第23話 「中ボス登場?イカ様の足は50本」


アールグレイ達を乗せた船は、しばらくは静かに進んでいた。
季節は春なれども北海はやはり寒い。
皆は船室に引っ込んで、船内を見て回ったりしていた。
「食料があるのがホントに凄く助かるな・・・。」
厨房で料理をしているガナッシュ。その手つきは実に手慣れている。
「本当にそうね・・・。予定は色々狂っているけど、不幸中の幸いね。」
一緒に料理をしているカシュー。
「こう冷えるんじゃ、食べ物がなかったら死にますからね、冗談じゃなく。」
淡々と言うガナッシュ。
「そうよねえ・・・あなた手慣れているわね、それにしても。」
カシューはガナッシュの包丁さばきに感心している。タンタンタンタンタン・・・早い。
「アールグレイが作れないから、馴れただけですよ。使える調理具があったのも幸いですよね。」
淡々と返すガナッシュ。包丁や鍋などが、海賊達が海で使っていたものがそのまま残されていたので
幸いにも、調理が出来る。行きと帰りで世話になる船だ、備えがあったのは本当に幸いだ。
「何作ってんの?オレ何か手伝わなくていい?」
そう言って覗いてきたのはプディングだ。背が高めに作られた台所で、小さな背丈のプディングは踏み台を探していた。
「あ、じゃあ肉を切り分けてくれるか?」
ガナッシュはそう言って、塩漬けの肉を指差した。
「わかったー、って言うか何作ってんの?どう切ればいいかわかんないじゃん。」
「あー・・・肉と野菜を混ぜて炒めようと思ってるだけなんだ。適当にぶつ切りにしてくれれば。」
「ただの野菜炒めだな。」
「まあね。野菜が保存してあったのも良かったなー。」
「ガナッシュさん何か楽しそうだなー。」
「気が紛れるだろう?」
「そだな。」
妙に和んだ空気が流れていた。
「プディングもなかなか手慣れているじゃないの。」
カシューが、肉を切り分けるプディングの手つきを見て言う。
「一人暮らししてんだぜ、出来なかったら困るじゃん。母ちゃんに仕込まれたんだ、ガキん時から。」
「なるほど。・・・って言うか、一人暮らししてる筈なのに出来ない奴もいるよ。」
ガナッシュは少しため息混じりでこぼす。
「・・・アールグレイさん?」
「そう。あいつは放っておいたらインスタント温めるだけとかしかしないから。」
「・・・よく食っていけるな。毎日インスタント食品食ってんの?」
プディングにそう聞かれ、ガナッシュはハァ、と息を吐く。
「俺が二人分作って持っていくのが常だよ・・・。」
それを聞いてプディング、少し目を丸くした。
「げぇー、何それ、頼りすぎじゃねーの。それだから世話女房とか言われるんだよ。」
「・・・そうなんだけど。見てられないんだよ、何かこう・・・騎士というイメージからかけ離れただらしのない様を見てるのが何て言うか・・・。」
「駄目だって、それ甘えてんじゃねーか。・・・それほとんど奥さんじゃねーの?」
「誰が奥さんだ誰が。放っておくと本当にだらしないから・・・何でもやってやってるわけじゃないぞ、
生活指導してるんだ、洗濯物溜めないで洗えとか。」
「あの人どんだけだらしないんだよ。」
「ああだからモテないんだ、きっと。」
「モテても困るんじゃねーの?」
プディング、にぃと少し意地悪な口元。舌戦においてプディングにガナッシュが勝てるわけはない。
「・・・何で?」
だがしかし、ナチュラルに返すガナッシュ。鋭くて賢いガナッシュだが、意味が解っていない。
「何でってさー、ガナッシュさんはアールグレイさんにカノジョとか出来てもいいワケ?」
「・・・想像できない話だな。」
「いっや、じゃなくて・・・。」
「何が言いたいんだ?」
天然かと思うほどボケられて、プディングは冷や汗を浮かべる。
「だってよ、そこまで甲斐甲斐しく世話焼いてさ、流石にどう思ってんのかと誰でも思うって。」
「どう思ってるって・・・。」
それでもガナッシュはボケ続ける。
「何でそんなに世話したいのか、ちょっと考えてみればいいじゃん。」
プディング、直球で・・・だがしかし変化球とも言える球を投げてみる。
「・・・・・・・放っておけないし相棒だし。」
「相棒だからなのかぁ?」
「相棒だし友達だと思ってるし・・・。」
「・・・友達なんだ。」
「友達・・・だよ。」
「ふーん・・・。」
口の悪いプディングとは言えど、尊敬するガナッシュをあまり困らせたくはないという思いもある。
口喧嘩ならいくらでも剛速球を投げつけるが、尊敬する目上には、それなりに敬意を払う。
だが、ここで場外から一言、二人まとめて収める言葉が投じられる。

