第24話 「見えない何かに期待したい思い」


ガーリックとグラノーラの空中戦は、ガーリックに軍配が上がった。グラノーラは黒翼を叩き斬られて、海にドボンと勢いよく落ちた。
ガーリックはハアハアと息を切らせながら、黒翼が海に浮かび上がってくるのを待った。青い海に血の赤が滲む。
グラノーラは海面から首を出す。翼が重たく濡れて、もう飛び上がることは出来なかった。
血と海水を吐き出し、頭上にガーリックがいることに気付いて睨み上げる。
「グラノーラと言ったな、小娘。貴様は何故に人間界に居る?」
ガーリックはそう問う。
「・・・オマエこそ・・・族長の娘が何故ここにいる・・・」
海水を赤黒く染めながら、グラノーラは力無くも突き返す。
「問うて居るのはこちらの方だ。」
冷たく、そう言い返しながら、ガーリックは剣を敗者の首元に突き立てた。
「殺ルなら殺レ・・・惨めに負け犬になるのは嫌だ。」
「理由も知らず同胞を殺すことなど、私には出来ぬ。もう一度問う。何故貴様は人間界に居る。何者だ?」
ガーリックは無表情に、だが力強く視線を突き立てる。
「・・・情けを掛けるとあとで後悔するぞ・・・。」
「質問に答えよ。」
あくまで冷たく問い続けた。
「・・・・・オマエに聞いたことをも答えるなら答えてやる。」
「ここに来て取引とは、元気が残っているようではないか。まあいいだろう。」
ガーリックは内心、ボロボロにしてしまった同胞に力が残っていることを喜ぶ。

「ヴァ・ナーナという女のことを知っているか?」
グラノーラはそう切り出した。
「ヴァ・ナーナだと・・・。知っている。魔界王に刃を突き立てた、魔界の恥知らずだ。貴様ヴァ・ナーナの手の者か?」
「そんなんじゃナイ・・・ヴァ・ナーナはアタシに言った、カラメルの海岸に何かの力を感じると・・・。強い剣を求めるアタシにはいい餌だと馬鹿にしたように言った。そこから一番強い剣の首を持ち帰れば、もっと強い剣に会わせてくれると言った・・・。」
「愚かな・・・いや続けよ。」
「ヴァ・ナーナにはアタシは敵わない。まだ敵わない。だから強い剣を喰らい続ける必要があル・・・。いつか寝首を掻いてやル・・・。」
「御主、ヴァ・ナーナと戦う気なのか。」
「あの魔女は魔界に良くない。魔界王を暗殺しようとした。魔神族の集落もアイツにボロボロにされた・・・。家族も仲間も殺された・・・。」
「何だと・・・。ふむ・・・話はまあわかった。御主はヴァ・ナーナを倒そうとしていた訳なのだな。」
話はバラバラな様に思えたが、要は復讐したいらしい。血に飢えた様であれども、同胞を愛していることはわかった。
「私を憎むのは筋違いな様であるな、こちらも答えよう。私は確かに魔神族の族長の娘だ。訳あってしばし魔界を離れている。こちらで出会った人間達に力添えをしている。・・・隠れ住む集落であったというに、よもや同胞である筈の者に滅ぼされたというのか・・・。」
「答えになってない。どうして族長の娘が人間界に長くいる必要があル・・・。オマエくらい強い者がいたなら、仲間は助かったかも知れない!」
グラノーラは睨む。
「・・・すまぬ。・・・それから御主、人間の言葉が苦手であるようだが、魔界の言葉で話してくれてかまわんのだぞ。」
「ぬ・・・そうか、それもそうだ。情けを掛けると後悔するぞ、アタシは強い奴が何より好きなのだ、またお前に斬りかかるかも知れない。」
魔界の言葉に変えて、グラノーラはそう言った。
「私には同胞と戦い血を浴びる趣味は無い。そして御主に敵意も無い。・・・・・御主、ヴァ・ナーナを倒したいと憎むなら、私と共に来い。・・・私は魔界と魔神族の未来のためにここにいるのだ。」
魔界の言葉で、ガーリックは話す。血だらけの同胞に手を差し伸べる。
「・・・・・その手を取るのはアタシのプライドを傷付ける行為だ。だがお前の様な強い者が味方に付くなら、その手を取ってもいいと考える。」
「能書きはよい。この手を取ることは、御主にとっても私にとっても良い選択だぞ。みすみすこんな冷たい海で死ぬことはない。」
グラノーラの手を引いて体を引き上げ、近場の岩場に下ろす。そして傷の手当てをする。やりすぎたとは思うが、こてんぱんにしてやらないと、こういう暴れ者を抑えられなかったのだ。それは功を奏したらしく、自分より強く、族長の娘であるというガーリックに、暴れ者は好意を持ってきていた。
「長の娘・・・ガーリックと言ったか?どうしてお前は人間界にいるのだ?魔神族は魔界から出てはいけないと、魔界の古の掟で決まっていたはずではないのか・・・。魔界から出る術をどうして知って・・・そういえばヴァ・ナーナもどうして人間界に来られたのだろう・・・。」
この娘少々頭が悪いのではないかとガーリックは思いはしたが、口には出さず。その問いに答える。
「魔界王の手を借りて、私は人間界に来た。こちらとあちらを自由に行き来出来るのは、王族の方達とその臣下だけだからな。」
「あ・・・お前は魔界王に信頼されているのか・・・?ならば・・・アタシはお前に従ってもいいぞ。」
「フ・・・主従関係などでなくて良い。共に来る気になったのだな?」
「憎きヴァ・ナーナを倒す日が来るならば、族長の娘が生きていてヴァ・ナーナを倒す日が来るのならば本望だ・・・。」
「倒すばかりが敵討ちではないのだがな・・・。まあ、ヴァ・ナーナが人間界に手を出すというのなら、未然に防がなければならぬ。」
魔法アイテムでグラノーラの傷を癒しながら、ガーリックはこの先のことを思案していた。そして、船に乗って行った人間達のことを案じる。



