第14話 「北海の妖精」


「これは、魔物ではありません。本物の蛇です。」
ロゼはそう続けた。
バジルの使う蛇は、そのほとんどが魔物ではない蛇だ。
だが、その蛇を甘く見てはいけない。
毒を持つ蛇や、食肉の蛇。
そのほとんどが、凶暴かつ凶悪な性質のものばかり。
魔気を帯びていない分、魔物にばかり気を張っているとわからない。
数が半端ではない。
斬っても斬っても沸いて出る。
攻撃の術を持たないロゼと、シャーベットを抱えているウイスキーを守りながらの戦い。
「・・・私にも魔法が使えたなら・・・。」
ロゼは守られるのは好きじゃない。
ロゼは騎士の家の出だ。魔法研究所に入った14になるまでは、剣の道を歩みもした。
「役に立つかはわかりませんが、剣を貸して下さい。少しくらいは使えます。
このままでは私は足手まといになってしまう・・・!」
切な表情で、ロゼは言う。
「博士は僕が守りますから!」
プレッツエルは、ロゼの側で戦っていた。
いつでも、彼はロゼの側で。
「プレッツエル君・・・。でも私はもう、戦いの術を持たぬままここに居るのが忍びない!」
こう、妙に実力派が揃った場にいると、何も出来ないまま守られるのが辛くなる。
そんなロゼに、ガナッシュが剣を差し出した。
「博士、私の剣は軽いものですから!」
「ありがとう、ガナッシュさん!」
カティナスを使っていたため、いつも使っていた細身の片刃が腰にあった。
ロゼはガナッシュから剣を受け取ると、抜いた。
持つ手は、左。
途端、側までにじり寄る蛇を斬った。
「は、博士やるじゃないですか!?左利きだったんですね、知らなかった。」
あくまで側で守りながら、プレッツエルは驚きの声を上げる。
「大して使えはしませんよ。お前はてんで駄目だと、よく父に言われていましたから。」
そう言いながら、毒蛇を切り裂く。
意外に速い。
「申し訳ありませんが、そう体力が持たないんです。
・・・デスクワークばかりしていたツケでしょうね・・・。」
「それだけ使えるなら大丈夫ですよ!あくまで防戦でいて下さい。
僕が貴女を守ります!!」
「・・・ありがとう、プレッツエル君。」
後衛の戦陣は、少し固くなった様だった。

「ん・・・」
ウイスキーに抱えられているシャーベットが、意識を取り戻した。
「坊ちゃん、気がついたか!」
「・・・ウイスキー?俺は・・・お前が助けてくれたのか?」
「いいや・・・助けてくれたのは、あいつらだ、坊ちゃん。」
そう言われて、蛇の群れと戦いながら進んでいる面々を見るシャーベット。
「・・・騎士?」
「ああ。細けぇことは後で話そう。今はちぃとばかり、面倒なことになっててな。」
言われてシャーベットは、蛇を見た。
・・・操りの蛇だ。
シャーベットにはそれが何者が遣うものなのか、すぐにわかった。
あいつだ、俺を付け狙っている、バジリスクだ・・・。
「ウイスキー、降ろしてくれ。」
「坊ちゃん、あんなひでぇ状態で囚われていたんだ・・・無理は・・・」
「大丈夫さ。俺にも一矢報わせてくれって。」
シャーベットは、戦陣の真ん中へ出て行く。
「あっ、シャーベット!?気付いたんだ!下がっててくれよ!危ないから!」
アールグレイは、進み出るシャーベットを守るように、さらに前に出る。
「大丈夫さ、半分くらいは片付けるからちょっと見てな。」
前衛で戦うアールグレイの少し後ろで、シャーベットは気力を振り絞る。
途端、周囲が輝きだした。
「聖神の御名において。汚れなき光は我の聖命に集え。・・・聖光!」
静かな詠唱だった。
その光は、光魔法とは違うもの。
聖術だ。
蛇の群れは、公言通りに半数が光に消えた。
「は・・・・・なにこれ、すげえ・・・。」
「こんなのは、はじめてだ・・・。」
驚き、しばし動きが止まってしまう。
「フゥ・・・。これが、今のトコ精一杯だけどね・・・。」
薄碧の髪と、蒼い瞳した少年は、水しぶきが光に当たったような輝きを纏い、だがしかし、膝をついて息を切らせた。
シャーベットは、その美しい容姿と輝きを纏う術を持つが所以、「北海の妖精」と呼ばれ、憧れと畏怖を北海に轟かせていた。
幼い少年が荒くれを従えるだけの力を持つ理由のひとつに、この美しさと恐ろしさがあった。
海にいるのにもかかわらず、潮焼けしていない、透き通る白い肌。
すらりとした細身の身体。
そしてその、海のような水のような髪と瞳の色が、それが全て、妖しくも美しく輝くのだ。
聖術を使っているときのシャーベットは、本当に綺麗だった。



