第12話 「帝国にて、静かに燃ゆる炎」


その日のフォンドヴォー帝国は、やはり雷鳴轟く雨天だった。
天は高く怒り、幾つもの裁きの雷を落としている・・・。
そう、フォンドヴォーの皇女オランジェは言った。
髪は橙色で、瞳は紅。
オランジェは、アプリコットの従姉妹にあたる。
シチュードバーグの王妃アンジェリカは、フォンドヴォーの出身だ。
オランジェの母は、アンジェリカの姉にあたる。
オランジェの隣には、妹のリモーネがいた。
長い髪は美しい白金色であった。
対照的な姉妹であったが、仲はとても良く、年の離れた兄王ウスター・ソースとだけ、一線引いた間柄である・・・。
ウスター・ソースは、妹達を疎んじた。
特に、王位継承権のあるオランジェを。
オランジェは知っていた。兄が、王位継承権のある従兄弟達を、遠回しに消したことを。
だが、オランジェを消すことは出来なかった。
彼女は、優秀かつ聡明だった。
鬼神術法を使いこなし、魔道にも長け、一流の剣士としての腕もある。
軍事国家であるフォンドヴォーの皇女故か、軍門についてもよく学び、
臣下の信頼も景仰もウスター・ソースよりも高い。
世が世なら、参謀か宰相として、または将軍として、高い地位と名声を得たことだろう。
リモーネはというと、母親が違うが故、継承権が低く、繊細で大人しい気性の娘であるから、そう、高く見ることはしなかった。
心優しいリモーネは、今でもなお、兄王を慕っているのだから。

「アプリコットは本当に今・・・何処で何をしているんだ・・・。」
オランジェは、雷鳴を帯びた怒れる空を窓から遠く見ながら、つぶやく。
オランジェは、鬼神術法を用い、ウスター・ソースよりも早くに、アプリコットの失踪を知った。
フォンドヴォー帝国は今、隣国との戦に後一歩で勝利、という所だ。
それが終われば、ウスター・ソースは間違いなく、シチュードバーグを攻める。
平和なシチュードバーグにおいて、国王は子煩悩で妻に尻に敷かれ、国政においては判を押すのみ、そんな状態であるのは、あながちそう嘘でもない。
この国を落とすにおいて、最も恐ろしいもの、それは、恐ろしい王女の存在。
今シチュードバーグがどこからも攻められぬのは、偏にこの王女・・・
アプリコットがいるが故。
そして、隣国カリーとの、厚い同盟。
カリーには、国王ターメリックがいる。
かつて大陸一の勇将と謳われた、勇王ターメリックが。
その息子たるラズベリーもまた。
さらに言うならば、王妃カステーラは、西の大国ブイヤベースの王女であったから、シチュードバーグには、援軍に恵まれることになる。
このシチュードバーグが、平和ボケした国であるのには、隣国との同盟の力が大きい。
アプリコット姫とカフェラーテ王子の婚礼が行われた暁には、その絆はさらに厚く約束されたものになるだろう。
この、アプリコットを、ウスター・ソースは恐れていた。
彼から見ても、アプリコットは親戚に当たるが、初めて顔を合わせたときから、この少女に、何だかわかり得ぬ恐ろしいものを感じた。
ふたりが初めて会ったのは、まだ少女が9歳の時だった。
ライト・セージの9歳児として、嘘か誠かとしきりに騒がれた天才児。
かたや当時の皇子は、勉強嫌いの気分屋で、歳は14であったが、
当時はまだ、第一皇子が健在だった。
ウスター・ソースには兄がいた。
病弱だが頭の良い子であった。
たった16歳でこの世を去ったが・・・。
ウスター・ソースは、自分が殺したのだと思っていた。
繊細で優しい兄は好きだった。
だが、同時に妬ましい「王位継承者」であった。
この兄がいなければ、自分があの、父の場に立てると・・・。
アプリコットに出会った時も、妬ましさは相当、積もった。
女でありながら、時期女王と、才女であるともてはやされる。
あのお転婆なチビの、何が女王の器というか。
アプリコットも、この皇子に嫌われていることは、会ってすぐに感じた。
その時、アプリコットは、少しだけ年上の、皇女オランジェに出会った。
ふたりは、よく似ていた。
赤みがかった髪をして、気の強そうな娘ふたり。
ふたりはすぐに仲良くなった。
それに、小さなミントと、リモーネが加わった。
ミントにとって、愛してやまない姉に、もうひとりの姉の様なオランジェに
華奢で繊細な砂糖細工の菓子の様なリモーネ。
憧れであった。
その少女達を、少年ウスター・ソースは、壁を蹴飛ばしながら、羨んでいたのだった。
そんな頃だった。
天気の良い日に、ウスター・ソースは兄を外へ連れ出した。
だが、話が弾むにつれ、兄は自分を少しだけ叱るのだ。
何故、妹達にそんなにも冷たくするのかと。
「兄上には解らぬ!」
そう言って・・・そう言ったときに・・・
兄は、誤って転倒し、骨を少しばかり折った。
兄が寝たきりになったのは、自分のせいだ。
骨を折ってから、病気も悪くなった。
自分があんな風に、あんな風に言わなければ、兄を困らせたりしなかったのに。
数ヶ月後、兄は帰らぬ人となった。
ウスター・ソースが野望を抱くようになったのは、この頃からだった。
強さを誤って求め始めた、心の弱い兄王を
オランジェとリモーネは、見ていた。


