第25話「レタスのガーディアン」


シチュードバーグ王城、騎士の宿舎、女子寮連の二階、F連208号室。F連は通称「すみれ」と呼ばれている。
無論、女性騎士達が勝手にそう呼んでいるだけであるが。A連が「薔薇」であったり、C連が「白百合」であったりする。
その208号室が、下級騎士ながら「知将」と謳われる騎士、ブラウニーの部屋だ。
中は小ざっぱりと整頓され、家具も荷物も少ない。見た者は、「色気も味気もない」などと言ったりするが、住む者は特に気にしない。
その部屋で、ブラウニーとその相棒セサーミィは、菓子をつまみ茶を飲んでいた。
ブラウニーは、ガナッシュの従姉妹に当たる。どことなく血縁を感じさせる、赤味のある茶の髪の、ひとつ年下の20歳。
セサーミィの方は二人の幼なじみで、本名はセサミという。華やかさを好む気質から、「セサーミィ」などと名乗っているだけのことである。
魔道士として、ブラウニーの相棒を務めている。アールグレイとガナッシュの様に、この二人もまた、コンビなのである。
更に深いことを言えば、ガナッシュが「ショコラ」であることを知る、数少ない者達でもある。

「ショコラとアールグレイさん、仕事から全然帰ってこないみたいだけど・・・そんなに苦戦してるのかしらね?」
セサーミィは、焼き菓子をつまみながらそう言った。
「・・・ガナッシュって呼んでやりな。・・・何だか、よくは知らないけど、遠くまで出向いてるらしいって、上官が話してた様な。」
ブラウニーは茶を飲みながら答える。
「ふーん。そう言えば、何か〜、コンビ制度が3人パーティ制度に変わる案ってあるじゃない?あれどうなるのかしらね。」
セサーミィは思い出したようにそう言った。
シチュードバーグの騎士団の中の、アールグレイとガナッシュの様な通称「使い走り係」或いは「コンビ制度」「ペア制度」と呼ばれる、二人の騎士がコンビを組み、巷で起きた面倒ごとや魔物退治をする仕組みが、二人だけでは心持たないという意見を取り入れ、3人パーティ制度に変わる、という案が出ているのであるが。
「あれさあ、いらないわよね〜。て言うか、あたし達の間にも知らない誰かが入るってことだし、アールグレイさんとショコ・・・ガナッシュの間に誰か入っちゃうのは捨て置けないと思うのよね。」
セサーミィは、何を言い出すかと思えば恋バナである。そして、気心の知れたブラウニー以外に、もう一人知らない者が増えてくれるのは嬉しくないと言うわけだ。
「うーん、まあ、確かに今更面倒だけど、二人でやるのに慣れたしね。」
なんとなく素っ気ない返事を返す、ブラウニー。
「そうよー、それにさ、オトコとか入ってきたら・・・。」
「面倒だな。」
「そうよー!あたしはショコラとアールグレイさんを応援してるの、あ、女の方が邪魔かしら?アールグレイさんは可愛い子にすぐでれでれするし。あたし達の間に殿方が入るのも何だか微妙だわ。」
「アンタはそういうネタが好きだね。」
ブラウニーはそれでも素っ気なく答える。
「だーって、そうでしょ〜?今更いらないのよ、それにあの二人の間に誰かが入るって言ったって、ホント邪魔以外の何者でもないじゃない。あたし達の間に、もし凄くかっこいい殿方が入ったりしたら・・・。」
「別に私はアンタがその殿方とやらに恋しても邪魔しないけど。」
呆れた顔をするブラウニー。
「・・・・・・あたしより、ブラウニーの方に気が行くかも知れないじゃない。」
少し憂うセサーミィ。
「何、想像の域を出ない心配をしてるやら。・・・でもまあ、確かにガナッシュ達は二人でやってた方がいいだろうとは思うわね。」
「そうよ。あたし、反対。この案には一票も投じませんっ!」



そんな話をしていた、その次の日に、二人に降りてきたお仕事が・・・
「試しに3人パーティ制度を実践する」というものだった。
「騎士ブラウニーに魔道士セサーミィ、本日よりこの、神官アス・パラが新たな仲間として使わされる。
お主達には、治療をなす役がいてもよかろう。あくまで試用案であるが、主らの意見がこの案に反映されるのだ、重要な任務であるぞ。」
そうして紹介されたのが、名をアス・パラという、グリーンの髪の神官であった。
「アス・パラと申します。レタス神殿で神官を務めております。このたびは、王宮騎士団の要請により、この任務に携わることになりました。
・・・どうぞ、よろしくお願いいたします。」
丁寧な自己紹介をする、そのアス・パラは、長い髪を横側に高く結び、ローブに身を包む、真面目そうな、一見少女であった。
・・・が、事情持ちである。内密、男であるという。幼い頃に親を亡くし、神殿の女神官に拾われ、女のように育てられたが、男なのであるというのだ。
騎士団には女神官として登録されているというが・・・。