「ふふ、こういうの何て言うか知ってるかしら。恋バナよね。」

「・・・・・・・。」
「こいばな・・・。」
自分が可愛いことをやっていたという事実に黙るプディング。否定できないのはわかっている。
何で恋バナなんだろうかと首をひねるガナッシュ。
2テンポくらい遅れて、やっと意味に気付く。
「いやいやいやいや、別にそんなんじゃなくて。俺男で通してるし、そんな意味じゃないですよ!」
「ふふ、可愛いわねえ貴女達・・・。」
「ちぃ・・・しくった。」
プディングの方が顔が赤かった。


「良い眺めだと思わないかい。」
ラズベリー。
「いいっすねー。つーか言わなくていいこと言って・・・。」
アールグレイ。
「何か馴染んでますね台所に。」
プレッツエル。
「何眺めてるのよ、やあね〜この野郎ども。」
カルボナーラはにやにやとその野郎どもを見やる。
「まあ、ああやってると年頃の娘だね、無理はないよ。さぞ良い眺めさね。」
カクテルは、それも含めて眺めているらしい。


船は無事に、冷たい海を渡る。
「はぁ〜、生き返る様だわ!美味しいの、何だかとても久しぶりに生きた心地がするの!」
今まで恐い思いをしてきたミントだったが、暖かい食事に救われたようだ。
その姫の表情に、そこの誰もが安堵した。あのまま恐いままであったら、可哀想だと皆が思っていた。
「良かったですね。」
一言、ブレッドが微笑みながら、どちらにともなく言う。
「プリンちゃんの手料理が食べられるとは、ホントに良かったねー。」
ラズベリーが冗談を投げる。
「馬鹿野郎オレが作ったんじゃねェよ。切っただけだ。
料理が美味いのはただひたすらガナッシュさんのお陰だぜ。
黙って食え馬鹿野郎が。」
打ち返すプディング。気持ち的には顔面にデッドボールの気分で。
「ホントに料理は美味しいんだけど、僕の口は上手いこと言わないな。」
「兄上黙って食べて下さい。」
「面白くねェんだよバーカ。」
プディングだけでなく弟にまで言われる。
「食事は上品にしないと駄目だよプリンちゃん。花嫁修業してたんでしょ?」
懲りない。
「誰が花嫁修業だ、お前の分にだけ毒盛ってやろうか。」
ラズベリー相手だと遠慮がないプディング。
「やめないか、プディングも兄上も・・・。食事は静かにするものだろう。」
カフェラーテが割って入って収める。
「まあまあ。でもマジ生き返るってのはわかるなー。うまうま。」
アールグレイは呑気に、食べ慣れた味に幸せを感じている。
「毎日これ食ってんだ、幸せ者だな。」
何気なくこぼすプディングの台詞。
「塩漬け肉が上等なものなんだよ。塩分摂りすぎにならなければいいけど、という味だな。」
ガナッシュは未だボケ続ける。


