっては「うっかり」であった。
「・・・どちら様でしょうか、あなたはただの旅人ではなさそうですが。」
女剣士は、疑問を投げる。
「・・・ただの絵描きだよ。」
返す言葉がそれだった。
一瞬、「気付かれたか・・・」と漏らしそうになったが、気を抜いていた自分をそこで戒める。
やれやれ、詰めの甘いことだと。
二方角に投げやる言葉を、零す代わりに剣を抜き、そのまま背後の黒い影を叩き斬る。
今日初めて、剣を抜いた。刃は逆さに、峰打ちで。

「・・・強い・・・。」
そばかすの娘は、ハサミを手にしたまま、相棒の女剣士と黒髪の旅人が、ほぼ同時に剣を抜いていたことに気付き、そう零す。
緑の髪の少年のまた、緑色の杖を構えていた。

「全く・・・人の後をつけるとは・・・悪趣味な盗賊だ。」
ミネスはその盗賊の首元に、剣の細い切っ先を突き立てた。
「ひゃあ・・・降参するから・・・それ以上は勘弁してよ。」
顔を隠すその盗賊の声は、高く、どう聞いても女だった。
「おやおや・・・趣味の悪い賊の正体は女の子かい・・・?」
魔物でもなければ、腕っ節の強い賊でもなく・・・その正体は、どこかで見た気がしないでもない、なかなかの美女である。
「ごめんねー、ちょっとアタシ3日ばかり食べてなくってー、その剣が高く売れそうに見えたから、ちょっと頂こうかと思ったのよ・・・ごめんなさいごめんなさい。」
どこかで聴いた気がする、その声で、女はそう言って逃げようとした。
が、待てと言われて、投げやられた包みを見て、女は急に態度を変えた。
少年の手から投げられたのは、パンの包みだった。
「くっ・・・アタシだってプライドがあるのよ、そんな・・・そんなにまで落ちぶれてないわよっ!」
そう、言いながらも包みをさっと手に取り、すばしっこく逃げようとしたが、女剣士二人に行く手を阻まれる。ミネスとポニーテールの女剣士は、初対面ながら妙に息が合う動きをした。偶然だが。
阻まれたまま、少年がしげしげと女盗賊の顔を見て・・・
「お姉さん・・・往年のアイドルによく似てるな。」
そう感想を述べる。
・・・そう、その女は、数年前までは美少女劇団のトップスターであった、パエリアに他ない。
「あーあ、確かに。」
女剣士もそう続く。妙に軽く。
「やーねー、気のせいよ、アタシそんなに魅力的かしらぁ?」
パエリアは冷や汗をかいていた。
プライドは相当、イライラしていたが、ここで押し負けては余計に傷付くというものだ。
「・・・ま、今回ばかりは許してあげよう、もうこんな見苦しい真似はしないでおくれよ、折角のアイドル似のルックスが勿体ないというものさ。」
ミネスは剣を鞘に収めながら言う。
「ありがとー。では、さよーならぁぁぁ−。」
パエリアは、パンの包みを少年に突っ返すように投げつつ、飢えていると言うわりには素早い動きでその場を去った。

「へーえ、食べなくていいんだねえ。」
少年。
「そういう、意地の悪いことをするな。」
女剣士。
「相当、内心傷付いてるわよ、今の盗賊まがいさん・・・。」
そばかすの娘。

漫才トークを始めそうな、そんな3人に、改めて向かい合うと、ミネスも一礼してその場を去ろうとしたが。
「本当に、聞いて宜しければ、せめてお名前を。」
女剣士は背中に投げかける。
「黙って見逃してはくれないようだな。」
ミネスは応えた。
「それは・・・その太刀筋、そのお姿をお見受けすれば・・・ただでお通しは出来ません。今は厳戒態勢でしてね、どうやって国境を越えたのかは存じませんが、シチュードバーグ騎士団である我々としても・・・ご身分のある異国の姫君を、簡単にお通しは出来ません。」
太刀筋はブイヤベースの王宮剣術と見受けられる。
ミネスは感嘆した。随分と見る目のあることだと。
さっぱりわからないという顔をしている、隣のそばかす娘が、何なのよ、と女剣士に耳打ちする。

「失礼したね、私はブイヤベースのとある王宮の絵描きにすぎない、ミネスというよ。良かったら君達の名前も教えてくれないか。それから、何故厳戒態勢なんてことになっているのかも。」
そう語るミネスは、あえてそこまでの自己紹介をし、相手の答えを伺う。
女剣士は、名乗った。
「こちらこそ、失礼いたしました、私はシチュードバーグ騎士団のブラウニーと申します。
只今、国内で少々ございまして、国境付近は警備が堅くなっております。
・・・アプリコット姫様にご用でしたら・・・今はお会い頂くことは難しいかと存じます。」
「・・・やれやれ、切れ者なんだねえ。俺が誰だか、すっかりわかっておいでのようだ。
何があったかこそ、俺の知りたい所なんだがね、せめて君達に同行、とかそんな感じの対応頂けないかな−。」
ミネスは、飄々としたいつもの顔で、そんなことを言う。
隣のそばかすの・・・セサーミィは、さっぱりわからないまま、驚いて膝をついている。
少年、緑の長髪を切って貰っていたアス・パラも、一応同じように膝をつき一礼するが、顔の方はなにかを伺う様に、ミネスを見ている。

数日前、王宮に赴いた同盟国の騎士、カスタード。
それから、何も明かされぬまま、騎士団は警備の強化を促された。
ブラウニーとセサーミィは、その日は休暇で、あれ以来仲良くなったがパーティというわけではないアス・パラの散髪を兼ねて、「少し良い風景とお茶」を楽しんでいたところだった。
が、怪しい女がふたり、その場に現れたわけである。
ひとりは、異国の姫君で、ひとりは盗賊まがいの美女・・・パエリアだったわけだが。
ガナッシュからのわずかな情報と、様々な流れる情報。
アプリコットとの面識はなくとも、話は沢山聞いている。友人の話をするように、アプリコットにミネス・トローネ姫というご友人が居ることも。
パエリアのことは推測も出来かねる偶然ではあるが。
その隣国の・・・ミネス・トローネ姫がどうしてまた、こんなところから現れたものかと、自分だけわかった頭で考える、ブラウニー。
そういう小賢しげなところは、アス・パラと合うらしい。
「残念ながら、私どもは騎士団のはしっこにおりまして、お望みのことをご提供するには、いろいろ足りませんよ。ご自身で出向かれた方が道は速いかと存じますが。」
アス・パラは皮肉混じりだ。
あとで、ブラウニーからいろいろと聞かないと、このなりゆきは何なんだ、と疑問符だらけの頭の中だ。
勇者捜しの途中だが、こんなふてぶてしい王女様なら論外だ、と勝手な感想を浮かべていた。
先日、突然長い髪を切ると言い出した。セサーミィに「失恋?なワケないわよね。」と言われたが、まんざら外れてもいない。
意外と簡単な理由だ、女の子のナンパに失敗していた。3人パーティ案の任務をといたあと、ふらふらとして、なんとなく好みの女性をつかまえようとし、失敗。
そのあと自分が同じ目にあったのが、いつものことながら腹立たしく、機嫌の悪いまま帰り、セサーミィに向かって聞いた、いい床屋はないかと。


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