「お姉様・・・オランジェお姉様。」
「どうした、リモーネ。」
「アプリコット姫は・・・何処へ行ってしまったのでしょう・・・。」
「わからぬ。足跡が、途中からぱたりと消えた様だ。
式神を使って解ることも、限りがあってな。ミントも王城にはおらぬ。
何が起きているのやら。・・・・・兄上は、今を逃すまい。
私には今のところ、下手なことは出来んが、シチュードバーグとの戦を
起こすわけにはいかん・・・。」
「はい・・・お姉様・・・。私には、祈ることしか、出来ません・・・。
ねえどうして、どうしてお兄様は・・・こんな・・・
戦を起こして何が得られるというのでしょう・・・。悲しいことです・・・。」
「泣くな・・・リモーネ・・・。」
暗い空を窓から見上げれば、これはまるで、兄の心の内の様だと・・・。
オランジェは、か細い妹の肩を抱きながら、どうしたものかと、雷の先を見ていた。



「すげえー!これちょっと凄すぎ!」
ガルダーヴァを手に、興奮気味なアールグレイ。
「倒していると言うより、消えていく感じがする。」
カティナスを軽く振りながら、ガナッシュが言った。
退魔の剣と聖剣を使って、ふたりは随分多くの魔物を消し去った。
「消えるって言うのは、確かにそうかも。」
ヴァルクス・レイを手に、プディングが言った。
これもまた、聖剣に他ならない。
「早く使えばよかったですねー。あ、あれじゃないですか?!シャーベットがいる小屋は!」
プレッツエルが指差す先には、海水に浸食された小さな小屋が見えた。
「坊ちゃん・・・生きていてくれよ・・・!」
一行は、小屋に向かって走り出した。
岩場を越えると、小屋にたどり着く。
頑丈に何重にも鍵がかけられていた。
「壊せるか?」
「無理です、鍵自体は新しいものですよ。剣の方が痛みます。」
アールグレイとプレッツエルが、がちゃがちゃと幾重にもかけられた鍵を
どうにか壊せないかと、色々とやってみる。
「ガナッシュさん・・・解錠の呪文はご存じですか?」
突然思いついたように、ロゼが言う。
「あ・・・。・・・いいえ・・・。難しい魔法ですからね・・・。」
ガナッシュは、小さく息を吐きながら、残念そうに言う。
「使えないことはないよ。」
そう言ったのは、ラズベリーだった。
「ホントですか!?じゃ、早くやって下さいよー。」
アールグレイはなんだ、という顔で、鍵から手を放す。
「うーん、でもね・・・。」
「なんだよ!早くやれっての!」
プディング、急かす。
「解錠の魔法には、凄く時間がかかるんだよ。」
「確かに。日が暮れますね。夜になるかも知れませんね。」
妙にあっさりとロゼが言う。
「それじゃ、海が満ちるじゃねーか!むしろ沈む!」
「そうなんだよ、プリンちゃん。」
一瞬、一同静まりかえる。
が。
「早める方法はあります。」
と、ロゼは言う。
「月光の粉というアイテムがあります。ええと・・・そう、これです。
持っていてよかった。
あとは、ちょっと呪術みたいになりますが、乙女の生き血3人分と、