食べ終わった食器を洗う。
「後片付けまでが料理だって、母ちゃんが口癖みたいに言ってたな。」
プディングはそんなことを呟きながら、皿を一枚一枚洗っていく。
やらせておくばかりで申し訳ない、とプレッツエルが皿を拭く。
「あの・・・私も何か・・・。」
ロゼも申し訳なくなったらしい、やったことのなさそうな手だが。
「博士はお休みになって下さいませ。航海は疲れますから・・・。」
カシュー、博士にはこんなことはさせられない、とばかりに休むように勧める。が、ロゼの性格として
案外特別扱いされたくない思いがあった。役に立ちたくてここにいる。
船に乗って、ガナッシュ達が調理をしている時間に、ロゼは勉強していた。
シャーベットを先生に、聖術のことを学んでいたのだ。
呪文は既にいくつか、頭に叩き込んだ。
これで、自分も戦闘員となれるかも知れないと・・・守られるために来たわけではないと。
シャーベットの方は、大層覚えや応用の早いロゼに面食らう思いだ。
「あのロゼっていう綺麗な人、俺なんかよりずっと凄い使い手になるかも知れないよ。
もう、教えたこと覚えちゃってるんだ、頭のいい人っているんだな。」
「博士って呼ばれてんだろ、何か魔道学のえらい人らしいからな。
て言うかホントに綺麗な人だよなー、あんな人が世の中にはいるもんなのか、
男所帯だったからな、目が眩むような感じじゃねえか。」
美人揃いのこの人員に、むさ苦しいところで育ったビアは、さながら花畑に居る心地らしい。
「・・・・・・・何、デレデレしてんだよ馬鹿。」
シャーベットはさも面白くない。今まで海賊団の中で、その幼いながらも目映い美しさで妖精だと言われてもて囃されてきた身で、ただ側にいつもいるこのビアだけ、褒めてくれたことがない。
内心いつも、「むかついて」いたわけだったが、ここへ来て場外に放り出されたと複雑な思いをひたすら出さないようにしている。
「俺どっかおかしいんじゃない。」
ひとりで誰もいない廊下に出る。寒いのはわかっていて、甲板に出る。
「頭冷やせ、頭・・・。」
何で悔しいんだと、涙をこらえる。
駄目だ、こんなになってちゃ、誰にもこんなの見せられない・・・!
ひとりだと思っていたのに、歩くような音がして、ひたすら焦る。

「なんだい頭、風邪引くよ。」

「カクテルか・・・。」
まだ、見られても平気な相手で、少しホッとする。
「やだね、涙目じゃないか、どうしたのさ。またビアちゃんが意地の悪いことでも言ったかい。」
「何でもないよ。風で目にゴミが入ったんだよ。ビアなんて関係ない。」
「まあそういうことにしておいてもいいけどね。」
「カクテルこそ、こんなところで何してるんだ・・・?」
カクテルは怪訝そうに海面を眺めている。
「頭、おかしいと思わないかい?進むのが遅い。この風で、こんな遅いなんておかしいだろう。」
そう言われてみて、海面や帆を見やれば、今まで気付かなかった自分が恥ずかしいほど不自然な状態が見て取れた。
「本当だ・・・・・。舵取りは何やってるんだろう?と言うか変だ。気持ち悪い・・・。」

そう思って、操舵室に足を向ける。と、そこには何故かラズベリーが居る。
舵取りの船員は、倒れている。
「・・・?!何、どういうこと・・・?」
「勘違いしないでくれよ、今僕もおかしいと思ってここに来たばかりだ。
頭は舵はとれるのかい、と言うか・・・舵はこの通り回りもしない。
何かおかしいことになってる様だな。」
ラズベリーは、いち早くおかしいことに気付いて、先に操舵室に来ていた。
既に舵取りは、舵から離れて倒れていたのだ。
「舵・・・どうして回らないんだ、何これおかしい!」
喩えて言うなら、ネジを締めすぎたかの様な、固くて動かない重い舵。
走るような足音がしたと思うと、ビアが飛んで入ってきた。
「海がおかしなことになってやがる!」
「動かないんだよ!舵が!」
細い腕に力一杯、右にも左にも動かない舵を取ろうとするシャーベット。
「貸せ!」
ビアに変わって、回らない舵と格闘する。
「禁海域に入ったから・・・呪いとか色々話はあるけど・・・・・。」
「馬鹿か!何が呪いだ、そんなモン俺は信じねえよ!」
「じゃあこの動かないのを何て説明すんのさ!」
「シャーベット!馬鹿野郎、何うろたえてんだ、しっかりしやがれ!」
「!」
そうだ、俺はキャプテンなんだ・・・!こんなことで動じてちゃ駄目だ・・・!
甲板に向かって走り出すシャーベット。


おかしいと言われて集まっていた騎士達も、船が異様に遅いことがわかった。
船に乗り慣れない者ばかりで、言われないと気付かないという有様で
だんだん遅くなる船に、どうしたらいいのかわからない。
「岩場に乗り込んだわけでもない様だが・・・。」
グラッセがそう言う。
「おーい、何か見えるかー?」
フレークの声は、帆の高さまで登って海を調べるグラニューに向けてだ。

「船の下に何か、とてつもない、でかいのがいやがる!」

「でかいの?!何だそれ・・・化け物か?!」
「何か貼り付いてるんじゃねーかー。」

甲板に走ってきたシャーベットは、その会話を聞いて、船の頭にある大砲を動かし始めた。
「ぶち込む気か?!」
フレークが驚いたような声で言う。
「化け物が貼り付いてるなら、剥がしてやる!」
そう言いながら、シャーベットは大砲を海面に向ける。

ドオン!

