第二話 じゃじゃ馬リィ様
一方こちらは、カーナディア王宮。王城はそれなりに広大で、城の造りは外側というか表側はいささか武骨で、奧に向かうごとに華やかになる。
それぞれ造られた時代が違い、華やかな側は王妃や姫君達が住まう領域となっている。
レナンの姉妹に当たる王女リミアナータは、現王妃の娘だ。レナンの実母である前王妃は、体が弱かったために若くしてこの世を去っていた。
現王妃サンドラの娘リミアナータは、今年で十六歳になる。王妃サンドラは元々は妾の一人であったが、正妃が亡くなった後に正妃の座に着いた。レナンが二歳になるかという時の話だ。
そのサンドラ王妃と国王との間に生まれたのが、リミアナータだ。
サンドラには、リミアナータを産む前に一人子供が居たが、その子は国王との子ではなく、疎んだ国王によって何処かへ引き離されている。その子は男児だったという話だが、実の子ではない子を王太子につけるのを国王が嫌がったが故に、表に出る前に始末したと言われている。正妃についてすぐに女児が生まれた。それがリミアナータだった。
全くもって現国王は我が侭である。女児ばかり生まれると言って、サンドラに辛く当たり始める。
リミアナータにも、レナンにも、冷たい父親であった。リミアナータは実際、奧の離宮に長く住んでおり、父王の顔などろくに見ていない。
そのリミアナータとレナンは、仲が良かった。離れ離れになったのはレナンが十歳の時で、森の隠れ里に隠されたのがその時だ。
レナンは元々が温厚な性格で、妹姫を可愛がっていた。反してリミアナータは気が強く男勝りで、離宮の庭園を二人で駆け回った。
今でもリミアナータは、兄王子の事を想っている。
そのリミアナータには、側近が二人居る。親衛の女剣士ルテナ・ファンデールと、若くして賢者の誉れも高き魔道士ティオラ・アルヴァーニ。
まだ若いが、自身らが見たことのない領土を国王より賜ったとの噂もあるほどだ。
その二人が手を焼くのが、先ほどから話に上がるリミアナータ。二人は「リィ様」と呼ぶが、そのリィ様は手に負えないじゃじゃ馬だ。
リミアナータは、レナンに会いに行くと言ってきかない。八年も会っていないと、兄が不憫だと言って、お忍びで森の隠れ里まで行くと言ってきかないのだ。
「今日こそ私は行くぞ。止めると言うならば共に来ると良い。」
その日はそう切り出した。
「リィ様…どうしてわかって下さらないのですか…。森は遙か南西、メニディよりも遠いと言われます。ちょっと行って帰る、と言うような距離では御座いませんよ。そんなにも長い期間お城を離れる訳には参りません。」
ルテナはそう言って止めるが、最早言う台詞が思いつかないらしい。立場をわかって欲しいと言ってはみるものの、それで済むならもう留まっている筈であろう。
「リィ様の剣術の腕前は確かに素晴らしゅう御座います。道中魔物に襲われようと、我々をも伴って行かれるならばお命は守られましょう。ですが、リィ様はお城の外をご存じでしょうか?この離宮の様な、なんでも揃っている安全な住まいとは違うのです。敵は魔物だけに留まりませぬ。道中のうちには、野外で石ころの転がる場所で野営をしなければいけなくなる場合もありまするぞ。民間の宿は、リィ様の柔らかく暖かいベッドとは違うのですよ、ご存じありませんでしょう?」
ルテナと違いティオラは口が達者だ。舌弁並び立て、持ち上げながら徐々に落とす。だが、それできくならもう留まっている。
「…何だかわくわくしてきた。」
そう…箱入り娘であろうと気性はこの通りだ。道中がいかに危険であるかと並べ立てても、リィ様の心は逆に躍ってしまう。
「はぁ…。」
ルテナは深い深いため息をついた。兄王子にひと目会いたいという心は、寧ろ汲んでやりたいところであった。が、王女を連れ出すなど出来るはずもない。
ティオラはいっそ、一度痛い目を見ればいいのではと思っていたが、事が知れたら自分達が無事ではないのでそれはしなかった。二人の女官は性格も正反対で、ルテナは生真面目で心優しいが、ティオラは少々性の悪い部分も持ち合わせる。
