癒しの心と強き想い~ラナ・クロニクル~





少女の名はラナといった。母エーディンに似て心優しく、可憐で華奢な、まだほんの可愛らしい少女だった。
彼女の力は癒しの杖を使い、傷を癒すことのみだった。剣や槍などを用いて戦うことなど出来ない、小さな細い手指の、ひとりの少女だった。だが、彼女は戦い・・・聖戦とも呼ばれる戦場に出ることを選んだ。
誰より心優しく、誰かが傷付くことを誰より嫌い、悲しむ、慈しみの心の持ち主だった。
故に、選んだ、戦うことを。誰も傷付いて欲しくない。もうこれ以上犠牲はいらない。
聖戦の旗印は、幼馴染みでもあり、ティルナノグの隠れ里で最も大切であり、希望であるセリスである、ラナ・・・少女の心密かな想い人その人だった。
そんなセリスが、誰よりも心優しい、そう・・・ラナのように優しい少年が、もしかしたら少女よりも繊細かも知れなかった少年が、先頭に立ち戦うという。
なら、この方をなくしてはいけないと・・・私情であっても公的な意味であろうと、絶対にこの方だけはと。
何が少女に出来るだろう、癒しの杖を用いる事だけが、プリーストであるラナの力だ、そう・・・足手まといになどならないと誓い、ただ、自分のできる限りを尽くすこと、それが彼女の戦い方だと。
弱い自分は前線に出れば狙われる。か弱き乙女には酷だと仲間の誰もが、セリスが一番思う。だが、少女の瞳は揺るぎない誓いと信念に満ちていた。わたしも気持ちはラクチェと同じ・・・そう言って、わたしにはわたしの戦い方があります、と・・・ラクチェのように剣の腕が立つわけではない。でも癒しでも戦うことは出来る・・・守られるために戦いに出るのではない、彼女は、戦うことを、母から譲り受けたリライブの杖に誓う。
ラクチェとて、気持ちはラナと同じ、同じ場に立つ少女として同じだ、だがラナには戦闘としての戦う力はない、出来ない子だ。誰より傷付くところを見るのが辛い、とても剣など持ったところで振るうことなど出来はしないと、ラナ自信もわかっている。
でも、だからこそ。誰も死なせない。強い想いを胸に秘め、少女は自分も戦場に立つことを、最もなくしたくない人を、仲間を、出来るなら多くの民を、出来る事で守ろうと誓ったのだ、見かけによらず気丈な、優しさ故の決心。
セリスもラナに戦場になど出て欲しくは本当はなかった。まだ少し自信が足りない。守り切れるか、一番なくしたくない少女を。
守ろう、これは僕の最初の支えとして、仲間として・・・強い決意を持つ彼女にも負けないように、彼女の思いに応えた自身の責任としても、個人としても。
セリスは、最初は驚いた、優しくて一番幼い皆の妹のような少女が、誰より強い瞳で告げる決心に。きみを・・・なくしたくなどない。だから、近くで守ろうと。その心に応えなくてはと。

少女ラナは、お節介とも言えなくはない。人の気持ちがよくわかる子だ。不思議な、不安と、ラナやセリスにも通じる優しさと、気丈な強さを持つ少女ユリアに出会った。
ユリアには記憶がない。そんな儚さと、知る者のいない軍に突然、あずけられた気持ちといったら・・・自分だったらどうだろうか、こんなとき、どうしたいと思うだろう。
ラナは、ライブではなくそれより強い癒しの力のあるリライブの杖をユリアに贈った。
母譲りのものを大切にしているラナだからよくわかる。リカバーほどのものは手に入らないが、リライブが使うことが出来れば、心強い。ユリアは居場所と役割だけでなく、なにより杖という形で大きな心の、支えでありあたたかさをラナに贈られた。
何故だろう、ラナは母から聞かされていた・・・ディアドラという人のことが少し、浮かぶ。母ならこういうとき、どうするだろう。母はディアドラに安心と支えを贈るだろう。
なら、自分だってそう、この自分と変わらない年頃の、なにも出来なさそうにしている女の子に、自分がそうだったらどうだったら嬉しいか、わかるから。
色々な意味合いを沢山詰め込んだ、ラナの最大限の応援と支援。ユリアから回復の魔法の能力を感じ取って、杖を贈る。さみしくなんてありません、そう言う気丈さは共感もする。だからこそ、支えたかった、力になりたかった。わたしたち、力を合わせて一緒にがんばりましょうね、と・・・あなたは仲間よと、ラナだからこそわかる、ユリアの揺らぎが、そして芯の強さが伝わるから、伝えたい。

ラナは兵士たちの治療を休みなく健気に、日々癒した。
毎日のようにひとり、傷を負っては嫌そうに治療されている男がいた。
ヨハンという、ラクチェに思いを熱烈に寄せる斧を振るう騎士。
毎回、どうも油断を招くのか、ここのところ一番といっていいほどよく治療に来る。
ヨハンとしても、不本意だ、ここに来ると、厳しい言葉が待っている。ラナはヨハンに、厳しく叱咤しながら治療するからだ。またヨハンさんですか・・・と、ラナも自分で他に言い様がなかったものかと思う言葉を零す。でも、呆れているから言うわけではなく。
油断してしまえば、何度となくこうも傷を負いやすい戦い方をしていれば、厳しい戦場ではいつ命取りになるかわからないから・・・戦士には戦士のような心で接する。
優しく慰めていては、気が緩むだけと・・・あなたは仲間の一人、死なないでくださいと、あえて厳しく、叱咤激励していた。
最初はそうではなかった、敵だったヨハンにもラナは他の仲間のように接していた、だが、旅立ったときの思いがよぎる。学んだこともある。ここは戦場、優しいだけでは生きられないから。
わたしだって戦士だもの、ラナはそう、プリーストでありながら、自らに言い聞かせていた。ヨハンから見れば、可愛げがないようにも思えたが、何度も治療して貰ううち、なんとなく伝わった、この娘は非力ながらに精一杯、気丈に振る舞っているのだなと。
優しさと厳しさは表裏一体で、自分にも同じように、どうか命を大切にしてと言ってくれていることが、伝わっていた。

