第18話「魔槍水蛇」


カラメルの町の外れ、そこには荒くれの隠れ家があった。
反シャーベットの一団だった。
一隻船を隠した岩場で、荒くれのうちのひとりが、髪の長い客をひとり相手に、なにやら商談を進めていた。
「わりぃ話じゃねぇだろうよ、喧嘩屋グラニューさんよ。
俺等にちょっと、手ェ貸してくれや。
金なら出すぜえ。これからたんまり入ってくる。」
グラニューと呼ばれた若者は、薄碧の長い髪に、青い双眸をたたえた、美しい若者だった。
が、その双眸はけして笑ってはいない。冷ややかに睨みをきかせる。
「気に入らないな。俺は確かに金次第ではどんな喧嘩も買ってはいるけどな・・・。
てめえらの様な奴らに貸す手は無いんだよ。」
海賊の男は、その言葉に口元を若干ひきつらせる。
「何が気に入らねえよ、金ならホントにこれからたんまり入るぜえ・・・。
何なら倍出すぜぇ?おめえさんくれぇの力が必要なんだよ。
町ひとつ、手に入れてだ、邪魔は片付けねえといけねえよなぁ?」
グラニューは表情を変えない。
「何が邪魔だよ。フン、俺は海賊の一団がどうなろうと知ったこっちゃない・・・。
仲間割れの喧嘩に俺の手を煩わせようなんて・・・馬鹿にしてるぜ・・・。
俺は忙しいんだ、じゃあな。とんだ時間の無駄だぜ。」
グラニューはそこから去ろうとした。が、潜んでいた海賊どもに囲まれる。
わかっていたように、表情を変えないグラニュー。
そのまま通ろうとさえする。
「待てぇグラニュー。いいのか?おめえは俺等には手を出せねえし、言うこと聞くしかねえんだぜぇ・・・。
おめえの右腕が、どうなってもいいのかぁ?!文字通り、右腕がなァ?」
馬鹿みたいに声を張り上げて、海賊の男はそう言い放った。
それに、グラニューは少し表情を動かした。
「・・・・右腕・・・。」
「そうだァ、テメーの大事な右腕はなぁ、今ちょっと大人しくして貰ってるぜぇ!
あれがどうなってもいいんなら、どこにでも消えりゃあいいさ。」
「テメェら・・・ハメやがったな・・・。」
グラニューの右腕とは、グラニューの相棒のフレークという男の事だ。
フレークは、海賊の一端ごときに易々と捕まる様な男ではなかった。
が、先日からフレークは姿を消していた。
気まぐれな男だと、グラニューは気に留めていなかったのだが。
何かあるのか、とグラニューは考える。
相棒は何かを考えて、海賊の手に落ちたふりをしているのではなかろうか・・・。
グラニューはそう考えた。
「わかった・・・。フレークに手を出すな・・・。
無事なんだろうな、会わせろ。」
その言葉を聞いて、海賊どもはいやらしく笑った。
「いいだろう。連れてってやんな。ついでに出番までは一緒に入れとけや!」
そんな言葉にも表情を変えず、グラニューはひと睨みして大人しく連れられていく。
「ケッ・・・。あの野郎、女だったら大層いい女なんだけどなァ・・・。
あの髪といい目といい、あの甘っちょろいガキとやけに重なって気にくわねぇ!」
海賊の男は、吐き捨てる。
「まあキレんなや。右腕は封じてあるんだしよ、いいように使うだけ使って、
偉そうな喧嘩屋二人、いい気味じゃねえか。」
仲間の海賊が笑いながらそう言う。


「・・・おい、その右腕・・・・・!」
鉄格子の中の相棒の姿を見たグラニューは、表情を変える。
フレークの右腕は、板の型をした錠で封じられていた。
ただの錠ではなかった。
妖術のかけられた錠だった。
「・・・・・来ると思ってたぜ。」
フレークはそれだけ言う。
「そういうこった、呼びに来るまで大人しくしてろや。」
グラニューを隣の鉄格子に入れて、海賊達は去っていく。
「・・・・・何を考えているんだ、フレーク。」
座り込んで、グラニューはフレークを睨み付けた。
「睨むなよ。・・・まあ聞け。