「うっそ、あなた・・・そこら辺の娘よりよっぽど美人じゃない!ぶっちゃけ可愛いじゃない?
やっだあ、どうしよう〜。」
「・・・初対面で最初の一言がそれなのは如何かと思うぞセサーミィ。」
「・・・あ、ごめんなさい・・・失礼しました、レタス神官殿。」
「アス・パラです。」
微妙な会話が交わされた・・・。
が、アス・パラは表情を変えず、初任の挨拶へと続けた。
「私は、エメラルド・ディヴァイナーの称号を所持しております。治癒、補助、そして攻撃魔法にも通じております。
称号はミドル・セージです。お役に立てることと自負しております。」

エメラルド・ディヴァイナーの称号とは、魔道士の「セージ」と同じように、「ディヴァイナー」と称される神官系統の階級である。
エメラルド級となると、それはそれは、かなりの熟練者ということ。

「ちょちょちょちょちょ・・・っと待ってよ、エメラルド・ディヴァイナーも凄いけどミドル・セージでもあるわけなの?
凄すぎじゃないの?やだ、ぶっちゃけあたしがいらなくなるんじゃないの?
やっだ、自信なくなっちゃーう!」
セサーミィは顔に手を当てながら首を振る。
「だから・・・セサーミィ、ものすごい地が出てるぞ、いいのか、アス・パラ殿にそういうイメージで見られるぞ。」
苦笑いしながら、少し意地の悪い忠告をするブラウニー。
「・・・・・・こほん。まあ、わたくしも一応・・・ミドル・セージの試験の結果を待ってるところですのよ。
・・・仲良く、やりましょうね。」
気を取り直しつつ、上品な淑女の様に声色を変えてそう言うセサーミィ。
「ありがとうございます。良い方々とお会いできて、光栄に思います。
試用期間とはいえど、本当の仲間として、どうぞよろしくお願い申し上げます。」
アス・パラは深々と礼をした。


場所は変わり、そこは荒れ地であった。
パーティ制度試用期間3人組は、早速魔物退治にかり出されていた。
「やーねー、こんな所にいきなり・・・。でも、全然魔物なんていなくない?」
セサーミィはきょろきょろしている。
「いますよ、強いのが沢山。」
アス・パラは無表情で言った。
「なかなかに試用とはいえど・・・いや、試用だけに、か。」
太々しい表情で呟く様に言うブラウニー。

「お手並み・・・拝見させていただきますよ、知将と呼ばれし剣姫ブラウニー殿。」
「それが本性かい、アス・パラ殿?」

四つ足の魔物が3匹、鳥形の魔物4羽・・・
一見可憐な三人を、四方から狙い出てきた。

「流石は名を聞くほどの・・・。見抜かれていたか。なら遠慮無く。
仮面舞踏会も悪くはないが、俺はそんなに淑女じゃないんでな。
見るがいいさ、レタスのガーディアン、アス・パラの剣の舞を。」
アス・パラの目の色が変わる。
「・・・フン、こいつは自己中そうな神官様だ。」
そう言いながら、ブラウニーは四つ足の方をひとつ片付けた。

「女神レタスの御加護がありますように。」
アス・パラは、手に杖を持っている。その杖は仕込み杖。グリーンの刀身、それは宝石のように美しい。
「やっ、待ちなさいよアンタ、神官でそんな物騒な物持ってていいワケ?!綺麗だけどそれ、剣じゃない!」
セサーミィは驚きとともに冷や汗も流す。
「レタス神殿は女傑揃いでしてねぇ・・・、皆、何かしら鍛えているのですよ、俺も例外なく鍛えられましてね・・・。
まあ、例外もおりますが。」
そう言いながら、その神官は鳥形の奴を叩き斬る。
「あら強い・・・、例外って?」
セサーミィは聞く。
「レタス神殿の巫女姫様をご存じかな?」
答えながらアス・パラは、巫女姫の話をしだす。
「・・・セロリー姫、ヴロッコリィ姫、パプリカ姫、だな。」
バタバタと斬り倒しながら、ブラウニーが言う。
「そうです。御三人様はけして、人も魔物も何も、傷つけるのがお嫌いだ。
・・・あの瞳を、あの空気を、あのお心を・・・護るのが、俺の今の願いです。」
そう言いながら、もうひとつ叩き斬った、神官殿。
「やれやれ、なんとまあ、ご大層な自己紹介だな。あとで聞こう、ガーディアン殿。
何か、我々にやらせたいことでもあるんだろう。」
最後の1匹を倒し、ブラウニーは横目でアス・パラを見やった。
「鋭いねえ。良かったですよ、あなたを指名して。」
アス・パラは、にっこりと、少女のように微笑んだ。