ラナはセリスに思いを寄せている。だがそれを前面には出さなかった。誰もが周知のことではあれど、ラナは身を引くことも考えていた。
わたしは、ここにいられるだけで幸せ。これ以上何を望むのと、セリスの側で守り癒し戦えることが、今はなによりも自分にとって幸せではないかと思い言い聞かせる。
セリスはあるとき言った、僕は昔から、ラナが好きだったよ。
ああ、セリスさま。本当に、心が弱くなってしまいます・・・。
ラナの戦士としての心の鎧を、セリスは簡単に剥いでしまう。
ラナは、セリスとユリアの支えであれればそれでいいと・・・言い聞かせていた。思いも寄らない運命の兄妹の、支えでいられれば、わたしなんて・・・。
ラナは自分も戦士と、思い続けていた。違った。一人の、少女がそこにはいた。
ただ、その方のお側にいられればよかった、お役に立てたらそれで。たとえ想いが通じなくても、わたしはいる場所が違うと、思っていた。
セリスも、ラナが好きだった、幼い頃から側にいて、優しく微笑む姿が、みんなの妹のようなラナが、心の癒しであり大切だ。なにより、ラナは可愛いから。
ラナは芯が強いから、故になんでも自分のことは押し隠して、周りのことを尊重しすぎてしまう。そこは、少女の強さであり弱さだった。
セリスはラナを後に妃として迎える。だがそれまでの二人の道のりは、実にもどかしいものであった。

ラナは、癒しの杖を用いるだけであったが、上級職であるハイプリーストに昇格することになる。
ハイプリーストになれば、魔道書で攻撃魔法も用いて戦うことが叶う。
・・・ラナは怖かった、恐れてはいけないとわかっていても・・・この手で人を、癒すのでは無く傷つけることは・・・甘い考えとわかっていても、正直恐ろしかった。
戦士として戦うと誓っていた。あの日、お許し頂いて戦いに出たの。
なのに、最も嫌うことをここに来て恐れる自分が情けなかった。戦うということ。まざまざと目前に魔道書が、その手に渡る。
優しいラナには、酷だった、戦場にいるのだから、戦えることを喜べばいいと思おうとした、でも出来るのだろうか、躊躇すれば自分や周りが危ない。
ラナは、味方であろうと敵であろうと、毎日散っていく兵士達や巻き込まれた民の為に祈りを捧げていた。
涙が止まらなくなりそうな日もあった。それを誰にも見せなかったが。
そんなラナが、武器を持つことになろうとは。
戦わなくては。ラナは、涙を拭い、新たな気持ちで立つ。

聖戦の終日が近かった。旗印として立つセリス、双子の兄と戦い勝たなくてはならない運命を背負うユリア・・・
二人の大切な、ラナにとってかけがえのない、自分を愛しく思ってくれるセリスさま、子供の頃からお慕いしていた、大切なセリスさま。
初めて会ったときから気がかりで、大変な運命と向き合う、親友の一人でもあるユリアさま。
ああ・・・グランベル王家の運命とは、なんということ・・・
わたしの悩みや迷いなんて、なんて小さかったのかしら。
ラナはそう思っていた、ただ、今は二人を支え、できる限りのことをしたいと思った。
ユリアは泣かなかった、見せないだけかも知れない。ラクチェやティルナノグの仲間も、仲間達は皆、今に集中し、大切な愛するものの為に戦っている。
エーディン母さま、どうか見守っていてください、わたしは最初に誓ったとおり、セリスさまのお力に、ユリアさまの支えに、みんなの為に戦います・・・。
ラナは旅立ったときが、随分遠いことに思えた。
ここまで皆が生きていてくれたこと、心から感謝いたします、と神に祈りながら。

聖戦はここに終止符を打たれた。
ラナは皆に祝福を受け、純白のドレスに身を包む日を迎える。
少女も時が経ち少し大人びて、少し背伸びしなくては届かなさそうだった、真っ白いラナの心を表すような花嫁のヴェールが、今はよく似合う年頃の花。
グランベルの新しき王、セリスの傍らには、いつも柔らかく優しく微笑む、本当のラナがそこにはいた。







後書き

ラナの台詞などから垣間見えるものを、私なりに考えて書いてみたものです。
気丈すぎるかも知れませんし、もっと可愛いほうがいいと思うかなあとは思いましたが、
強くも優しすぎる、ラナの姿をひとつのお話として書いたのがこれです。
クロニクルなんて付けてしまいましたが、他にしっくりくる言葉が思いつかなくて。
ラナは本当に素晴らしい人だなあと思います。その気持ちを表現してみたかったんです。
ちょっとシリアスで、カギ括弧の台詞のないラナ・クロニクルでしたが、
これはこれでひとつの物語として。
もちろんセリラナです。台詞も出番もゲーム内ではそんなに沢山ありませんが、その中で読み取った、私が尊敬するくらい好きなラナさんを書いてみたくて。
シリアスだし長くならないように、ハッピーエンドで幸せに終わるラナのストーリーでした。
解釈は色々あると思いますし、私もこれがめっちゃ固定で考えてるわけでもないですが、
愛をひとつ、表現したかったのでした。
読んでくださりありがとうございました!

2021/01/01(何故か正月に書いた。)




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