第15話 「傭兵カクテル・とりあえずみんな疲れたよね。」


蛇をひたすら切り裂いて、なんとか砂浜まで出た。
足下まで海水が満ちていた。
今頃はもう、あの小屋は沈んでいることだろう。
海水を含んだ砂浜は、尚更足に重たく絡みつく。
曇り空は雨雲と変わり、頭上からも水を落としてくる。
ガナッシュは精霊の御名を唱える。
「ヴューア・リデ・アルア・アーダ・ビエンテ・エウリジータ!!」
炎・光・風。
ガナッシュの得意分野での3属性同時魔法。
今まで3属性での魔法は、一度も完全な成功といったことがなかったが、今は何故か、出来る気がした。
ここで精一杯のことがしたかった。
体力が続かないことで、相棒の隣から下がったことが、ガナッシュの心に引っかかっていた。
それなりの誇りもプライドも、相棒に並べない思いも、
今の一撃に込めてやろうと思った。

砂の上を這う蛇たちの半数はここに消え去った。

「やった!」
嬉しそうな声を上げたのは、アールグレイだった。
「・・・出来た・・・・・。」
ガナッシュは息を荒く吐きながら、ここへ来て初めての笑みを浮かべた。
「じゃあ、後の残りは俺が貰おう。」
いい加減嫌になっていたラズベリーは、ここへ来て初めての、ミドル・セージの力を披露することとした。
「ラルバタス・ガーヴェル・ブラクタス・バージフィルス。」
雷・氷・地。
天から地から、容赦のない攻撃が浴びせられた。
宣言通り、残り全ての操りの蛇は消えた。
「すげぇな、魔法って。」
純粋に感動しての、プディングの言葉だった。
「さて、あとは海賊達のもとへ帰りましょう。」
ロゼの言葉の通り、一同は隠れ家に向かった。



そこは暗く、香を焚いた後の香りだけが残っていた。
「遅かったか。」
バジルが潜むと思われたその部屋は、今は主において行かれた香の煙だけが
換気されないまま香りとして残っていた。
「妖術師は取り逃がしてしまったみたいね・・・。」
カシューは軽くため息をつく。
グラッセは中へ灯りを持って踏み入るが、最早人の気配は無かった。
妖術師バジルは、失敗を察し、香の香りだけを残して姿をくらました・・・。



雨の中、待っていた。
少年は待っていた。
その人影が幻なんかじゃないと、そう思ったときはもう走り出していた。
「シャーベット!」
ビアは、若い騎士の中に、見慣れた薄碧の髪を見つけると、柄にもなく涙をこぼした。
シャーベットはウイスキーの腕に担がれていたが、「降ろして」と身を滑らし、
栗色の髪の少年に抱きついた。
「風邪引くぞビア・・・。」
「何言ってやがる、おめーの身体の方が冷たいんだよ、馬鹿・・・。」
「とりあえずお腹空いたよ、俺・・・。」
「何でも食え。食欲があるなら大丈夫だな。
・・・心配させやがって、この大馬鹿野郎・・・・・。」
「んー・・・ホントにビアだ。・・・もう会えないかと思った・・・。」
「何女々しいこと言ってやがんだ、全く・・・。それはこっちのセリフだろ・・・。」
そんなやりとりの外で、海賊達も隠れ家から出てきて歓喜の声を上げる。
「坊ちゃん!よく生きて!!」
「ウイスキーの兄貴!」
「どうだ、頭は生きてたぜ!」
「今日は宴会だ!おい、とっときの酒を出してこい!」
「祝いの酒だ!」