「兄上は王城での生活をお忘れだろうか。お会い出来なくなって八年も経つ。おかしな話ではないか、私は兄上が不憫でならぬ。私ばかりが何不自由もなく暮らしていて良いはずがないと、そう思えてならぬ。家族であるはずの私達が、八年も会えずに暮らすなどと、悲しい話ではないか、そうではないか!」
リミアナータは、そう言って拳を壁に叩き付けた。
「リィ様!なんてことをなさるのですか!」
ルテナはそう言って、リミアナータの手を両手で取る。
「リィ様、お怒りはごもっともですが、壁に当たっては壁が不憫で御座います。」
「ティオラ!」
戯れの過ぎるティオラの台詞に、ルテナは眉間を寄せた。
「いや、私が悪かった。壁には詫びよう。ティオラは面白いことを言うな、そのくらい口が達者であったなら、私はお前達を説得できるのだろうか。」
リミアナータはそう言って笑っていた。ティオラは苦笑する。ルテナは再び深くため息をついた。
リミアナータとて馬鹿ではない。無理を言っているのは承知の上だ。だがそれ以上に兄を想う気持ちが上回る。気は強いが心の優しい姫だ。そして同時に怒りがこみ上げる。何故兄だけが隔離されなければならないのかと。自分の華々しい日々とは、きっと違うのだと思うのだった。リミアナータは兄が兄ではなく姉であることを知らない。が、側近二人はそれを知っていた。知ればきっと心を痛める。故に告げることはない。
リミアナータには、剣術の稽古の時や勉学に共に励み合う友が居る。
まず一人、名前はレイテル。貴族の息子だ。温厚で優しい子だが、剣術の腕はなかなかで、気性の荒いところのあるリミアナータはライバルだと思っている。もう一人、隣国グランデリアより留学してきている、グランデリアの王子ローヴィット。リミアナータから見れば、兄が彼と、同じ王子として学び励みあえたならどんなに良いだろうと思っている。真面目で正義感の強い王子だ。その傍らに、イルマーリ族という少数民族の娘がいる。名をカーリヤ。身の回りの世話が主な役目だ。共通語は片言だが、日々語学を学び、話は充分通じる。
その日も彼等と、剣術の修練に、勉学に励んだ。カーリヤはイルマーリに伝わる術を心得ていて、怪我をすることがあれば治療することが出来る。その日も、リミアナータにしてやられた学友の少年達を治癒していた。リミアナータはいらついていた。つい、練習用の剣を折るほどにも荒い剣を振るってしまった。自己嫌悪で、すぐにその場を去っていった。
「最近のリィ様はどうしたんでしょうね…。らしくもない。大丈夫かなあ。」
レイテルは優しい子だ、いつも心からリミアナータを心配している。
「そうだな…リミアナータらしくないな。最近は特に何か、おかしい。」
ローヴィットが言う。
「リィさま、心に、悩み、あるかも、しれないです…。リィさま、優しい方です、剣を、殴りつけるみたいに…振るわないです。リィさま、心配です…。」
片言の言葉で、カーリヤはそう言った。
リミアナータは、側近二人に毎日無理な願いをしていることは、彼等には一切話さなかった。
迷惑を掛けたくない。そして、我が侭な自分を見せたくない。それは、プライドでもある。
「強がりだね、僕達にこそ、悩んでいるなら相談してくれたらいいのにな…。」
レイテルは、そう言ってリミアナータが出て行った後の、開いたままの扉を見やった。
「リミアナータはプライドが高いからな、僕達には相談事なんてしないだろうな…。」
ローヴィットも扉の方を見やる。
「リィさまも…女の子ですから…男の方に相談、出来ないかも知れません。」
カーリヤは自分が恥ずかしそうに言う。それを聞いて少年二人は顔を見合わせる。
「あれがそんな可愛いものだろうか。」
「カーリヤとリィ様は一緒にはならないと思うな…。」
そう言う少年二人の言葉に、カーリヤは少し怒ったような顔を見せるが、身分的に言うことが出来ずに黙り込む。
それを察したローヴィットは、ごめんよとフォローした。
「でも…気になるな、話してくれないなら聞いてみようかな…。」
心配するだけなら幾らでも出来るが、力になれないなら何にもならぬと、レイテルは言う。