シチュードバーグ王宮にカリーの僧騎士カスタードが到着したのは、昼過ぎのことであった。
大臣ジンジャーは、カリーよりの使者に大慌てだ。なにせ我が国の王子達はどうしたのかと聞いてきたわけだから。
あたふたする大臣を助けたのは大将軍グリンティであった。王子二人はアプリコット姫のお遊びに付き合って何処かへ遊びに行ったと話した。
それで納得されるものなのだ。そんなことはしょっちゅうだ。
だが、使わされてきた僧騎士は聡かった。カフェラーテ王子ならそれで納得しますが、ラズベリー王子までも遊びに行ってしまったのですか、と返してきたのだ。
「・・・カスタード殿、御主、王子をよく知っておるようだな。」
グリンティはそう言った。ラズベリーはアプリコットのお遊びに一緒について行ったりはしない。この僧騎士はそれを知っている。
「わたくしは王子に直々にお仕えしております・・・。恐れながら、ラスベリー様はカフェラーテ様とは別々に行動されていると察するのですが・・・。あ・・・失礼いたしました・・・。」
カスタードは、頭を低くしたまま、大臣を慌てさせる。
「成程、王子の側におられるのだな。ならば・・・御主の言う通り、ラスベリー王子は別行動である。」
そう、グリンティは切り出した。
「我が騎士団に王子のお気に入りが居るのだ。伴って遊びに行ってしまわれた。」
嘘ではない。はっきり言って本当のことを言っているまでである。その先は知らないのだから、全く正直この上ない回答をしている。先に言った作り話は余計であった・・・と、グリンティは自分の咄嗟の判断の甘さに心で唸る。
「左様で御座いますか、お気に入りの騎士がおいでだとはわたくしもお聞きしております。わたくしはターメリック国王陛下より、お二人とともに帰るように仰せつかっておりますので・・・こちらに用意が御座います、お帰りになられるまでの滞在をお許し願いたいのですが。」
そう言ってカスタードは、宿泊代を出してきた。グリンティは感心した。そこまで読んでいたとは、と。なんと用意の良いことかと。
そこでグリンティは気付いた。これはターメリック国王が何か考えているのではないかと。
確かに王子二人がそれぞれ旅立ってから日数が行く。だがそんなことでいちいち使者をよこすのは不自然だ。よくあることなのだから。
大臣は勝手な話だと言ったが、グリンティはカスタードの滞在を許すと決めてしまった。