祝いの席に招かれたアールグレイ達だったが、早く着替えて休みたい気持ちの方が強いのと、
ミント達との連絡などの「こちらの事情」があるため、プディングの実家である宿屋に戻った。
海賊達はその夜は祝いの酒に心から酔えた。
酒が美味いと感じたのは、実に久しぶりだった。
シャーベットは、とりあえず空腹を満たした後に、祝宴から外れて
床の上にひっくり返っていた。
「はあ・・・俺、生きてるんだな・・・。」
手を伸ばして、顔の上で開いたり結んだり。
「何やってんだシャーベット。」
酒の席から逃れてきたビアに、不意に声をかけられて驚く。
「・・・生きてるのが不思議なんだよ・・・。絶対諦めないつもりだったのに、
日が暮れていくごとにさ・・・ああ、もう駄目かなって、悔しいけど駄目なのかなって・・・。
あの騎士達が来てくれなかったら、俺は死んでたんだ。」
「馬鹿野郎。男がそう簡単に命を諦めるんじゃねぇよ。
・・・オメーが死ぬなんてな・・・俺は許さねぇぜ。」
「うん・・・。そうだよ、ね・・・。
死ぬよりもビアに馬鹿って言われる方が悔しいかも。」
「じゃあ、言わせんな。・・・今日はゆっくり寝ろ。」
「うん。・・・ねえ・・・。」
「あ?」
「側に、居てくれない?・・・ずっと一人で閉じこめられてさ・・・心細くて・・・・。
隣にいてくれたら、生きてるって、助かったんだって、実感できるから・・・。」
シャーベットの瞳から、不意に一粒こぼれ落ちる。
「何、弱気になってんだよ・・・。馬鹿。しっかりしろ。
・・・ここにいるから、寝ろ、ほら。」
ビアはシャーベットの手を握る。
「・・・・・うん。
あの騎士達は、何者なんだろ・・・。シチュードバーグの騎士だっていうけど、聖命持ってるお姉さんもいたし・・・。
半端じゃなく強かった。
それにあの剣は・・・ただの剣じゃなかったよ。
前に海で見つけた、あの槍と同じ感じがしたな・・・。」
シャーベットは、目を閉じて、隣で手を握ってくれる暖かさを感じながら、
ありがとう・・・とだけ零して、眠りについた。


酒の席に、明らかに海賊ではない者が居た。
真紅の髪に、紫の瞳。
戦斧を抱えたその若者は、男装しているが女だとすぐわかる。
傭兵カクテル。
以前、このシャーベットの海賊団に居たことがあり、またふらりと姿を現した。
「あたしの居ない間に、大変だったんだねえ。
まあ、土産の酒が丁度よかったってワケだ。頭も相変わらず可愛いしね、
助かってよかったよかった。」
「カクテルよぉ、そんな呑気なこっちゃねぇぜ〜。」
「そうだ、お前さんが居てくれたら、もうちぃっと楽だったかもしれねえ。」
自分達の無力さ加減も、酒に忘れる海賊達。
「何を人に頼ってんだよ。シチュードバーグの騎士なんぞに助けられたなんて、おめえら何やってたんだ?
でもま、興味あるね、その騎士達ってのは。イイ男いたかしらね〜?ははは!」
このカクテル、掴めない女である。
傭兵家業において、カクテルと言えば知ってる奴にはわかる名である。
丁度その「騎士達」とは、すれ違うように現れた。
戦神カクテル。
そう呼ばれる。
長い槍のような斧を持つ。背は高く、美しくも妖艶で、だが油断の無い余裕を兼ね備える。
27歳になる。
「頭は寝たのか。相変わらずビアちゃんは世話焼きだね。
あたしがここに居たときは、まだ子供だったのにね。
すっかり男前になってたねえ。」
そんなことを言う唇からは見えないところで、考えていたのは騎士達の事だった。
カクテルはシチュードバーグの騎士だったことがある。
22歳で騎士団から脱して、気ままな傭兵家業へと移った。
一度ガナッシュと手を組んだ事があった。
たった19歳の男装美少女を騎士の道へ繋いだのは、カクテルだった。
頭に浮かんだのは、鬼才の王女の事もだ。
アプリコットに男装美少女を紹介した。
その類い希なる魔法の才能は、王女を大いに喜ばせた。
アプリコットは、その時数枚の書類に判を押した。
騎士としての採用の判だった。
そこに連ねられた名前。
大将軍グリンティの子息「アールグレイ」
魔法に長けた剣士の少年「ガナッシュ」
カラメルから上京してきた少年剣士「プディング」
騎士の家系の子息にして秀才「プレッツエル」
これらの若い騎士達を、周りの意見を一切抑えて、直感と興味と絶対の確信を持って、採用したのはアプリコットだった。
その王女の事と、今は騎士となった一時の相棒の少女の事をなんとなく思い出して思ってみた。
「今頃はいい女になったのかねえ・・・。」
突然現れておこぼれにありついた女戦士は、今日の酒は何だか味わい深いなと
酔いつぶれていく荒くれ達の中、いつまでも酔った風を見せなかった。