「・・・聖術・・・?」
ロゼがそう零す。
「その通りさ。」
「聖術使い・・・はじめて会いました。」
その言葉に、シャーベットは小首をかしげる。
「姉ちゃんも使えるんじゃねぇの?」
「・・・え?」
「だって、姉ちゃんだってさ、聖命の持ち主じゃん。俺にはわかるぜ。」
ロゼは目を見開く。
「わ・・・たしが?聖命の持ち主だと、言うのですか?!」
「何、わかってなかったの?へー、そりゃ勿体ないな。多分俺より凄いよ、あんたさ。」
「・・・!?」
ロゼは回転の速い頭で考えてみた。
自分には魔力がほとんどない。でも、精霊を見ることは叶っていたし、何より、バジルが自分に近付いた理由に説明がつく。
バジルは、ロゼの聖命を狙っていたのだ。
ロゼが聖術を詳しく調べ始めたのは、バジルがやけに興味を持っていたからだった。
それをバジルは、良く思わなかった。
その時はよくわからなかったが、今になればわかる。
ロゼが聖術を使えるようになってしまえば・・・、隙を見て殺すことが容易ではなくなる。
聖術は妖術に対して、絶対的に強いのだ。
「成る程・・・。」
ロゼは苦笑する。
考えながらも、剣は休めない。
蛇は後から後から、どこから沸いて出るかというほど溢れる。
段々蛇も強くなってきていた。
比べて、段々と大蛇が多くなった。
その唾液に触れたなら、それだけで毒が回りかねないくらいの毒蛇が多くなる。
「本気で殺す気ですね・・・。」
段々息を切らしてきたロゼは、思ったより続かない自分に苛立ちを感じた。
「やばいものが出てくる様になったなぁ・・・。」
妙に呑気な声で、ラズベリーは言う。
強力な魔法で吹き飛ばしてしまえば、楽なのだが。
それでは、衝撃で岩場が崩れる。
だから使わない。
先ほどのシャーベットの聖術にも、ラズベリーは冷や汗を流していた。
魔法を使わない理由は、ガナッシュも同じだ。
伊達に強力な魔法を使えば、威力に応じて周りにも影響を及ぼす。
それくらい、浜辺は狭い。
「仕方ない、もう少し持ちこたえられたら砂浜まで出られるはずだから、その時にちょっと、派手なのやってやろうか、ガナッシュ?」
ラズベリーは緊張感の無い声で、多分同じ事を考えていたんだろ?と。
「そうですね・・・。岩場から外れられたら。」
ガナッシュも流石に息が切れてきていた。
「わかった、それまでは俺がどうにかするから、ガナッシュは少し下がれ!」
相棒が自分より体力が続かないのはよく知っている。
アールグレイはガナッシュの前に出て、そう言った。
「すまん・・・。ちょっと意地になってた。」
そう言いながら後方に下がるガナッシュ。
「バカだな、ガナッシュらしくないぜ。魔法ぶっ放す前に切れちゃったら困るだろ。」
アールグレイは笑顔で返す。
「全くだ。」
そう言ってガナッシュが後方に下がると、アールグレイに並ぶのは、カフェラーテだった。
「カフェ様!」
「ひとりでやる気じゃないだろうな、アールグレイ?!」
剣を握らせると、カフェラーテは眼が違う。
「いいんですか前に出てきて!?」
隣国の王子に怪我をさせるわけにはいかない。それくらい、アールグレイも考える。
「僕が隣じゃ不服か?」
いつも一歩引いた態度で、温厚そうな印象の王子だったが、
彼は剣士としては、兄をも上回る。
「とんでもない!じゃ、ちょっと飛ばしていきましょうか!」
「ああ!」
彼等が進んだ後には、無惨な蛇の道が出来ていそうだが、操りの術が解けた蛇は
跡形と無く消えていく。
「何でこの蛇、魔物じゃないのに消えるんだろう・・・?」
陣営中程で戦っているプディングは、斬られて落ちる前に消えてしまう蛇を不思議そうに見る。
「バジリスクがそういう術をかけているからさ。
妖術師はね、自分が何かやったあとを残すのが嫌いだからね。」
隣で戦っていたラズベリーが答える。
「へえ・・・。都合のいい術があるもんだな。蛇の死骸が山になるよりいいけどさ。」
「そんなもの、プリンちゃんには見せたくないね。」
「オレはそんなもん、平気だバーカ!」
「俺が見せたくないんだよ。」
妙に素で、ラズベリーは言った。