高い魔力での解錠呪文3人分・・・で、まあ、すぐにかちゃりと。」
そう、妙な知識を飄々と言ってのけるロゼ。
「・・・高い魔力ってのは、ラズベリー様と今神様のカフェ様とガナッシュでクリアできるかも
しれないけど・・・乙女が足りないぜ・・・?」
アールグレイは複雑な表情で、口をへの字にして言う。
「いるじゃないですか。ガナッシュさんと、私と、プディングさんで3人でしょう。」
「こいつは男ですが。」
悲しいツッコミをさせるなと、アールグレイは思った。
が。
「・・・・・・・足りてるよ。」
「へ?」
「・・・俺みたいな男がいると思う?」
微妙な笑顔で、プディングは言う。
「あれ、プリンちゃんてば、それは詐欺だな・・・。」
「るせえ。」
「・・・は?ええと・・・お前あれほど自分は男だって・・・。」
アールグレイは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔である。
「悪かったな。うちのしきたりなんだよ。一人目の子供は、女が生まれても
絶対男として育てるの!
ほら、早く解錠の呪文ってやつ、さっさとやる!ほら!」
「はいはい。じゃ、悪いけどちょっと血をくれるかな。」
嬉しそうなラズベリーは、ロゼと共に解錠の儀式を始める。
「俺は呪文を覚えてないので・・・教えてくれますか。」
ガナッシュが申し訳なさげにそう言うと、ロゼはまるで受験生の単語帳の様な冊子を
取り出して、これです、とめくって指差した。
なにもすることがないアールグレイが冊子を覗いてみると、
彼には解らない言葉で書かれた、呪文の羅列が手書きでびっしり書かれていた。


解錠の呪文の準備は整い、いよいよ鍵が開けられるという時がきた。
「これだけ騒いでも、何も聞こえん・・・。坊ちゃん・・・息があればいいが・・・。」
ウイスキーが、一言零す。
小屋の中で、シャーベットは気力すら使い果たし、気を失って倒れている。
諦めたくはなかったが、気力が尽きていた。
がちゃり、と解錠は成功し、妙に嫌味なほど頑丈だった扉を開け、中に居た、無惨な姿で囚われるシャーベットを発見した。
「坊ちゃん!しっかりしてくれ!・・・息はある・・・。助かったぜ、坊ちゃん・・・。」
ウイスキーはシャーベットの拘束を解き、抱えた。
「よし、あとは脱出だな!海が満ちる前に、俺達も帰らなきゃな!」
アールグレイの声は明るい。
一行は、シャーベット救出に、とりあえず成功し、引き返す。
だが、引き返す海岸に罠が待っていることを、彼等は知らない・・・。


続く。

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はい、やっとお頭助かりました。
オランジェっていうのは、オレンジのフランス読み・・・でいいのかな。
リモーネはレモンのイタリア読みですか。
プリンちゃん女の子でした・・・。なんてお転婆な女騎士だろう。笑
続きます。

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