「あー疲れたな今日は。」
剣の手入れをしながら、アールグレイは3度目のセリフを吐いた。
「ああ・・・もう流石に何もしたくないな・・・。」
同じく手入れをしながら、ガナッシュがため息混じりに言う。
「結局バジリスクとかいうヤツは逃げやがったんだな。今度はロゼ博士もさ、狙われるんじゃねーのか??
こんな時にアプリコットがいたらなー・・・。」
やはり手入れをするプディングは、親友アプリコットの名を口にして、ため息をつく。
「そもそも姫様を助ける筈でしたのに・・・。
何だか話は入り組んできました。
このカラメルの件は、国にご報告しましょう。我々は魔界へ急がなくてはいけません。」
ロゼはそう言いながら、落ち着かない風だった。
自分が聖命の持ち主だという。
早い話、試したい。
聖術を使うことが出来るなら、自分も魔界に行くにおいては大いに役立つこととなる。
偶然は必然のように。
「私、今日は本当にドキドキしたわ。
でも・・・お姉様のことを思うと、もっとドキドキハラハラして・・・どうかご無事で・・・!」
疲れたミントは、リアクションも控えめだ。
「色々と整理し直す事が多いですね。町の事は王国にご報告する事としても、
我々には大仕事があるんですよね・・・。
正直魔界なんて所に行くことになるとは思いもしなかったです。」
プレッツエルは事のはじめを改めて考えてみる。
成り行きで戦力は格段に上がってきたものの、ヨーグル島に行くという事すら実際恐ろしいことである。
海賊達に船を出して貰う貸しは出来たわけだが、流石に簡単にとはいかないだろう。
「明日、シャーベットに頼んでみよう。船が出なければ話にならないんだ。」
カフェラーテは久しぶりに剣士として剣を振るい、やはり自分は剣士向きなのだと
痛感していた。
自分はガナッシュや兄の様な、3属性同時なんて真似はほとんど出来ない。
その兄は、窓際に立って外を見ている。
「明日は幸い晴れるんじゃないかな。」
呑気そうな言葉であるが、船を出して貰うという事には、重要なことである。
「でも、頭のシャーベットは、弱っているのじゃないのかしら。
ひどい囚われ方をしていたのでしょう?
明日すぐにっていうわけにいくのかしら・・・。」
ミントは胸に手を当てて不安そうに瞳を閉じる。
「船を出すことは、頭が一緒ではなくても出して貰わないと・・・。
ミント姫、貴女も今日はもう休まれたら如何ですか・・・?」
ブレッドが心配そうにミントに声をかける。
ミントはその声に少し安らぎを覚える。
「そう・・・ね、ありがとう。でもみんな、こうしているのだし、私だけ休むのも申し訳ないわ・・・。」
「いいえ、姫様はお休み下さい。私達も手入れが終えたら休みます。
今日はみんな、本当に休めないとね。
救出班は本当に大変だったでしょう・・・。」
カシューの柔らかい声に、一同何となくほっとする。
「はぁ・・・。何でこんなことになってるのかしら。
アタシが悪いワケ?
でもこの成り行きが無かったら、この町はほったらかしでどうなってたかわからないんだし
っていうか、そう考えないとやってらんないわ。
どうせアタシが悪いんだもの〜!」
カルボナーラは実はかなり、自責していた。
事の始まりは、自分がアプリコットをさらったところから始まるのだと。
意地を張ってバケットを突き放したからだと。
頭を抱える彼女に、声をかけたのはガーリックだった。
「王女、ここの者達は、誰もあなたを責めては居ない。」
「・・・事はもう、今更だ。わかっているのなら責めはせん。
それより、あなたの力も必要だということだ。
明日、まず会議を始めよう。国王陛下はもう帰られただろうか・・・。」
そう冷静に言うのはグラッセだった。
「・・・ありがと・・・。」
カルボナーラは一言零して黙した。
「オレはどうにか故郷を守れそうだから、正直よかったな。
アプリコットは、とんでもないくらいのグラン・セージなんだ、
簡単に魔界人だか精霊神だか知らねェけど、負けたりしねえ、絶対!」
