第13話 「バジリスク」


ポークフランク侯爵の屋敷の一室。
ミント、カシュー、グラッセ、そしてブレッドとカルボナーラ。
侯爵は、ミント姫がお忍びで来たと聞き、まずは当然、その素性を疑った。
姫の名を語る不届き者であると、追い返すつもりであった。
捕らえようと思わなかったのは、その少女がミント姫その人であることがわかったからである。
侯爵は、ミントの顔を知っていた。
昨年この城に赴任する際、国王の隣にいた少女に違いなかったからである。
これはこれは・・・と、渋々迎え入れ、失礼のない一室に招き入れた後、お茶と茶菓子を出したまま、侯爵は王女を待たせた。
カシューは、ロゼと連絡をとることにした。
例の四角い通信アイテムを用いて、丁度シャーベットを救い出して引き返していたロゼの方へ繋げる。
「博士、私達は侯爵の屋敷におります。が、お茶を出されたまま、一向に現れませんわ。そちらは、どうですか?」
通信アイテムから、ロゼの声がする。
「ええ、私達の方は、シャーベットを助けることに成功しましたよ。
これから町へ戻るところです。そちら、侯爵の尻尾を掴めそうですか?」
カシューは声をひそめながら、答える。
「・・・この屋敷には、妖気が満ちているそうです。
後ろ暗いこと、どうやって逃げようか考えているのでしょうが・・・。」
「そうですか。ポークフランク侯爵は、まあ、あまり賢い男ではないと記憶しますから
追いつめれば、安く尻尾を出すでしょう。ミント姫のこと、頼みましたよ。」
「はい。」
そう、通信は一旦切られる。
「こんなに王女を待たせるなんて、失礼な侯爵ね。私、緊張していたのに、段々解けてきちゃったわ。
でも・・・、妖気が満ちているなんて・・・恐いわね・・・。」
ミントは、声を細めつつ、そう言う。
「妖気は間違いなく、この屋敷の奥からです。
大丈夫、ミント姫。僕も、あなたを守ります。妖術なら、そう負けはしません。」
ブレッドはミントをそう励ます。
「ブレッド君・・・。あなたって、頼もしいのね。・・・ちょっと素敵。
・・・って嫌だわ、私ったら何言ってるのかしら・・・。」
ひとりで頬を染める乙女。
その言葉に、ブレッドは穏やかに笑顔を見せる。
「あら、そういうのアリ?」
カルボナーラは意外そうにつぶやく。
「それにしても・・・本当に失敬だな。まあ、今は下手なことはせんが。」
グラッセが呆れたように零す。
「この間に、妖気の源を探れます。侯爵は、墓穴を掘っているとお考え下さい。」
ブレッドは、そう言うと、妖気をさらに探る。
「まあかっこいい・・・。」
ミントの心に、密かな花が咲きそうだった。


「どうしたものか。ミント姫が来るなどと・・・アプリコット姫の差し金か。
むむむ・・・。バジル!術士バジルよ、お前が言った通りに今までやってきたぞ。
海賊に通じ、街を荒らせ・・・わしは海賊をまんまとはめ、全て手柄はわしのもの。
その上でシャーベットとか言う小僧を殺し・・・
こやつは聖術使いであると言ったな?
わしにさらなる地位と名誉、多大なる富をもたらすと、お前は言ったな?
ところがどうだ、シャーベットはまだ生きておると言う。
王女が嗅ぎつけて来たではないか!あの周りに居るのは、腕の立つ騎士だろう。
お前の力を頼りにしたわしが馬鹿であったか!?」
貧相な侯爵は、暗い部屋でわいわいとがなり立てる。
そこには、バジルと呼ばれた、薄気味悪い術士がいた。
「侯爵殿、そう慌てるでない。私を信じよと申した筈。
シャーベットは逃がしませぬ。助けに参じた騎士共々、私が息の根を止めて差し上げよう。
あなたは、動じずにミントを追い返せばよい。」
バジルという、この術士。
灰色のローブに身を包み、顔すらよくわからないが、妖術使いの女であった。
蛇を使うことに長け、精霊魔法にも通じていた。
バジルは、この欲だけが深い侯爵に入れ知恵した。
地位と名誉と富を餌に、影でこの街の惨事を操っていたのである。
バジルの目的は、聖術を使う者の命だった。
聖術とは、限られた者にしか使えない魔法の一種で、使える人間は、本当に一握りであった。
故にほとんど名前しか知られず、例えばロゼの居る研究所にも、使い手は一人もいない。
その使い手に宿る聖なる命の光を手に入れれば、途方もない神の如し力が手に入ると。
バジルは、その力を手に入れるつもりであった。

