第17話「諸刃の剣の笑顔」


戦斧を手入れしながら、カクテルはかつて一度だけ手を組んだ仲間と久しぶりの再開を楽しんでいた。
カクテルの目から見て、その娘ガナッシュは、いつでも何かに備えるかの様に空を睨み付けるかの様に、冷徹な瞳をした娘だった。
女であることを隠し、我流剣術と卓越した魔法を持って、一人生きるその少女は、やけにいつでも精一杯で、居場所が無さそうに孤高を保ち、だが、鬼の仮面に隠したその下の優しさが時折垣間見える・・・・・
カクテルにしてみれば見ていられない娘だった。
こんな娘を野谷にひとりで置いてはおけぬ。
そう思い、魔法に長けた面白いのが居ますよと、騎士団入りさせたものだったが。
今のガナッシュを見て、カクテルは正直驚いた。
いつでも座った目をしていたあのガナッシュなのか、これは。
随分柔らかくなったじゃないか。随分脳天気になったもんだ。
きょとんとした瞳は、あの頃の鬼の仮面をすっかり捨てた、優しさをたたえた目じゃないか。
随分・・・女らしくなったじゃないか。
カクテルは面白そうに、その変わり様の原因であるらしい、髪にメッシュを入れたあっけらかんとした騎士らしからぬ騎士の青年を見ていた。
すっかりこの男に柔らか〜くされたらしい。
「ガナッシュ、アンタ随分可愛らしくなったもんだねえ・・・。
見たところまーだ男装してるみたいだけどさ、フフフ、男が出来ると女は変わるねえ。」
さも面白そうに、カクテルはガナッシュの反応を待った。
「・・・・・何の話だよ。俺は可愛くなんかないぞ。」
その反応は実に可愛らしいものだったが。
「あーら可愛い反応。何歳になったんだっけか。お前さんああいうのが好み?」
「・・・21だ。誰を指して言ってるんだ・・・?俺は男で通してるし、男作った覚えはない。」
「21かぁ・・・。可愛い盛りじゃない?じゃ、あの背の高いアンタの相棒君は何?」
「アールグレイは仕事の相棒だ。」
ガナッシュは自分の顔が紅潮していることに気付いていない。
そこを衝かれたのは初めてだった。
「アールグレイ君っていうの。あの坊や結構腕が立つだろ。
随分柔らかくなってるから、驚いたね。別人だね、傭兵ガナッシュと騎士ガナッシュは。」
「流石に・・・見ただけでアールグレイの腕がわかるか。
・・・そんなに俺は・・・変わったか・・・?」
妙に嬉しそうなのは、アールグレイの腕を見た事に対しての、無意識の感情。
カクテルは微笑ましくさえなる。
荒野の牙を持った野良猫みたいな娘も、居場所を見つけた様だ。
「変わりすぎて・・・可愛いったらありゃしないねー。」
「だからどこが可愛いんだよ・・・。」
「アールグレイ君に聞いてみたらぁ?」
「きっ聞けるかそんなこと自分で!?」

いや・・・可愛いと思いますよ俺は。

少し離れた場所で、気になって聞き耳を立てていたアールグレイは、
心の中でそう呟いた。
なんとなく、出会った当初のガナッシュを思い出す。
「初対面で、組む?!・・・この女の子とですか!?」
上司に、このガナッシュとコンビを組んでもらうと言われたとき、アールグレイはそう言った。
睨み付ける目は、まるで見えない諸刃の剣の様な、険しさ。
はっきり言って、もろに好みの女の子。
憧れのショコラちゃんにどことなく重なる、クールな視線。
洗濯板なのは残念!
・・・と思ったのは、後々風呂場で鉢合わせて「よっしゃぁ!!」だったわけだが。
もろに好みの顔で、綺麗な声も、何かドスがきいてなきゃ、聞いていて心地イイ感じ。
はっきり言って、びっくりしたのはあったが、喜びの声だった。
だが、物凄い目で睨み付けられた。
「俺は男だ、軽薄な輩め。」
そう返ってきて・・・一気にがっくりしたものだった。
そうだ、こんな可愛くない女の子はいないよな。
こいつはむしろ鬼だろ。
そう思っていたのは最初だけで。
付き合ってみて、段々馴れてきたら、案外優しいし世話焼きだし、
なにより笑ったときやたら綺麗だ。
こいつ男なんだもんなあ・・・。

そうだよ、ガナッシュは男なんだよ。

そう言い聞かせているうちに、自己暗示になっていく。
この綺麗で可愛い顔に騙されるヤツは馬鹿だぜ。
優しいけどツッコミきついんだぜ。
こんな女の子いないから。
・・・なんでだろ、ホントは可愛いのに・・・あ、いけね。
そう思っていたけど。
それが何だよ、見事に女じゃねーかよ。
俺は見たぞ、悪いけどしっかり見たからな。どうやって隠してるのか気になって仕方ないっての。
そういえばガナッシュは男子トイレに一度も来なかったし。
大体こんな綺麗な顔した男なんていないだろ。
女顔じゃ済まないだろ。優男ってレベル越えてるだろ。
何で俺は騙されてたんだ?
大体・・・ショコラちゃん本人ってアリかよ!
俺はお前の目の前で、ファンっぷり全開だったし・・・
そもそも同じ部屋でエロ本見てたり着替えたりしてたよな俺・・・。
それをまあ、平然とした顔して見て見ぬふりしてたのか。
いや、エロ本はまずかった、それだけは取り消させて下さい。無理か。