「君のその優しいところは嫌いじゃないけど、言わないんだから大きなお世話かも知れないぞ…うーん、優しさにも色々あるじゃないか。」
ローヴィットは大人びた意見を言うが。
「だから聞くんじゃないですか!少なくとも僕はリィ様を友達だと思っています。力になれないのが、僕はそれが嫌です。」
「レイテル…。そうか、なら…落ち着いたときに言ってみようか。今はきっと、僕らの顔なんて見たくないんじゃないかと思うから。」
「ローヴィット様…僕はそういう気配りが出来ないから、ちょっと今尊敬しました。」
そう言われてローヴィットは吹き出す。
「その素直で優しいところが、君の良いところなんじゃないかな。」
「わたしも、そう、思うです。あ…思います。」
そう二人に言われて、レイテルは照れたように笑った。
レイテルとカーリヤはまだ十六歳だが、ローヴィットだけは十七歳だ。ひとつの差だが、ローヴィット王子は少し、大人びたところのある子だ。姉はグランデリア女王マリネス・オーシエル・シェイ。年の離れた姉弟だ。若くして国を治める姉に、勇者と呼ばれるだけの人間になって帰りますと言って国を発った。ローヴィットは勇者、英雄といった、そういった人間になりたいと思っていた。勇者、といえば、このカーナディアでは十八歳の少女が、国王の危機を救って勇者の称号を賜った、とか、北のグラスネイドでは、弱冠十五歳の少年騎士グラニードが、一軍を率いている…など、聞いて心躍るニュースが人々の関心を寄せる今日この頃だ。
そして、国を発つ際に伴ってきた少女カーリヤに、自分を評価して貰えたら…と、心の奥で思っていた。カーリヤは才女だ。彼女は現在多彩な言語を学び、通訳となれるように勉強している。自分より余程地に足を着けていて、偉いものだと思うのだ。ローヴィットとしては、王子だからといって、釣り合うかと言えば自分がカーリヤに及ばないように思うところがあった。
強くなりたい。そこは、あの男勝りなリミアナータと通じるところがあるのでは…と思いはするが、余計なことを言わないと誤魔化す、自分の弱いところだと、彼は思っていた。
かといって、らしくない振りを見せる王女の悩みなど、察しようもなかったが。
レイテルの素直な優しさにも憧れるが、それはレイテルだからこそ持ち得る優しさなのだろうとも思う。レイテルは柔和だが、頑固なところもある。意志が強いというのだろう、見た目からも優しげな少年だが、けして軟弱なわけではない。剣を持つときのレイテルは顔つきが違う。特にリミアナータとの練習試合のときは、ライバルと言われるだけに真剣だ。その二人だけの、何か通じるものがあるのかも知れないと思う。ライバル視するリミアナータの気持ちに、レイテルは応えているのだろうと、思う。
リミアナータは一人、庭園の小川の橋の上にいた。やれやれ、自分はなんと幼いものだろうと、落ち着きを取り戻してため息をついた。
ただの八つ当たりだ、合わす顔がないとはこのことだなと、小川の流れを見つめる。
「リィ様…こんなところで何してるんです?」
「わっ…!れ、レイテルか…突然後ろから声を掛けるな、びっくりした。」
声に振り返ればレイテルがいた。少し後ろに、ローヴィットとカーリヤもいる。
「先ほどはすまなかったな、ちょっと熱くなってしまった。」
「落ち着きましたか?」
「ああ、全く修行が足らないとはこのことだと、反省していたところだ。」
そう言って笑うリミアナータを見て、三人は安心する。
「あの…リィ様、聞きたいことがあるんです。」
レイテルは切り出した。すぐに切り出せるところが、男らしいとローヴィットはこっそり思っていた。カーリヤは心配そうに黙っている。
「聞きたいこと…?何だ?」
「リィ様は、何か思い悩むようなことが…あるのじゃないのかなあって…さっき話していたんです。」
「思い悩んで…いるように見えるのか?」
意外というか、思いもしなかった質問をされて、リミアナータは驚く。
「いつものリィ様らしくなかったから、きっと何か抱えているんだと…。話してくれないじゃないですか、僕達はこれでも、リィ様の友達なんですよ。」
