支援効果はAlways 「S」

蒼炎・アイセネ小説



本能的に、走り出していた。
野性的な勘、というものか。
彼の戦い方は、いつでも本能的で、頭でごちゃごちゃと考えているものではない。
その分ごちゃごちゃと考えるのは、彼の側にいる軍師の役割だ。
でもいつも、彼は思う。もう少し考えて動くべきだと。
考えていない訳ではないが、剣を持つと勘が先に立つ。
気付いたらひとりで走り出している。
彼・・・アイクは、その時も、
「仕留められる!」
そう思った途端に走っていたのだ。
まだ指揮官としては未熟で、単騎で走る癖が抜けなかった。
傭兵としてのひとりでいるうちは、まだそれでも行けたものだが、
今の彼は、国の運命すら背負う、将軍だった。
仕留められる分は全て斬り倒し、立ち止まる。
後ろに何時もいる、背を任せ、その身を護っていた軍師の姿が側に無い。

走り出したアイクの後を、軍師・・・セネリオは追えなかった。
単騎で飛ぶアイクの後ろに、彼は必ず付いて歩いた。
何よりお守りしたい人。
そして、側にいれば、死ぬ気がしない。
後方支援、助言、最近は傷の回復の杖も使えるようになり、
互いに支援しあってのコンビネーションは、セネリオに言わせれば、
今はBクラス。
今のクリミア軍の何処を見ても、ここまでの支援相乗効果を持つ者はあまりいない。
そこはちょっと、密かに誇っていた。
アイクの隣は僕の特等席だと、自惚れていたい。
言わないけれど。
アイクも、自分を常に側に置いてくれるから、自惚れていいなら・・・。
そのアイクの後ろに、ついて行けなかった。
突然飛び出した彼の後を、今の自分が追うのは危険だった。
身のこなしには自信はあったが、数が数。魔道士ひとりが飛び出せば、
集中攻撃を食らうことは目に見える。
それが、軍師と悟られたなら、確実に狙われる身だ。
それを即座に考えたのはいいとしても・・・
アイクが危ない。
どうして、飛び出してしまったのですか・・・。
後を追わなくては。
先ほどまでの軍師的観測は何処へ行ったか。
まだアイクも未熟な身。少ない傷も数を負えば致命傷に至る。
ライブの杖を握りしめ、ただ、その時は大切な彼のことを考えていた。
何が恐い?アイクが死ぬことが一番恐い。

いつもは必ず追ってきた。
言わずともセネリオは、見返ればそこにいた。
側にいれば、一番護りやすい。
何が恐いかって、セネリオに死なれるのは恐い。
普段はそんなこと、アイクは微塵も考えない。
その時だけ、何故か不安がよぎった。
姿が見えない。
あいつが追ってこないはずがない。
「馬鹿だ。」
吐き捨てるように一言。
・・・自分が。
引き返す、ただ不安を殺しつつ。

積み重なった、血の滲んだ兵士の数を斜め見やりつつ・・・
これなら心配はしなくてもいいかと思った。
ただ、ちょっとお小言は聞いていただかなくては。
最近のアイクは、仲間にすら鬼だと言われる様な、迷いの少ない剣で走る。
その隣には、僕が居るはずなんですから。
自惚れていいなら、そう思いたい。
言わないけれど。
木と木の合間を縫うように、影と影をつなぐように、
身を隠しつつ進むセネリオ。
こうして、見つからないように進む。
まだ、姿は見えない。でも、倒れている敵兵を追って歩いていれば、
その背がそこにあるはずだと。

「魔道士か」

槍を持った敵兵ひとり。
しまった、見つかったか・・・と、セネリオはエルウインドを手に備えた。
だが、ここで放ってしまっては、かえって他の兵を呼び寄せてしまう。
ひとりでいることなど、考えられないのだから。
敵ならば。
自分は、まさにひとりでいるのだが。
軽器を選択しておけば良かったろうかと一瞬思う。
魔道に弱点があるなら、その派手さはある意味弱点だ。
ファイアーもサンダーも、そういう意味ではここでは使えない。
持っていなかったが。
ここでエルウインドを放てば、一緒に樹木が倒れかねない。
セネリオの魔力は群を抜いている。他の風魔法使いと一緒にはならない。
仇になることばかりだ。
敵兵は、にやにやとしながら、ゆっくりと槍の先をセネリオの首もとに突きつける。
セネリオの背には太い木がある。

「可愛いの見つけたな、へへへ。」

そのセリフを聞いた途端、カチンと来てしまい、よりにもよって二連続で斬りつけてしまった。
女だとでも思ったか。子供だと思っていたぶるつもりだったか。
フン・・・ろくでもない。
息絶えた嫌らしい輩にかける情など微塵も持ちあわせてはいない。
ただ、すぐにそこから動かなくてはいけなかった。
今の二撃、兵の体を通り越して、音を立てて樹木の枝を落とした。

