That first love〜Your voice would like to hear〜

蒼炎・アイセネ小説



その少年の「初恋」というものは、「初恋」としては遅いものだったろうか。
およそ色恋沙汰に興味の無いその少年の初恋は、至って無自覚に始まって
現在進行形で、終わっていない。
そもそもいつ頃からその相手に対して、そういった想いを抱いたのかすら、はっきりわからない。
少年というか、青年というか、彼アイクは、今まで誰かに恋なんてものをしたことがなかった。
その相手というのが、年齢不詳の参謀セネリオ。
一応、こちらも少年であった。年齢的には、少年かどうかはわからないが。
何だかおかしな話の様だが、もともと何事に対しても境界線を持たない
アイクにとっては、関係のないことなのかも知れない。

「おかしいな・・・」
と、思ったのが、何気なく手と手が触れあったときだった。
電流が走る、等とよく言うが。
どきっとする、とよく言うが。
両方だった。
しばらく呆然としていた。傍目からは動揺は伺えないが、実際の彼の心の揺らぎは物凄かった。
別に、セネリオの手を取ったことが無いわけでもない。
・・・今のは何だ?

「どうかしましたか?アイク。」

その声に、我に返る。
「いや、なんでもない。」
そう言いながら、セネリオを見やる。
いつもは冷徹な硬い表情のセネリオだったが、今は表情が和らいでいた。
その、少し笑みを浮かべるセネリオの顔を、気付いたらじっと見つめている自分がいる。
見つめられて、セネリオの方が照れてしまう。
アイクは無言で、視線を空に移した。

何だろう、これは・・・。

セネリオの顔を見て思ったのは、
「セネリオは笑ってると可愛いな・・・。」
・・・だった。
心の中で唸ってみる。
アイクは、誰かに対して特別、可愛いと思うことはあまり無かった。
年頃の男の子だというのに、およそ色恋などには興味が無い。
それ故に、「ときめいた」なんていう言葉なんて出てこない。

「アイク?」

心配げなセネリオの声に、またも反応する自分がわからない。
セネリオの方は、何だか様子がおかしいアイクを敏感に察して、じっと見つめてくる。
今度は見つめられる立場になってみて、アイクは体温が上がる様な感覚に襲われる。

「なんでもない。気にするな、セネリオ。」
顔だけは平静を装って、セネリオから視線を外そうとした。
そんなフェイクは、セネリオには通用しない。
誰も、ここにいる誰も、今のアイクの変化には気付かないだろう。
いつもと変わらず、無愛想。そんな風にしか見えないだろう。
でも、セネリオには通用しない。
いつだって彼を見てきた、セネリオには。
でも、まさかその彼が、自分にときめいているなんて、わかりはしない。
誰よりも彼を見てきたセネリオであったが、まさか自分に恋心を抱いているなど、考えもしない。
あるはずが無いと思うことだ。
だが、それは間違いなく・・・

「恋心」だった。

アイク自身もさっぱりわからない。
気付けば自分の視線は、セネリオの姿ばかり追うのだ。
言葉を口にする、その小さめな唇が気になったり、細い背中を抱きしめたくなったりする。
・・・俺は何だかおかしい。
そう、軽く頭を振った。
今まで自分のことも、他人の恋路にも感心の無い彼だったから、自分の症状に見当も付かない。
セネリオが自分の側に居たい、ということはわかっていたが、
自分がセネリオと一緒に居たいと思っていることは、わからない。
でも、気付いたら、正直な彼の口は言葉をかたちにしていた。
部屋を出て行こうとするセネリオにこう言った。

「待て、ここに居てくれ。」

「は、はい。」

不器用な言葉だった。
ただ、側に居たかったという気持ちが、セネリオを引き留めた。
そこは、二人だけしかいない空間になった。
・・・二人きりになったりしたらヤバイな。
そう思っていたのに、自分でその空間を作ってしまった。
セネリオは何気なく、アイクの隣に腰掛ける。
すぐ側に、セネリオの綺麗な横顔があった。
その白い顔が自分の方を向く少しの動きが、いちいち気になって長く感じた。
それだけしか目に入らない。

「どうしたんですか、アイク・・・。」

心配そうな顔さえ愛しい。
そう、愛しい。
それが言葉にならない。
俺は、どうしたんだろう。
こんなにもセネリオだけが気になる。

「ア・・・アイク・・・・・そんなに見つめられると・・・こ、困ります・・・。」
顔を赤らめて、そんなことを言う。
アイクは、身体が熱くなるのを感じた。
セネリオはこんなに可愛かっただろうか・・・?
そんなことを考える自分。
今すぐ抱きしめたいのはかろうじて抑えたが、手は気付いたら、セネリオの細い指を握っていた。
「え・・・アイク・・・?」
二人の鼓動が同じように高鳴るのを、二人は知らずにいた。
「俺もよくわからないんだが・・・やけにお前のことばかり気になる・・・。」
初めて、言葉にした。
周りなんてわからなくなるくらい、どうでもよくなるくらい、ただ、この手を離したくなくて。
「僕が・・・な、何かおかしいですか?」
見当違いな返事が返ってくる。
「おかしいのは俺だ。」
そう答える。
そう返ってきて、セネリオは黙り込む。
どうしたんだろう、アイクは。
こんなアイクは初めてだ。
ただ・・・
ずっとこうしていてくれたなら・・・
そう思ってしまって、セネリオは小さく首を振る。

すれ違ったまま、同じ想いを抱いて、二人はしばらくそのまま、言葉も交わさずに見つめ合っていた。
心の中の何かが崩れそうになるのを必死に留めるセネリオと
今まで感じたことのない熱さに戸惑うアイク。
時間なんて止まってしまったように思えた。
そんなものなんて忘れていた。
扉の外で声がするのも聞こえない。早くなる鼓動が大きくなってやけに響く。
「何か言ってくれ。」
唐突にアイクはそう言う。
「え・・・?あの・・・」
そう言われて、何を言ったらいいのか分からず、言葉の意味が解らず、セネリオは戸惑う。
「お前の声が聞きたいんだ。」
アイクは、妙に優しげな声で、そう言った。
「お前の声を聞いていたいんだ。・・・どうしてだろうな。」
「ア・・イク・・・。」
「なんて顔してるんだセネリオ。・・・まあそうだな、変なこと言ったな、俺は。」
「い、いえ・・・。その・・・」
「ん?」
「それでは・・・アイクの声も聞かせて下さい・・・。」
そう言われて、アイクは目を細めた。
愛しくてたまらないのはどうしてだろう。
この気持ちは何だろう。
「セネリオ。」
「はい・・・。」
「・・・俺はもしかしたら・・・・・。」
「はい?」
「いや・・・何でもない。」

なんとなく、やっと気付いた答えは正解。
でも、ぼやけていてはっきりしない。
それから、少しずつ自覚していく彼の心に、今も続いている初恋は、両思いなのにすれ違っていた。
ただずっと傍らに居るセネリオの気持ちなんて、鈍いアイクにはわからなかった。
アイク自身も、その思いを口にしていなかった。
誰にも気付かれず、顔には出さず。
セネリオにもわからない、アイクの唯一の秘め事が、実を結ぶかどうかは
また、別のお話。






初恋のお話でした。2006年に書かれたものでした。
あえて今発掘して、載せてみるけれど。当時はアイセネメインもやっていたので、
こんな小説も書いていました、リクエスト頂いたりして。
自覚のない鈍い初恋、そのまま実ればいいですが・・・とかいう願いも?


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