「レイテル…。そうか、それはすまなかった。いらぬ心配を掛けていたのだな。」
「いらなくないですよ、もう、どうして話してくれないんです?力になれることだって、きっとあると思うんです。僕らに言えないことなんですか?」
そう言われて、リミアナータは黙り込む。
数秒間、静まりかえる。その沈黙を、ローヴィットが解いた。
「リミアナータ、レイテルの優しさを汲んでやらないのか。どれだけ心を砕いてくれていると思っているんだ?話してみてくれないか。」
隣でカーリヤが無言で頷いている。リミアナータは、驚きとともに感動を覚えた。そんな風に思って貰えていたとは、更々気付いていなかった。否、こうなることを恐れていた。甘えてしまっては、いけないと…巻き込んではいけないと…思っていたのに。
また数秒黙り込んでから、リミアナータは口を開いた。
「お前達は秘密は守ってくれると思って、言うぞ。」
「はい。」
レイテルが頷いた後、リミアナータは自分が側近達に毎日無理な願いをしていたことを話した。兄王子が王城には居ないという、秘密も話した。そして、自分は諦めていないと話した。今これからもし叶うなら、すぐにでも走りたいのだと。
「お姿を見たことがないと思ってはいたが、レナン王子はここには居られないのか…。」
ローヴィットは驚いたが得心がいったと、唸る。
「どうして…レナンさま、隠されて、おられるのでしょう…。リィさまの、気持ち、わかります。わたしも、ふるさとの家族に、ずっと会えない、としたら、つらいです。」
カーリヤは言葉に詰まりながらも、心を伝える。
そして、レイテルは、そこの誰もが思っても見なかったことを言った。
「わかりました。リィ様、これから発ちましょう。」
「なっ…何を言っているんだレイテル…!」
リミアナータは目を見開いた。
「それはリィ様の台詞じゃないでしょう?ルテナさんやティオラさんは出来ないでしょうね、責任があるからね。でも、僕は出来ます。同じ気持ちですから。僕がリィ様の立場にいたら、同じ思いでいたと思いますから。今にでも走りたいと言ったじゃないですか、リィ様が今、すぐに発ちたいと思っているのなら、僕が共に行きます。」
はっきりと、レイテルは言う。表情は笑顔で。
「…意外と大胆だな、お前。」
さも驚いたと、リミアナータはきょとんとしている。ローヴィットも同じだ。カーリヤはどきどきしている、という様な顔である。
「全く…困ったな。私はお前達を巻き込むのは嫌だと思っていたのに。まさか共に発つだと…ははは、驚いた。」
「リィ様が僕達を想って話してくれなかったというのなら、尚更ですよ。」
「フ…そうか。わかった。ならばすぐに支度をするぞ。暗くならないうちに城を出なければ。夜は警備がきつくなるのだ、宵に紛れるのはかえって難しいからな。」
リミアナータは瞳をキラキラさせていた。わかりました、とレイテルは頷いた。
リミアナータは、いつでも出られるようにあらかじめある程度荷物を作っていた。それを持ち出し、レイテルと落ち合う。城を抜け出すのがこんなに楽に出来るなんて、とリミアナータは驚いていた。夕刻の時、衛兵の隙を縫って、安易なほどすんなりと王城を抜け出した。レイテルは既にある程度の覚悟は決めていた。リミアナータを納得させたなら、自分が守らなくてはと。帰ってきたときにどんな沙汰があろうと、自分がそうしたかったのだから、どんな罰でも受けようと。彼もまた、レナン王子という存在に心動かされた。兄妹を会わせてやりたい、自分も謎の存在に会ってみたい。リィ様の役に立ちたい。
覚悟を決める材料は充分だった。リミアナータが、わかっていながら動いてくれたこともまた、嬉しかった。
木の生い茂る道を密やかに進むと、人影が現れた。待ちかまえたようにそこにいたのは、他でもないローヴィットとカーリヤだった。
「リィさま、わたしも、お手伝いします。」
「考えたんだが、僕も道連れになることにしたよ。」
リミアナータは流石に動揺した。隣国の王子を道連れにしていいものかと。