カスタードは、あてがわれた部屋でため息をつく。
「何か・・・隠し事をされている・・・。一体どういうことであろう・・・。」

グリンティは、慌てふためく大臣ジンジャーに言う。
「帰そうが留まらせようが、同じ事であろう。貴公は少し慌てすぎだ。その様に慌てふためいていては、いらぬ事態を招くというものだ。」
そう言われて大臣は黙り込んだが。まあ、国王カマンベールに怒られるのが恐いだけなのだから、大臣の気持ちを察しても仕方ない。
それよりも、これはターメリック国王の何らかのメッセージではないのか。唯一シチュードバーグで実際の展開を考えているグリンティは、内密に難しいことを相談できる相手の所へ出向いた。
シチュードバーグ王国聖騎士団が聖騎士、銀の騎士と呼ばれるディンブラ。そしてシチュードバーグで魔道士軍の頂点に立つハイ・セージ、金の魔女と呼ばれるセイロン。
「アールグレイは頑張っている訳ですね。」
ディンブラはそう言って喜んだ。
ディンブラという女騎士は、シチュードバーグ王宮一の聖騎士と言われる。だが、下級騎士であるアールグレイに正式試合で剣においては敗れたことがある。
故にその時から、アールグレイは「騎士団一の剣士」と呼ばれるようになった訳なのだ。
一度一本取られただけであるが、騎士団中でことさら仰がれる聖騎士ディンブラに勝ったということは、物凄いことである。
だが、ディンブラはそれを大層喜んだ。ディンブラはアールグレイから見ると従姉妹である。ディンブラから見れば弟のようなものである。
あの子供っぽいアールグレイが、何処かで頑張っているようだと、幼いときから成長を見守ってきた姉のようなディンブラは喜んだ。
「あの僧騎士から聖なる力を感じる。あるいは聖命持ちか・・・神の加護を受けていると思われるのう。」
そう言ったのはセイロンだ。
セイロンはシチュードバーグにおいて、唯一アプリコットに太刀打ちできるだけの魔法の力を持っていると言われている。
魔道士の階級は、「リル・セージ」「ライト・セージ」「ミドル・セージ」「ハイ・セージ」「グラン・セージ」の順でランクが高く、グラン・セージの位はアプリコットが持つのはご存じの通りだが、ハイ・セージの位を持つ者もそうそう溢れるほどはいない。
そのハイ・セージ、セイロンは、カスタードに何かを感じていた。
「聖命持ちということはなかろう。あの僧騎士は多少癒しの術などを使うと見受けるぞ。聖命の主ならば、魔力は無いはずだろう、セイロンらしくもない推察ではないのか。」
ディンブラはセイロンにそう言う。
「まあ、そうなのだがの・・・何か、例えばという事じゃ。何か・・・聖なる力を感じるのじゃ。何かはわからぬが。」
「セイロン殿をもってもわからぬ力なのか。」
グリンティが言う。
「うむ・・・よく読み取れぬのじゃよ、聖なるオーラで包み隠されているかの様な・・・。」
「ほう・・・。ならば・・・推察なのだが、ターメリック王はあの僧騎士をカリーから脱出させた・・・というのはどうであろう。
ここにおいて、護っておいて欲しいということなのでは・・・。」
ディンブラが言う。あくまで想像の域を出てはいないが、と付け足す。そんな聖なる存在を、取って付けたような理由でよこしたその理由。
「成程・・・ターメリック王ならば、なさるかも知れんな・・・。・・・だが、カリーに何か、危機が迫っているとでも申すか?」
グリンティは頷きつつも唸る。
「それがわからぬから、ただの想像なのですよ。」
あっさり、ディンブラは言う。
「御主が言うと事実めいてくる、やめてくれんか。」
グリンティは苦い顔をする。
「ははは、叔父上、これは我等3人の内密ということですね?」
「うむ、あのカスタードという僧騎士には、悟られぬように警護をつけておかねばならんな。」
「・・・それにしても、今何が起きておるのじゃろうのう・・・。」
3人は、そこから無言になる。
アプリコット姫が帰ってきたなら、何か持ち帰ってくるだろうか・・・そう、見えない何かに期待したい思い。



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主役が出てこない今回。
大臣はもう少ししっかりしたらどうだろう。(笑)
セイロンはこんな言葉遣いですが、お婆さんではありませんよ。
ちなみに、ディンブラは銀髪でセイロンは金髪です。

08 11/6

続く


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