コイツはお前の妖精花法で外せるんだろ。妖精花法は妖術にはよく効くってお前が言ってたから、とりあえずハメられてやった。」
フレークは睨む相棒にそう言った。
「・・・はぁ。」
グラニューはため息をつく。フレークは続ける。
「でな、面白いこと聞いたんだよ。
聞いて驚け、プディングが帰ってきてるかも知れないぜ。」
「・・・プディングが?」
二人とプディングは幼馴染みだった。
カラメルには、手の付けられないじゃじゃ馬が二人いた。
孤児院に暮らす年上の薄碧の髪の娘に会いに、小さなプディングはよく通った。
二人で町の中を外を、駆け回った。
孤児院には、金髪の見事な少年もいた。それがフレークだ。
時にじゃじゃ馬二人をセーブし、時には共に駆け回った。
グラニューは、年下の小さな少女が、必死に少年として振る舞うのに興味を惹かれた。
真似をしたのが、グラニューの男装趣味の始まりだった。
美しいグラニューのその姿に、プディングもフレークも顔をしかめた。
その反応が面白くて、グラニューはすっかり味を占めた。
カラメルは、グラニューとフレークにとっても、大切な故郷であった。
「あいつ、この町を救いに来たのかも知れないぜ。
騎士らしき一団がな、ポークフランクの屋敷を落としたらしい。
聞いてて色々わかったんだけどな、仲間割れした海賊の頭の方は、
こっちの奴らに囚われてたらしいが、・・・居なくなってたのを確認したらしいからな。」
フレークは淡々と話す。
「・・・その騎士の中に、プディングがいるのか。」
「だったらいいなと思っただけだけど。」
「何だそれ・・・。
まあいいさ、方針は大体わかった。」
グラニューは、ここへ来て初めて口元をほころばせる。
「利き腕が使えなくても、左手だけでもやれるしな。
俺は最低お前が守れればそれでいいし。」
フレークはフッと笑ってそう言った。
「こんなところで口説かれても困るぜ。」
「口説いてねえよ。自意識過剰だな?
口説いて欲しいんだったら、ちったあ女らしくしてろ。」
「ケッ・・・馬鹿。」
グラニューはぷいっと顔を背けた。



「無理ですね。」
厳しい顔で、ロゼはきっぱりと言った。
「確かに進入して船に乗り込むには、少数精鋭の方がやりやすいですが・・・
船員達はほぼ戦力にならない。
それを守って行くには・・・我々だけでは手が足りません。」
船を動かすことが出来る舵取りなどの船員は、戦闘力としては邪魔になりそうな者ばかりだった。
それを守りながら進むとなると、かえって面倒だと、ロゼは言いたい。
かといって、連れて行かなければ船を動かせない。
「じゃあどうすればいいんだよ・・・。」
プディングは早く動きたくてうずうずしていた。
出来れば、反シャーベットの一団を倒して、町を開放したいと思っていた。
でも、そんなことをしていたら・・・
早く魔界へたどり着きたい気持ちだって、同じくらい強い。
そんなプディングの思いを、まるで見通したかの様にロゼは言った。
「・・・いっそ、全面的に戦いますか?」
プディングの瞳は輝いた。
だが、あっさり反対する奴がいた。
「わざわざやり合うのかい?相手の勢力の方が遙かに多くて、
今言っていた様な状況で・・・あんまり賢い話じゃないと思うけどね。」
そう言ったのはラズベリーだった。
「俺もそう思う。・・・やれないとは思わないけど、急いでるんだ。
犠牲が伴いそうなことをわざわざここでやるのは・・・どうかと思う。」
ガナッシュも同意する。
「僕もそう思います。申し訳ないですが、そちらの件は国に任せる方針で
行くはずだったのですから・・・。」
そう言うのはプレッツエルだ。
プディングは何も言えなかった。その通りだと思うからだ。
だが、もう一人うずうずしているのが居た。
「俺はいっそやり合いたいけどなあ・・・。
何かさ、関わり合ったのも何かの縁じゃん?