「色々考えたんだけど、残される方が嫌だという結論に達したんだよ。止められないなら一緒に行く方が良い。」
ローヴィットはそう言う。
「いや…お前を連れて行くのは…まずいと思うんだが。知らないという顔で過ごしてくれればいいのに…。」
「都合の良いことを考えるなよ。残されて僕らだけ知らないなんて、あり得ないんだ。真っ先に疑われるんだ。…後悔はしたくないなと考えた。僕も気持ちはレイテルと同じなんだ。カーリヤまで行くと言い出すしね。君は止められない、僕も君には止められないぞ。」
能書きなんてどうでもいいと、言いながら思うローヴィットだった。
「そうか…。止められないのは同じか。面白いな、楽しくなってきたぞ。」
じゃじゃ馬姫は武者震い。
「その方が君らしいな。さあ、早く王都を抜け出さないと。地図は用意してきたけど、軍資金が心持たないから、途中で少し金品を売ろう。」
ローヴィットはそう言って、持ち出した宝石を見せる。
「成程…わかった。髪飾りはお金になるだろうか。」
そう言いながら、結んでいる髪から、金の髪飾りをひとつ外すリミアナータ。
「僕は貯金を少し持ってきましたよ。」
と、レイテル。
「わたしも、少しなら、あります。夜は、魔物、出ます。気をつけて下さい。」
カーリヤ。
「そんなものに負けるくらいなら、はなからこんな計画は立てないさ、行くぞ。」
勇ましいじゃじゃ馬姫は、友人に恵まれて幸せだと、口には出さずに感謝した。
南西の森の奧、エルフの国の近くの隠れ里。まずはメニディを目指す。兄の顔はもうわからないけれど、会えばわかる筈。どんなに森の奧が深くても、どんなに魔物が立ち塞がろうとも、歓喜に震えるようなこの心は、負けはしないと、無鉄砲なリィ様は思っていた。
感動で、興奮する心。やった、やってやったぞと。そして、ルテナとティオラにはすまないと、必ず帰ると、兄との再会を果たして帰ると…心で新たに誓うのだった。
ルテナとティオラがどうしていたかというと、呑気に茶を飲んでいた。夕刻、食事の時間になって、ようやく姫が居ないと気付く。いやまさか、と嫌な考えを振るい落としても、ローヴィット王子も居ない、と知らされる。そうすれば、レイテルとカーリヤも居ない。いやまさか、まさか。
「ティオラ…嫌な予感が消えないわ。」
「してやられたかも知れないねえ…。」
リミアナータの部屋から、剣が無くなっていた。こっそり作っていた小さい荷物も無いようだった。門番が居眠りをしていたという、取って付けたような報告も来る。
「王都の門を閉じて貰えるように出来ないかしら?」
「馬鹿を言うなルテナ。大事になる前に見つけないと、門を閉じたりしたら、何事かと騒がれるだろうが。未遂で終わらせないと。」
「そんなこと言っている場合じゃないでしょう…!」
「門なんてはい上がろうと思えば出来るだろうが、あのじゃじゃ馬姫だぞ。そんなこと言っている場合じゃホントにないんだよ。リィ様はあの、紅い石の付いた剣を持っていたんだろうから、それを頼りに魔法でサーチしてみる。」
そう言って、ティオラはなにやら呪文を唱える。探る範囲が特定出来ないが、探りながら走る。城の中にはもう居ない、城下町に「高価で炎の属性を持つ剣」が察知できないかと走りながら巡らせる。そう、リミアナータの持っている剣は、ただの剣ではなかった。炎の力を帯びた、魔法の宝剣だ。王妃サンドラが持っていた物で、昨年リミアナータが十五歳になった時に贈られた物だ。秘められた炎の力はそう小さなものではない。それだけが幸いだと思いながら、ティオラは探り巡らせる。
「もう城下町を出たのか…?」
探るうち、突き止めたのは金の髪飾りだった。門の付近に店を出していた旅の商人が持っているのを、ルテナが偶然見つけた。
「旅商人に売るとは、知能犯だな…ローヴィット王子かな、そういう手の回し方するのは。」
「どういうこと?」
「旅してる分、跡を残さないし、店を構えている商人よりは、旅商人の方がいい値で買ってくれたりするものなんだよ。そんなこと知ってるのか、王子様っていうのは。」