(ひねくれてるようで、中身は純粋なようだ・・・。笑顔は優しい。)
ブラウニーは少し安心したように、剣を鞘に収めた。
「ご指名・・・。変に頭の切れる、性格の悪い女ってやーね。男の子らしいけど。小賢しいのはブラウニーだけで十分だわ。」
独り言をこぼすセサーミィ。
「まあ、だからお前さんが救いなのかもね。」
独り言を拾うブラウニー。
「あらやだ、嬉しくないわ。」
ちょっとふくれ面をしてから、笑うセサーミィ。




部屋にひとり、アス・パラは祈る。
セロリー様、ヴロッコリィ様、パプリカ様・・・。
今日もまた、俺は護るという名で、魔物の命を絶ってしまった。
どうぞ、このようなことが、あなた様方に降りかからぬように・・・。
この世の魔気の乱れ・・・、魔王の再臨が近いのだろうか・・・。
この世を救うことが出来る者がいるとすれば、かのグラン・セージ、アプリコット姫のような・・・
または、カリーの勇王、王子のような・・・
勇者の再臨はまた、あるのだろうか・・・。
知将にして剣姫・・・確かに強い、そして賢い。だが違う、何かが違う。

「・・・なーんかイメージが違うんだよな、可愛げねえし、小賢しいし、腹黒そうだしな。
相方も頼りないっていうか、ただの女の子だろ、あの人。
はーあ、勇者を捜せっていう、極秘任務ですけどね、どう捜せっていうんだよ、わかんねえよ。
あー髪切りてーなー、折角あの神殿から出られたし、女装やめっかな、ナンパとかうざいから。
まあ、一応・・・協力者としてはいいかな。ホントは騎士プディングに当たりたかったんだけどな・・・
いないっていうしな・・・。まあ噂だからな、勇者の末裔とかなんとか。
と言うか、白百合だか何だか知らないけど、俺に部屋貸していいのか、ここの管理者は。
俺だから大丈夫なんだよ、でも俺男だからね、俺が困るからね。慣れてるからいいけどね。
はーあ、寝るかもう。騎士アールグレイとガナッシュにも会ってみたいんだけどな、
ブラウニーよりこっちの方がまだそれらしい感じが・・・。剣の腕だけ騎士団一・・・微妙か。
ガナッシュってのは魔法の方らしいからなんとなく違うかなー。
勇者って言ったらあれだろ、伝説の剣とかが似合わないとだめじゃないのかなー。」

しきりに長い独り言をぼやいて、アス・パラは毛布にうずくまった。
アス・パラの極秘任務、「勇者を見つけること」。
巫女姫のひとりが言った、この世の平和が崩れかけていると・・・。
女神官長は、ひとり男の子を持て余していたので、丁度良く外へ出したわけだ。
アス・パラを拾った女神官はもうそこには居らず・・・。
丁度良いさと、たった18歳の少年神官は旅に出た。
アス・パラは神殿では五本の指に入る実力者だ。王宮に出向き、外来として雇用して貰うことから始めた。
風のように旅するのも良かったが、生きる上で懐も大切だった。人脈も求められて良いかと思った。
そうしたら、また丁度良く、試用案の要請が来たというわけである。
そして少し・・・。
グラン・セージ、アプリコット姫に会ってみたいと、思っていた。



「あーあ、男の子が来ちゃったわね。」
セサーミィは嫌そうではない。
「あれはなかなか苦労してるな、18だと言ってたか・・・根は優しいようだけど。」
そう言うブラウニー。
「何て書こう、この書類・・・。」
試用案に対して出さなくてはいけない書類。セサーミィは白紙だった。
「書いたよ。」
「え、早いわね。賛成なの?」
「基本的に、三人制も良いと思うが、選択権を騎士側に置いて欲しいと。」
「あ、なるほど。あんたは流石ねー。」
「頼りになると思うよ、アス・パラ殿は。可愛いしね。」
「やだ、なによそれ。」
「世の中色んな奴がいて面白いなとね。」
「かーわいくないわよね、あんたは。」
笑いながら、セサーミィは・・・基本的に反対ですが、選択権があれば宜しいと存じます、と書いていた。