そんなことを頭の中でグダグダと考えながら、かつて仲間だったらしい
やけに豪快なお姉さんとの会話を盗み聞きしていた。
このカクテルというお姉さんは、昔騎士団にいたらしい。
今は傭兵で、腕が立ちそうなのはわかる。
立ち寄ったついでに、協力してくれるという。
昔のガナッシュを知っている人だ。
あの、諸刃の剣の顔を知ってる人だ。
どうしてガナッシュは、あんなにいつでも周りに鬼みたいな目を向けていたのか。
それを、この人は多分知ってる。

「ホラ、気にしてるじゃないのさ、彼。」
聞かれていたのも重々承知で、カクテルはアールグレイを見てにっと笑う。
それにアールグレイは冷や汗をかく。
「どうしたんだ、アールグレイ?」
今はすっかり、あの頃のドスのきいた声ではなく・・・
歌姫ショコラの張りのある澄んだ綺麗な声だ。
いつからこうだったか。どうして気がつかなかったのか。
仮にも騎士団に響き渡るくらいのショコラファンだ。
歌声と話し声は違うとはいえ、どうして気がつかなかったのか、悔やまれる程だ。
「なんでもねーよ。」
若干不機嫌そうなアールグレイの態度に、小首をかしげるガナッシュ。
さっきまで、張り切っていた様に見えていたのに、突然黙り込んで。
「なんでもなく・・・ないだろ・・・?」
ガナッシュの不安げな、案じる様な表情を見たら、ため息と一緒に笑みがこぼれる。
「なんでもないから。」
そう、こういう微妙な乙女チック具合に、微妙に弱い。
今は・・・そんな場合でもない。
「変なヤツだな・・・。心配させるなよ。」
すぐ心配する、その世話焼きの顔を見て、アールグレイは苦笑する。
世話女房だとよく言われる。
全くその通りの世話焼き振りだ。
それが当たり前になっていたが、こんな顔を見せるようになったのはいつからか。
最初の仕事は、お互い牽制し合って、喧嘩腰に始まった。
傭兵だったという事を裏付ける様な、細かで行き届いた用意周到振りにも
何だか驚かされたものだったが、思えばその時から、か細い腕が振るうのは・・・
諸刃の鬼の仮面だったように思える。
ガナッシュにしてみれば、目の前でいきなり自信を崩された時だった。
こんな腕の立つ者を見たのは、初めてだった。
髪なんて騎士であるとは思えない、メッシュを入れたナンパな男。
これでも騎士の家系の息子だという。
はなから馬鹿にしていたガナッシュが見たのは、信じられない程の
ある意味超越しかかった剣技。
こいつは鬼か。
荒々しくて荒削りだが、その強さは今まで見てきた、対峙してきたどんな者より・・・
強い。
魅せられる程強い。
その剣の鋭さは、自分の我流剣術が針で刺すくらいの弱さにしか思えない程の、
本物だと思えるものだった。
だから、この男と並びたい。負けず嫌いの勝ち気な仔猫の・・・
恋心のはじまりだった・・・・・。

大体このアールグレイ、昔の自分の大ファンだ。
あの頃の事なんて、思い出したくもなかった。
家族が勝手に応募した、王都の歌劇団のオーディションに出されて、
仕方なく適当に歌って、やけに褒められてそのまま採用された。
演技力の無い歌だけのショコラだと言われたが、その通りだと思った。
歌だけは、定評があった。
声がよく伸びて、のびやかでかつ、迫力も持ちあわせた。
別に歌のレッスンをしていたわけではないし、それこそ荒削りな歌だが、
その声と、媚びなくてクールで凛々しいんだけど可愛い・・・
そんなキャラクターが何故か世の中に大ウケしてしまった。
「ショコラちゃんてさ、あの媚びない感じがアイドルっぽくなくていいよなー。
何かいつも照れてるみたいでさ、ああ〜可愛いなあ・・・。
引退しちゃったのは残念だけど、俺は一生ショコラちゃん一筋だね!
・・・いや、彼女は欲しいけどさっ!」
そんなことを、いつも聞かされてはどうしようかと思ったガナッシュだった。
まさか目の前にそれが居るとは思うまい。
その可愛いというのは幻で、この可愛くないのが現実だ、と。
アールグレイから見れば、相棒になって初仕事を成功させてからのガナッシュは、
何だか可愛いヤツだった。うち解けさせてやった。
アールグレイは鈍かった。
鈍くて正直だった。
突然目の前に出された相棒っていうものに、疑いはかけない。
これを可愛いと思うのはよそう。
それが、夢から現実になった、アールグレイの恋心のはじまりだった。