感心している場合ではないが、街の南の門からその年頃の子供四人くらいが出て行ったと、門の主任が言う。二人は焦った。
「追うわよ。」
「わかってるよ。…町を出たんじゃ、察知するのは難しいな。」
「どのみちそんなに遠くまでは行けないはずだわ、魔物と戦いながら進んでいたら、疲れるでしょう?」
「石ころの転がった寝床を体感しますってかい。」
「冗談言ってる場合じゃないの。メニディまで行く街道に沿って行くなら、見た人もいるかも知れない、どうか無事で連れ帰らなくては…!」
ルテナとティオラは、暗い道を走った。途中で見つけたのは、旅商人が嬉しそうに眺めていた青い宝石と、上等な絹のハンカチだった。
「足跡だな…。」
ティオラは息を吐く。その先は分かれ道、道の宿までは距離がある。こんな街道を歩いたことなど無い者ばかりだ、どちらの道に進めばいいかわからないだろう。旅人にしては上等なものを着ている子供ばかりだ。目立つだろうに、夜の道には見かけてくれる旅人も少ない。追いかけっこじゃありませんよじゃじゃ馬姫、とティオラの心中は苛つく。
その足跡を残して進む四人の世の中知らずは、分かれ道の場所には来ていなかった。
カーリヤの功績で、獣道のような短い裏道を抜けると、ジプシーなどが使うような、裏街道に出る。もともとは旧街道だった道だが、イルマーリ族はその道を使うらしい。
旅商人は入れ知恵をしてくれた。
「メニディに行きたいなら、旧街道使ってる行商人の馬車に乗せて貰った方が早いよ。」
それは危ない話である。高価な物を払えば、喜んで移動する宿になってくれるだろうと商人は入れ知恵したが、わざわざ旧街道を走る商人は、そう信用できたものでもない。器量の良い娘が二人いて、絹の服なんて着ているならば、売り飛ばされることも考えられる。
身ぐるみ剥いでポイ、というのも考えられる。だが、じゃじゃ馬姫御一行はそんなに馬鹿でもなかった。商人の馬車ではなく、ジプシーの馬車に乗っていた。流浪の民カラカ族の馬車に乗せて貰った。カーリヤがイルマーリの民だということが、助けとなった。
カーリヤは小さい頃は旅をして暮らしていた。そのときに旅の知識を教えられていたのだ。
カラカとイルマーリは仲が良い。行商人の馬車なんていう危ないものに乗ってはいけないとカーリヤに言われ、ジプシーが通るのを待った。通りがかったのがカラカ族だったのは幸いで、カーリヤは三人にはわからない言葉で上手く交渉してくれた。
何と言っているのかわからない言語の中で寝るのは少々不安なものだったが、リミアナータはカーリヤは凄いなと、感心していた。ここで不安になんてなっていては、兄に会うことなんて出来ないぞと、自分に言い聞かせた。カーリヤは気を使って、時折カラカ族が何を話しているのか通訳してくれた。カラカの民は保守的だが、良心的であることはわかった。
「だいじょうぶ、ですか?」
「カーリヤ、気を使わなくても大丈夫だ。」
「リィさま、カラカ族のひとは、だいじょうぶな、ひとたちです。不安にさせていたら…ごめんなさい。でも、旅していくのは、安全なことばかりではないです。それでも、行かれますね?」
カーリヤはそう言うと、真剣な瞳で、唇をきゅっと結んだ。
「ありがとう。カーリヤがいてくれて本当に助かったぞ。こんなことくらい平気だ。泣きそうな顔してるぞ、君こそ大丈夫か?」
リミアナータは笑顔で返した。
「…だいじょうぶです。失礼、言って、ごめんなさい。今日は、眠りましょう。明日にはメニディに近く、着くそうです。」
カーリヤも疲れた様だった。今日の昼まではこんなことになるとは思いもしなかったのだから、当然だろう。レイテルときたら、神経が太いのか、スースーと寝息を立てている。ローヴィットも目は閉じているが、用心を解いてはいないようで、座ったままの姿勢だ。
寝付けないままでいたリミアナータに、カラカの少女が、「あんしんの、やくそう。」と言って薬湯を持ってきてくれた。それが何だか嬉しくて、ふと、力が抜け、朝まで眠ることが出来た。
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