海の上、船の上。
「さ・・・寒ぃ・・・。」
北海の禁海域の夜。アールグレイは、マントにくるまってガタガタと寒がっていた。
海は静かで、航海は穏やかに進んでいる。ただ、流石に夜は冷える。
狭い船室に皆集まり、なんとか暖をとる。
「ねえプリンちゃん、人肌が一番温かいっていうよね。」
ラズベリーは、プディングに無言で殴られかける。当たると痛いので一応防御する。
「いやー余裕っすねえラズベリー様は・・・。そんなこと考える余裕あるんですねえ・・・。」
アールグレイは笑う。
「兄上・・・余裕があるのは尊敬しますが・・・何て言って良いか・・・。」
カフェラーテは呆れ顔。
「和むでしょ?馬鹿なこという奴がひとりいると。」
「和まねーよ、しらけるんだよ、スケベ野郎。セクハラで訴えるぞ。」
プリンちゃんに睨まれて、なんとなく嬉しそうにするラズベリー。
アールグレイの隣で、うつらうつらと、船を漕ぎかけているガナッシュ。
「眠いなら寝ろよー。」
「う・・・ん・・・。流石に・・・疲れた、かな。」
「寝れるなら寝とけ、な。」
「ん・・・すまな・・・い・・・」
ふっと、ガナッシュは意識が遠のいて・・・
本人の意志とは関係なく、隣の相棒の肩に倒れかかって寝てしまった。
「わ・・・、どうしようこれ。」
ちょっと嬉しいような、なんとなく困るような、そんなアールグレイの声。
「寝かせて差し上げれば宜しいではないですか。・・・思えば健気な方ですね、ガナッシュさんは。」
ロゼの言葉。
「この子寝顔が可愛いのよねえ。ふふふ。」
カクテルは妙に艶やかな笑みを浮かべる。
「ああ・・・そうなんだよなあ・・・。」
そのアールグレイの台詞に、数名驚いた。
「・・・いやいやいや、なんにもないっすよ、そう言う意味じゃないよ、いやあのその・・・。」
驚かれてしどろもどろ。してやったりという顔をするお姉様。
「カクテル殿・・・子供もおりますので、そのようなことをあおらないでくださいます?」
生真面目カシューの言葉。
「ははは、ごめんよ。可愛いから、からかいたくなるのさ。子供らはもうお休みしてるから大丈夫よ。」
(深夜だけにオトナの会話だなあ・・・。)
横になって寝たふりをしているシャーベットや、クラム。


余裕にも、食料庫から酒を見つけて飲んでいるのが一人。
グラニューは軽く酔っていた。
「ちぃ・・・酔いが早いぜ・・・。」
小瓶をそのままちびちびやっていた。
「おい、いないと思ったら、こんなところで何一人でやってんだ、お前は。」
「フレークか。寒いときにはこれが一番だろ、ガキの前じゃ飲めねえからな。・・・火照って丁度良いってもんさ。」
「馬鹿か、風邪引くぞ。・・・随分上等な奴じゃないか、ソイツぁ。そんなモンがあったのか。」
「くっくっくっ、欲しいか?」
妖しげに笑いながら、小瓶の口を向ける。
「何ほど飲んだんだ、この酔っぱらいが。」
そう言いながら、小瓶をひったくって、くいっと一口。
「ふふふ、旨いだろ?」
「全く・・・悪い大人の見本だな。・・・お湯割りにしたいところだ。」
「湯か・・・そういえばこの船、風呂は無いのかな・・・。」
「何を呑気なことを言ってるんだか・・・。」
「何となく・・・楽しくてな。これから未開の地だ、わくわくする。」
それを聞いて、ため息をつく、フレークだった。





エメラルド・ディヴァイナー「アス・パラ」

後書き
なかなかヨーグル島にたどり着きませんが。また妙な奴が登場しました。(笑)
アス・パラも早く書きたかったキャラで、やっと出せて嬉しい。
ディヴァイナーは造語です、プリーストとはまた違う位なんです。
ブラウニーとセサーミィは、外伝で先に書いてましたが、本編にもやっと登場。



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