一方、海賊達の、シャーベット派達。
彼等は、シャーベット救出に共に向かうことを止められた。
シャーベット派はそう多くはなくとも、大勢で行くことに意味はなく、今は目立っては良くないとロゼに進言されていたからだ。
それにウイスキーが同意したため、やむなく海岸近くの隠れ家に留まっていた。
助け出せたなら、その隠れ家まで帰ってくる。
それをずっと・・・ただ待つしかなかった。
騎士達を信じていいのか。
町が荒れようと何もしない上、ポークフランクの様な者を野放しにしていた、王国の騎士なんかを信じていいのか。
だが、ウイスキーはその見知らぬ騎士達を信じた。
海岸は満ち潮で狭まる。
それを確認しながら、男達は頭の無事を、柄にもなく祈った。
男達の中に、少年がひとりいた。
名を、ビア。
18歳。頭を抜けば、最年少だった。
ビアは、落ち着かない心で、喧嘩友達の無事を祈る。
シャーベットにとっては、自分と対等でいてくれる、友であり、兄のようなものだった。
様々な理由で、シャーベットは、周りとは対等ではなかった。
口は悪いが面倒見のいいビアは、自分の正確な歳すらわからない、天涯孤独のシャーベットを、弟のようにも、年の近い友達としても、同じ、親を知らない子供としても・・・
大切な存在として、いつでも助けになろうとしていた。
顔を合わせれば、憎まれ口をたたき合う。
本気で喧嘩することもある。
それだけ、大切だった。
いつでも精一杯大人ぶって、精一杯気丈にふるまうシャーベットの、なんとも寂しそうな瞳を・・・彼は知っていたから。
先代シャーベットが、この年端もいかない少年をおいて男に走ったとき、一番怒ったのはビアだった。
母と慕っていた女が目の前からいなくなった、その時のシャーベットの壊れそうな表情を・・・それを必死に隠そうとするその顔を・・・
唯一見ていたのは、ビアだった。
それを知らないウイスキーじゃない。
少年二人を、何気なく守ってきたのは、ウイスキーだ。
畏怖され、または妖精のようだと仰がれる。
シャーベットにとって、聖命なんてものは、自分を飾り立てる邪魔なもの。
それをいつか、乗り越えたくて。
それを遠回しに励ましてくれるビアのことを、邪険に扱うように見せかけても
「こいつみたいに、前向いて歩かなきゃ。ビアに笑われたら、むかつくんだから。
俺はビアとすら、対等に歩けてないことに、なるんだから・・・!」
と、密かに支えにしていたのだった・・・。


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書きながらなんとなく切なくなりました。笑
やっとシャーベットとビアが動き出した・・・。
ビアは、ビールですよ。ふざけてないですよ。
ロゼも、自分の聖命の存在を知りました。
アプリコット姫もそのうちちゃんと出てきます。
いつも居ないようなガーリックですが、ちゃんと居ます。
挿絵は、シャーベット。この子は男ですから。
ガナッシュとかロゼとかプディングみたいに、実は女の子でしたー
っていうのはホントにないですから。
聖術使いは、美しいのが基本。(?)


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