「さて・・・シャーベットの方には、既に手を回してある。
生きては返さぬ。
問題は・・・ミントと共に居る、魔族の妖術士二人。
何者であろうか・・・・・。私の妖気を探って居る・・・。フン、小賢しい。
シャーベットの聖命を手にすれば、私に敵など居らぬわ・・・。
ミントとお付きの騎士、そして魔族二人も・・・このまま帰しては、後に面倒か。
ミントは捕らえ、あとは殺すか・・・・・。」
バジルは、侯爵が暗い一室から出た後、一人、そう独り言を零していた。


「いやいや、お待たせして大変申し訳御座いません。何分突然でしたので・・・
こちらもお迎えする用意が調いませんで・・・。」
痩せた割には腹だけが出た、貧相な男だった。
侯爵はそう言いながら、どうやって帰って貰うか考える。
だが、この男、確かに賢いとは言えなかった。
ミントはまず、切り出す。
「失礼ですこと、こんなに待たせるなんて。
私はお忍びではあるけれど、今の我が国がどういう状態か、見て回っています。
随分この町は荒れている様子、これをどう説明しますか、ポークフランク。」
ミントは直球で投げた。
「・・・・・それはそれは、なんとご立派な・・・。
わたくしもこの海賊達には、いささか手を焼いておりまして・・・。」
下手な言い逃れをする侯爵。
「守るべき民を救えず、何が領主でしょう。私はがっかりしました。
この惨事を、私はお父様にお伝えします。
あなたには、この惨事を救えなかった責任として、領主としての地位を解かれることになるでしょう。ここまで荒れていて、何も出来なかったなどと、手を焼いていたなどという言い逃れは出来ません。
これより私は、控えさせている王宮騎士団に、この町と城の処置を命じます。
グラッセ、カシュー、後は任せます。」
きっと瞳を凛々しく光らせて、ミントはそう、言い放った。
無論、はったりである。
追いつめることが、ミントの仕事である。
「あわわわわ・・・・・」
腰の据わっていない浅い侯爵だった。
カシューなどは、わざわざ聖騎士のエンブレムを付けてきている。
グラッセも、実際は傭兵なのではあるが、騎士の姿をしていた。
彼が装いをまともに纏っていれば、騎士団長や将軍にも見える。
実際、何度もそういった誘いを受けていた。
「ぬぬぬぬぬ・・・話が違う・・・。
バジルめ・・・。こんな話は聞いておらんぞ・・・。」
「何の事かしら?バジルとは、何者ですか。」
さらに追い立てるミント。
「バジル!バジルよ!こやつらを殺せ!」
侯爵は声を張り上げて、あろうことか王女を殺せと。
「そこまでだ、侯爵。」
グラッセの剣が、侯爵の首に回る。
「これまでの無礼と非礼。そしてその悪事。最早逃げられはしません。お覚悟。」
カシューも剣を侯爵に向ける。
実際その悪事を暴いた訳ではない。これから吐かせなければならないが、
追い立てて墓穴を掘らせるのが目的であったから、
最早侯爵に、それがはったりであることなど、わかりはしなかった。


「ミント様、ご立派で御座いました・・・。」
カシューは、先ほどまでの厳しい面持ちから、いつもの優しいカシューに戻って、そう言った。
「打ち合わせと違うこと言っちゃったわ・・・。でも、なんとかなったわね。」
「あなたは勇気のある方ですね、ミント姫。見惚れました。」
ブレッドがそう褒め称える。
「そ、そうかしら・・・。何だか言っているうちに、怒りが沸々と湧いて来ちゃって・・・。」
顔に両手を当てながら、照れたミントは、彼女としては控えめなリアクションでそう言った。
そうやって、ほっとしているうちに、グラッセが一人、気の弱そうな若い衛兵を連れてきた。
「話は彼から聞いた。」
「あら、早いわね。」
グラッセとカシューの短い会話。
「バジルというのは、侯爵が抱えていた、魔道士らしい。・・・妖術師、か。」
「はい・・・。あと私が知っているのは・・・バジルという術士が・・・
その、聖命というものを、欲しがっている・・・ということ、くらいですが・・・
海賊の頭が、持っているらしいとか、なんとか・・・。
ああ、恐ろしい・・・。私が聞いてしまったことは、全てお話しします・・・。」
衛兵の男は、震えながらも、知っている内情を話してくれた。
「大丈夫です、ありがとう。この街は、私が救います。
ここにいる罪のない人々の身柄、安心してよくてよ。」
ミントは、兵士に優しく言葉をかける。
私に出来ることは・・・ここまでだけど、と思いつつも。