ここで半端に放って行くのも何か嫌なんだよな。
強行突破には変わりないだろ。」
そう言ったのはアールグレイだった。
「お、オレもそう思う!・・・アプリコットの事は気になるけど、けど・・・
シャーベット達にはこれから世話になるんだしさ、だから・・・
助けたいんだ。町も、海賊達も。」
拳を握りしめて、プディングは言った。
「どうなさいます?・・・強行突破に変わりはない・・・。
確かにそれは言えていますね。たまには良いこと言うじゃないですか。
・・・多数決にしましょうか?
試しにひとつ、どうせなら全面的にやりたい方は挙手してみて下さい?」
妙に楽しそうに、ロゼが言うと、
全員、手を挙げていた。
「何だよ、この結果、笑っていい?」
そう言いながら、アールグレイは吹き出した。
「血の気の多いのが揃ってるんだよ。お前に言われて、俺も本当はそう思ってたんだって、気付いたんだ・・・。」
ガナッシュが笑顔で言った。
「流石ガナッシュ、お前のそういうトコ好きだぜ俺!」
嬉しそうなアールグレイ。
「クスクス・・・。面白い人員が揃ってますね、本当に。
グラッセ、カシュー、あなた達も感化されて来ましたか?」
「そうかも知れませんわね・・・。」
「ロゼ博士・・・最初からそうなると思っていたのではないのか。」
ロゼに言われて、カシューとグラッセは苦笑する。
ロゼはグラッセの問いに、とぼけて何も言わない。
「姉上・・・あなたがこんな荒っぽい意見に賛成するとは思いませんでした。」
姉の顔を見ながら、プレッツエルは言う。
「そうね・・・。でもそれはあなたもよ、プレッツエル。
真面目なあなたがね・・・。」
「僕は・・・博士の意見を尊重したいんです。
楽しそうですから。
僕も感化されて来たんでしょうかねえ・・・。」
そんな会話の中に、なにやら長い包みを危なっかしく持って、シャーベットが歩いてくる。
「どうなったの?俺も会議に参加するよ。
で・・・この中で一番槍の扱いに長けてるのって誰?」
自分より背の高い長い包みは、槍であるらしい。
「槍・・・?プレッツエルじゃないか?お前ホントは馬上で槍持ってる方が
合ってるんだとか言ってなかったっけか。」
槍の扱いはさっぱりなアールグレイは、今は剣しか持っていないプレッツエルにそう言った。
「まあ・・・槍術の訓練は幼い頃からやっていましたから、
剣よりは槍の方が得意と言えば、得意ですけど。」
その包みは槍なのか、と思いながら、プレッツエルは答える。
「なら、これをあげるよ。
これ、海で見つけたお宝さ。何か不思議な力を感じる不思議な槍なんだぜ。
まあ・・・お礼に、なればいいけど・・・。」
包みを開くと、そこには青い槍があった。
切っ先まで青い色をした、形としてはハルベルトに近いものだった。
「・・・これを・・・僕が使ってもいいんですか?」
手にすると意外と軽い。しげしげと眺めていると、なにやら文字が書かれていることに気付く。
「・・・これは、古代文字か何かですか。」
「見せて貰えますか?」
ロゼが立ち上がって槍を見る。
「・・・・・・。」
「博士・・・?」
ロゼは、驚いた顔をした後、ふいに笑みを浮かべる。
「ヴァクター・スウェルニー・・・・・ハイドラ・・・・・。
直訳すると、魔槍水蛇、という感じでしょうか。
いいものを頂きましたね、これはもしかしたら、古の海の神が使っていたと伝説に謳われるものかも・・・知れませんよ?」
「そ、そんな凄いものなんですか・・・?!」
プレッツエルはその手にとった槍を見て目をぱちくりさせる。
「案外そうなのかもな。海で見つけたお宝だからね。役に立つなら、使ってよ。」
シャーベットは嬉しそうにそう言う。
「・・・・・ありがとうこざいます。」
「お礼言わなきゃいけないの、俺だからさ。」
シャーベットがそう言った後、再び会議に移る。



暗い闇がもたげる中、アプリコットとアルデンテは、しばしお互いを見定める様に黙ったまま睨み合っていた。