囲まれた・・・。

理性を持たぬラグズまでいる。
もう、やるしかないだろう。
伊達に一騎で走る程の剣士と共にいた訳ではない。
セネリオは、トルネードを取り出す。
使ったことはない。この間アイクから手渡されたまま、未使用のままのもの。
「お陰で使い道が出来ました。」
少々嫌味だと自分でも思った。

放たれたトルネードは、向かってくる敵兵をひとりひとり、
あっけない程に次々と倒していった。
放ち途端に少しずつ離れる。
身を隠しては放ちつつ、樹木の影に隠れては放つことを繰り返した。
人間相手ならこれでいけたのだが、嗅覚というものがある。
「なりそこない」は、セネリオの背後から突然飛びかかってきた。

「そこか!」

伊達に手強い賢者と見なされれば、ひとりでいるなら仕留めなくてはいけない。
軍師である自分だからこそ、それは考えずとも解りきっている。
エルファイアーを持っているべきだった。
エルウインドとトルネードとライブ。
それが今の自分の備えであった。
幸い、傷薬の質の良い物がひとつ、他でもない人が持たせてくれていた。

「危ないから、お前が持っていろ。」

いつでも危なげに見えるらしい。
そんなに弱いつもりはないのに。
懐にさえ入られなければ、確実性をお約束しますが。
強がりにしかならない、この状況。
足の速さはラグズの猫には敵わない。
前方向かって、敵兵の列。
もう駄目だと流石に思った。

・・・目の前が蒼で染まった。
赤じゃなく。
白刃は宙を舞い、一閃事にひとつずつ潰していった。
獣も、対峙して不得手ではある槍兵も、雇われた蛮族の斧も割った。
目の前が、広くなった。

「大丈夫か・・・?」
心配そうな蒼い瞳が、奧に後悔と安堵を忍ばせている。
「大丈夫です・・・僕は。貴方は!?」
蒼い瞳の主、アイクは、少しの間、黙り込む。
セネリオはライブの杖を持ち直す。
「大丈夫じゃないってのを、初めて知った。」
アイクはそう、零した。
深手でも負ったのかと、セネリオはアイクの破けた服を見たが、
ある意味恐ろしいことに、掠り傷が少し、という具合だ。
きょとんと、紅い瞳が困惑する。大丈夫じゃないとは・・・?
「死なれるかも知れないというのが、こんなに恐いものだとは知らなかった。
・・・すまん。全部俺が悪い。」
その意味を解するのに、少しかかった。

「指揮官なんですから、行動にはもう少し思考的なものを持って下さらないと。」
「全くだ。こんなところで、お前に怒られてるようじゃ、
先が思いやられる。」
「ですから・・・」
「何だ、まだ何か怒られないといけないのか?」

「僕をおいていかないで下さい・・・。」

「おいていかれるかと思ったのは、俺なんだがな・・・。
・・・ごめん。全部俺が悪い。」
「ひとりで走っていかないで下さい・・・。
ついて行けなくなりますから・・・。」
「そうだな。競争してお前に負けたことはないしな。」
「・・・茶化さないで下さい・・・。」

誰もいない空間がそこにあることをいいことに、
いや、彼がそんなことを考えるわけもなく。
ただ、今も息を切らせるセネリオを抱きしめた。
存在を確かめるように。
心臓が早く打つ細い身体が、そこにあることがとても嬉しかった。
身をもって軍教したかの様な、だが軍師であるよりも、大切なセネリオが
自分の不覚で命を落とすことになるなんて、・・・もう一切いらない。
そんなことには、もう絶対しない。

追いついてきた仲間の騎兵と猫の娘には、
戦場でなにをやっているかとたしなめられた。
「放したくなかったんだ」と率直に言えば、意味も通じずさらにたしなめられる。
掴み所がいまいち解らない将軍だったが、しっかりと掴んで放すまいと、
黒衣の軍師からさらに離れなくなったという話は妙に広まっている。
青い猫の青年がこう言った。
「あいつらは、一緒にいれば相乗効果で支援してるんだろ。」
いるだけで互いが高まるのなら、やらせておけばいいじゃないか、と。

おしまい。




2006年に書いたもののようです。
リクエスト頂いて書かせて頂いた小説でした。
セネリオが倒れてしまったら、と焦り憤るアイクさんとか、アイク一筋に冷静にかつ妙に可愛らしいセネリオとか・・・
支援はAまでしか無い蒼炎ですが、気持ちはSですね。みたいな。



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