「そういえばあの魔族の人、何処行ったんだよ!」
走りながら、魔物を倒しながら、プディングは叫んだ。叫んだというのがぴったりくる。
「そういえば・・・いつから居ないんだ!?」
そう言ったのはガナッシュだった。
「ああ、君達が剣を使えるようになる・・・カフェがビネガー神になった前あたりかな。」
大したことないことの様に、ラズベリーは言う。
「兄上!知っていてどうして!」
「そうだよ!大体あの人一応女だろ!?オレ何か損した気分だぜ!」
カフェラーテは今、精霊神ではなかった。
プディングと共に、ラズベリーに向かって色々とまくし立てる。
「まあまあ。あの人が乙女だったかは、わからないよ?」
「おっまえなぁ〜〜〜!!!」
しれっと言いのけたラズベリーに対し、プディングは余計にキレる。
「まあまあ・・・。それにしても、やけに蛇の魔物が多くないですか?」
そう言ったのは、プレッツエルだ。
「そうだよなー。蛇ばっかりだ。何か増えてきたし。」
アールグレイも、蛇を斬り裂きながらそう言う。
「手応えが他の魔物と違わないか。・・・蛇の魔物は、斬っても生身の手応えが
あるというか・・・。聖剣で斬るとよくわかるんだが・・・。」
と、ガナッシュ。
聖剣で倒せば、確かに「消える」感じがするのだが、
その蛇の群れは、生き物を斬っている・・・その感覚がするのだ。
「そう、だよな・・・。」
アールグレイがそう言ったときだった。
鋭い剣のひらめきだった。
「あ、あんた魔族の!」
プディングが、その剣の主を見て、言う。
「何処行ってたんだ、あんた!?」
「すまぬ。妖気を感じた故、探っておった。」
ガーリックは静かにそう言った。
「妖気って、侯爵の屋敷からの?」
「そうだ。私では僅かしか解らぬ故・・・手間取って居ったが・・・
この蛇の群れ、妖力で操られて居る、蛇遣いの蛇だ。」
「・・・蛇遣いか・・・。」
ラズベリーが、嫌そうな顔をする。
「なぁるほど。相手は、バジリスクか。」
「兄上、バジリスクとは・・・?」
カフェラーテは、怪訝な顔つきで兄に問う。
「まあ、あんまり使わない言葉だけど、蛇を使う術士の上位の奴のことをね、バジリスクって呼ぶことがあるんだよ。
嫌な相手だな。」
ラズベリーは、珍しく嫌な顔をして、言う。
ロゼは、蛇を注意して見てみた。操りの術の、蛇であると、確かに見た。
「確かに・・・。なるほど。操り事ですか・・・。バジリスクが相手とは。
要するに、その妖気のもとは、蛇遣いであったと・・・」
その時、通信アイテムがピロピロと鳴った。ロゼは板きれを手に取る。
「はい、私です。
・・・そうですか、成功しましたか!ええ、ええ・・・。
・・・・・そちらには、蛇遣いがいると思われるんですが、何か手がかりは?」


「いいえ・・・、すいません。妖術師の方は、何処にも姿が見当たらず・・・。
バジルという、名である様ですが。」
受話器越しの、カシューの声。


「・・・・・バジル、ですって?」


「ええ・・・。侯爵はそれ以上、口を割らないのですけれど・・・。」


「・・・。注意してください。バジルという妖術師は・・・危険です。」


「博士・・・?どういうことです?」


「いいですか・・・。バジルという名の妖術師は、かつて魔法研究所を追放された、
禁術を使う女術士です。妖術だけではなく、魔道にも通じています!
こんなところで、貴女が出てくるとは・・・。
バジルのことは・・・よく知っていますよ・・・。」
冷や汗を流しながら、ロゼは、カシュー達にとある指示をした。
隠し部屋の探し方。
妖術と魔道で隠された部屋は、どちらかひとつで探ろうと、わかりにくい。
恐らくは地下深くにあるであろうと。
闇深き場所に、妖気と魔気が重なり合う場所を、探すように、と・・・。
「博士の知り合いなのか?」
アールグレイが聞く。
「ええ・・・。私が研究所に配属された頃に、バジルという高位な魔道士がいました。
バジルは・・・何故か私のことを気に入ったのか何なのか・・・
私にとても良くしてくれた。
でも、禁術の書物を数多く持ち出し、追放されました。」
「人間なんですか!?」
蛇を倒しながらも、ガナッシュは聞く。
「人間です。私に妖術のことを教えてくれたのは、他でもない彼女なんです。
まさか、こんなところでその名を聞くとは・・・。」
「博士って一体何歳なの!?」
関係はないが、気になったので聞いてみるプディング。
「23ですよ!そんなに年増に見えますか?!」
「何!?オレと大して変わんねえ!」
「どうでもいいことを言っていないで!この蛇はバジルの・・・。
これから、もっと強い蛇を送りつけてきますよ!
彼女はきっと、私達を殺す気でしょう。バジリスクを甘く見てはいけない!」
経験があるのか、ロゼは険しい顔でそう言い放った・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ミント姫、珍しく活躍しておりました。
何かおっかなそうな人が出て参りましたが。
ロゼは23歳です。ちなみにプレッツエルも23歳です。
っていうか、バジリスクだからバジルかよ!とか思われそう。
続きます。

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