口を開いたのはアプリコットの方だった。
「・・・魔族じゃないみたいだな、お前。」
「・・・・・フン、それがどうした。魔族ではないことが不審なのは、貴様の方だ。
何者だ。その魔力は・・・・・妃殿下よりも強い魔力を持つ人間など・・・。」
アルデンテは、厳しい目を向ける。
その魔力を持つのは、この世にただ一人しか居ないはずだと・・・
アルデンテは知っていた。
その力は、魔王のものだ・・・。
古に眠る、かつての魔王の持つ魔力は、強さと暖かさを持つ。
目の前の少女から、魔王の力を感じる。
アルデンテは、人間でありながら魔界で育った。
育ての親は魔王を崇拝する一族だった。
その中でも最も近しく、その魔王の一族の直系であるという女が姉代わりであった。
姉と慕うその女が、一度だけこっそり見せてくれたのが、
魔王が眠るという、黒と紅が混ざり合う色をした、不思議な石だった。
その中にひとつ世界があるような・・・黒と紅の混ざり合う宇宙。
闇の中である魔界には無い、神々しい光が見える。
その石のことを、忘れはしないその力を、目の前の少女が纏っている。
あの時、姉と慕うガーリックが見せてくれた・・・魅せられたあの力だ。
「もう一度聞く。貴様は何者だ。」
アルデンテは額に汗を浮かべていた。
「・・・・・俺は・・・人間の魔道士だけど。てめえらの所の可愛いもの好きの
王女様と、この変な王妃様の仲違いに巻き込まれた
ただの人間の小娘だけど?」
にやっと笑いながら、アプリコットはそう言った。
「馬鹿を言うな!事情はどうあれ、貴様のその力は・・・
その力がどういうものであるか、知っているのか!?」
アルデンテは声を張り上げる。
「・・・・・。
俺もそれが知りたい。
お前、どうもよく知ってるみてぇだな。王妃様はどうでもいいんだなお前。
ふーん・・・。
悪いけど知らねえから、教えてくれよ。」
至って落ち着いた態度でそんな風に聞き返してくる。
この娘は何者だ・・・?
正直王妃はどうでもよかった。
目の前に、現れたのかも知れない。かつて、もしひとりに仕えることがあるならば、この強く暖かな光に仕えたい。
アルデンテは、何者をも欺き、何者にも心は仕えていない、そんな状態で生きてきた。
魔界王は面白い人物、仕えるのも良かろうと思ってついてきた。
その反面、人間界への憧れは強かった。
フォンドヴォー皇帝の狙いのひとつを知ったとき、利用してやろうと思った。
皇帝ウスター・ソースは、魔王の力を密かに欲した。
アプリコットに太刀打ち出来るものとして、魔王の力に目を付けていた。
いずれは、魔界に眠るという魔王の力を持つ石を手に入れるつもりでいた。
それを利用して、アルデンテは皇帝に近付いた。
なんと浅はかなものなのだろう。
人間界の皇帝という者に会って、アルデンテは何か、落胆するものを感じた。
王者というものが、こんな私欲と執念に駆られていて良いはずがない。
アルデンテが信じ、心酔する力は、魔王の力、ただひとつだった・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
長い。
絵はグラニューとフレークです。
この姉ちゃん顔に傷があるよ・・・。
色々と書きすぎた・・・?
フレークは本当は「コーンフレーク」だったんですけど・・・何か間抜けなのでギリギリで変えました。
フレークだけだと、何か鮭フレークでもよくなっちゃうな・・・。
いよいよ悪そうな海賊と対決ですが、この二人がね・・・。
ウスター・ソースはちょっと可哀想かも知れないな・・・。っていうかガーリックと書いて思いだしてくれた方いますか。
魔王と魔界王は別なのです。ややこしい。アルデンテ可愛げ無い。
っていうか男女が多すぎると思われそうだ。

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