そんなプディングの声に、ラズベリーは妙に優しげに言う。
「プリンちゃんは熱血少女だね。まあ・・・ここまで来たら、僕も少しは手伝うよ・・・。」
「あ!少女って言うな!っていうか少しだけじゃなく全力出せっての!!」
慌てるプディング。
「少女・・・って言った?」
ミントが目をきょとんとさせて言う。
「あ・・・。」
「ええ!?プディングって女の子だったの!?」
「あー・・・ええと・・・。」
驚くミントと、今更ながら冷や汗をかくプディング。
驚いているのはミントだけではない。
「うっそぉ。こんな女いないって。嘘だあー。」
お留守番組だったクラムが、そう言いながらプディングをしげしげと見る。
「じろじろ見るんじゃねえ!うるせえな、オレんちの家系のしきたりなんだよ。
勇者の血を受け継ぐ者として、女が生まれても男として育てる。
母ちゃんも結婚するまでは男やってたらしいし。
知らねえだろ、勇者コークって女だったんだぜ。」
それには全員大いに驚いた。ガーリックを除いてだが。
「マジ?!」
アールグレイがあんぐりと口を開けて驚く。
「ホントだよ。うちの古い古いしきたりだからね。コークが剣を授かったその前からのさ。」
その事については、知っている者がいた。
「・・・あの娘コークも、正義感の強い真っ直ぐな瞳をしていた・・・。」
ガーリックはプディングの瞳を見てそう言う。
「・・・お姉さんコークの時代から生きてんの??」
プディングはきょとんとして言う。
「魔界人は人間に比べて遙かに長く生きるのでな・・・。
そう、精霊神達に可愛がられていた。
特にソルトは気に入っていた様だったな。
ビネガーにヴァルクス・レイをコークに使わせと言ったのもソルトだった・・・。」
懐かしい話だ、とガーリックは、寡黙な口を珍しく動かした。
「そういえば精霊神様は大人しいな・・・。」
ミントとカフェラーテの中の神の事を思い出し、ガナッシュは言う。
「私がシュガーだなんて、全然実感も記憶も無いし・・・。」
「僕もさっぱり覚えていないよ。知らなかった。兄上は知っていたようだけど。
・・・そうだ、どうして今まで教えてくれなかったんですか。」
カフェラーテに生真面目な視線を突きつけられても、ラズベリーは相変わらずすかした瞳で答える。
「ビネガーはな、お前がそれを知る時が来るまで言うなって言ってたよ。
父上も母上も知らないことだ。
初めてお前が突然気を失って、別人格が現れたのはな・・・お前がアプリンに会ってからの事だったな。」
「・・・・・。そうだったのか・・・。」
ここではラズベリーしか知らないことだが、ビネガーが現れたのは、無論アプリコットの中のソルトに反応しての事だ。
その時はまだ、ソルトは一切姿を現さなかったのだが、ビネガーの口からソルトの事を、幼かったラズベリーは聞いていた。
子供の頃から食えないこの王子は、面白いことだと思って見ていた。
時折出てくる弟の中の神と、一切現れないアプリコットの中にいるらしい神。
神話によれば、ソルト神とビネガー神は、喧嘩するほど仲が良い、
そんな関係だというから、そのまんまだなと思って見ていたわけである。
なんだかんだ言って、弟とその婚約者の事を見守っていないわけでもない。


その夜は、疲れてよく眠る者と、なんとなく寝付けないでいた者と、
それぞれやけに柔らかい布団が久しぶりに感じながら眠り、
朝は少し、遅かった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はい、ちょっと今回長かったですね。
色々と絡まって、やっとまた姫を救いに向かってきました。
プディングとコーク、カラメルつながり。笑
シャーベットは繊細なのです・・・。
次回、やっとアプリコット姫が久しぶりに出てくるかと思います。
続く。

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