所変わって、ここは南。
水の都と誉れも高き、南国の島国トルティーヤ。
シチュードバーグとは言語も異なり通貨も違う。
違うとはいえ、水の都は四方が玄関の開放的な国。
この国の人々は、共通語とトルティーヤ語と北方の言葉までに通じ、
通貨も様々なものが流れる。
この国を統べるのが、美しき女王アセロラだ。
黒髪に白い肌を持つ、南国的ではない風貌。
アセロラは北の国ブイヤベースを故郷に持つ。
ブイヤベースとトルティーヤの血を引く。
まだ若いが、人々に崇拝される女神のような女王だった。
アセロラは、噴水のある王城の庭で、侍女達に囲まれて花を愛でる。
側にアセロラの妹が居た。
名をペスカトーレ。
姉と同じく、黒い髪に白い肌をしていた。
だが、雰囲気が違った。
ペスカトーレは、とにかく無口だ。
寡黙で、本当に何も言わないときは何も言わない。
気配を消すのが特技だった。
威嚇するのも得意だった。
トルティーヤの剣士の職のひとつに、マディナールというものがある。
魔剣士というのが、シチュードバーグ等で使われる共通語での直訳だ。
魔道剣士とも違う、トルティーヤ独特の剣士の名だ。
ペスカトーレは正に、マディナールだった。
女王の身を守るのが、ペスカトーレの役割だ。
「ペスやペス、おぬしもこちらへ来て、この愛らしい花を愛でようではないかえ。
何をそう、いつも影の様にそう立って居るのじゃ。
近う、近う。
見よ、鳥が舞って居るぞよ。なんと本日も良き空じゃ。」
女王の言葉が、歌のように漂うように発せられる。
それを聞いたペスカトーレは、表情ひとつ変えず、一言だけ発した。
「姉上ペスはやめろ。私は犬か。」
「なんじゃ、ペスとは犬の名なのかえ。
ペスカトーレとは、舌を噛みそうで言い辛いのでのう・・・。
ペスで良いではないか。可愛い呼び名じゃ。ペス。」
この女王、至って真面目に言っている。
「次ペス言ったら半殺し。」
仮にも姉たる女王に向かってそう放つ。
表情は変えない。
「恐いのう・・・。どうしておぬしはそうなのかのう・・・。」
いつも、こんなやりとりが繰り返される。
トルティーヤは今日も平和、な筈だった。

女王の頭の中に、故郷のひとつ、ブイヤベースのことがあった。
今、ブイヤベースはフォンドヴォー帝国に攻撃されている国のひとつだ。
南の島国は、軍事力としてはそう誇るほどではない。
ブイヤベースには、家族が居る。
北と南、遠く離れようと、母方の家族を片時も忘れない。
アセロラとペスカトーレは、国に他に家族がいない。
数年前に流行病が暴発し、王族のほとんどがそれにやられた。
親戚はいるが、肉親たる肉親は病に倒れた。
中には、どさくさに紛れて毒を盛られた等という話すら上がった。
そんな中、トルティーヤに降臨した女神が、アセロラだった。
王女が生きていた。
おお、我等の女神よ・・・!
明かされていなかった王族の家族形成だったが故、
光のように現れて、王位についたアセロラの姿は、混乱した国をひとつにするほどの
輝きを放っていた。
崇拝される、神と同じく。
太陽神の如く。
その女王は、このマディナールの妹を、北へ派遣することを考えていた。
ペスカトーレは、それに同意した。
親身を守りたい思いもあるが、退屈な王宮での生活から抜けられる。
この娘、見た目は細くか弱そうだった。
だが、戦いぶりを知る者は言う。
狂犬ペスカトーレ。
彼女は片目を隠しているが、双眸の瞳の色が違う。
オッドアイ、というやつだ。
こんな目をしている者は少なく、それだけで畏怖感を覚えさせる。
ペスカトーレは自身、我は狂犬なり、と言う。
血に飢えた地獄の番犬よろしく。
そんな凶暴な犬を、女王は大陸へ放り込む気でいた。
やはり血は争えない。
女王もまた、狂気じみたところを隠し持つ。
「あれを殺れ。フォンドヴォー帝国の皇帝をのう・・・。」
「御意。」
たったそれだけの会話だった。
恐ろしい姉妹である。
慈愛の心と狂気を併せ持つ女王は、その日も平和だと、うそぶいた。


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うわー恐い姉妹。
可愛い恋心の話から一転しておりますが、予定じゃいきなりこの狂気姉妹からはじまる筈でした。
アールグレイとガナッシュは、お前等少女マンガか!?という恋愛模様ですが。
なかなか入れられなかったけど、カクテルが出たところでやっと。
アプリコットとアルデンテは、また次回。そこまで書いたら長いから一旦切ります。
今回充分長いよ。

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