一発、久しく動いていなかった割には、大砲はしっかり働いて見せた。


「ぐぅおおおおおおおおおおおおおおおおおお!なーにしやがんでぇこのニンゲンがァァァ!」


青白い、触手が、いくつもいくつも、海面からしぶきを上げて。
船が揺れて、青白い巨体が海面から姿を現した。
その姿、イカ。
とてつもなく巨大な、イカだ。
しかも、言葉を喋る。

「うぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!痛いぞちくしょうめ。このイカ様に向かって大砲打つたぁ
どういう了見でぇぇぇぇぇぇぃ!」
下品な声が響く。

「喋る超巨大イカ!?」
アールグレイの間抜け声。
「喋るのか!」
「ガナッシュ驚くトコそこだけ?!」
「・・・何ほど足があるんだ、このイカ!10本以上足あるイカなんているのか!非常識だ!」
「何つまんねぇトコばっかり注目してんだよ!ッてゆーか確かに足何本あるんだこいつ!」

「アハハハハハハハハァ!このイカ様の足はよぉ!
50本あるんでぃこんちくしょう痛ぇーーーーー!
折角安全に運んでやろうと思って、貼り付いてゆっっっっくり動かしてやってたのによぉ
イカの好意を無下にしゃーがってよぉぉぉ!」
イカは、声を荒げる。

「・・・好意なのか?」
アールグレイはイカに向かって問う。
「おうよ。このイカ様はなぁ、ここらの海の守り神よ。
ここら辺に人間が入ってくるなんざぁ珍しいからなぁ、安全に運んでやろうと思ったんじゃねぇかよ
ちくしょうめぃ!」
イカは、好意的であると主張。
「あ・・・そうですか、それは失礼しました。では引き続き、運んで下さいますか。」
そう言い出したのはロゼ。
「おうよぉぉぉぉぉぉ、そうだぁそういう丁寧な姿勢が幸運を呼ぶんだぜぇぇぇぇぇ!
まあ許してやるからよぉ、そこのちんちくりんは謝れやぁぁぁ!」
イカ様、ひどい言い様。シャーベットの顔が引きつる。

「なんてね・・・ロゼの名において命ず、聖なる海の蒼の御霊よ、我に力を!蒼光!」

・・・・・イカ様、嘘つきのイカ様。失礼なイカ様。
光に消え失せた。

「ふう・・・初めて使ったわりには上出来なんでしょうか。」
「凄いよロゼさん、一発でやったじゃないか、流石俺の生徒だね!」
「ありがとうございます先生。」
ロゼとシャーベットは、ぱちんと手を合わせた。
「咄嗟に大砲打つなんてな、たまにはやるんじゃねえか。」
動くようになった舵を取りながら、ビアは甲板の様子を見て、嬉しそうにしていた。
「どうして嘘を言っているとわかったんです?」
ガナッシュはロゼに問う。
「舵取りの方の身体に、毒が回っているのを確認しました。治癒してあげて下さいね。」
「毒・・・。」
「それと、船の方向がおかしな方角に向けられていました。巨大なイカが海の守り神だなんて
聞いたこともありませんしね、大体物言いが失礼です。あんな品のない神様なんているものですか。」
清々しいくらいのクールな物言いに、ガナッシュはちょっと感嘆するのだった。



続く。
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すいませんくだらなくて。
何ですか、らぶこめですか、飯食って軽い運動しただけじゃないですか。
話がなんにも進んでないですが、人間模様ということで。
イカ様書きたかっただけなんですけどね。
たまにこう、バカなのが混じってると、シリアスの間がとれて安心するんじゃないかなーとか
思ったとか思わないとか。今回のガナッシュさんはボケまくり、終始。

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