ヒーリングプリンセス・ショートストーリー「掃除のおじさんが見ていた」


神龍町という古い町の、三階建ての大型スーパーの、その三階。
見たところ中学生の少年が四人。
・・・少年に見えないのが一人いるが、周りの子と同じ様に夏服の学生服を
着ているところをみれば、少年なのだろう。
あ、あぁ、私ですか?私はここの清掃のおじさんです。
今日も仕事をしているのです。
私はお客の観察が好きでね。今日も観察に勤しんでいたのですよ。
・・・で、男の子が四人いたんですよ。あとから増えていきましたが。
続けていいですか?

 聞こえる会話によれば、中学一年生らしい。かわいいものだ。
ひとりは、最近新しく導入されたらしいカーレースのゲームに夢中だ。
たしか、中学生はこういったゲームセンター等の施設で遊んではいけないという
校則があるんだと、息子が中学生のときに文句を言っていたが、
この子達は気にもとめていない様だ。
その後ろで、早くかわってくれと言ってつまらなそうにしている
その四人のひとりの、背の小さな子。そのドングリ眼が、
売店のアイスクリームの方へ移ったあたりで、やっと順番が回ってきた。
「だあ〜ちくしょう。またおんなじとこで失敗したっ!コースケやっていいぞ。
俺もう小銭ねーやっ。」
「んー、あ、うん。あ〜、やっとだ。亮、やりすぎなんだよ。
またお小遣い止められるよ〜。」
亮君とコースケ君というのか。ちっちゃいのがコースケ君で、
占領していたのが亮君だな。
ははは、春に中学に上がったばかりだものなあ。まだ子供だ。
かわいいものだ。息子にもこんなときがあったか・・・・・。
お小遣いは、あまり無駄遣いしてはいけないよ。お小遣いは、
親の愛なんだからね。
さて、四人のうちのあとの二人はというと、クレーンゲームのところにいる。
その長い髪の、女の子の様な・・・いや、むしろ女の子にしか見えないのだが・・・
そんな可愛い・・・と言うと怒るだろうか。金髪だ。外人の子供なのだろうか?
その子は、クレーンゲームに夢中だ。
さっきから同じくまのぬいぐるみを狙っては惜しくも落としているから、
イライラしていてキレかかっている様だ。
・・・こういうとき、キレると表現すると若者っぽいかと思ったのだが
どうだろう。いや、
その後ろに、長身のもうひとりが、半ば呆れてずっと見ている。
こんな会話が聞こえてきた。
「あああああ〜〜〜〜〜!!!また落としたぁ〜〜〜!!!」
「羅良・・・まだやるのか。」
「るっさいっ。俺は今日この憎たらしい熊野郎をとっつかまえて帰らないと
眠れないこと必死なんだよ!!」
「はあ・・・。」
「100円!ああーっ無いよもうっ!!高いんだよ200円なんだぞこれ!
あー・・・50円だった・・・、あれ〜???ねェよ100円ちくしょう。」
「貸さないからな。」
「っ・・・先手打ったなこのやろ。」
「いい加減にしとけよ。」
「けっ。勇也にはこの悔しさがわかんねーんだ。見ろよ?熊野郎が
にやにやして見てる気がするぜ!?」
「熊野郎はかわいそうだろ。」
羅良君というのか。ららとはまた変わった名だね。それはぷーさんというんだ。
熊野郎は可愛そうだよ。その勇也君という子の言うとおりだよ。
しかしこの子はさっきからいくら使ったのだろう。お小遣いは
親の愛なんだ。しっかり考えて大事に使うのが、お小遣いの
醍醐味・・・愛なんだよ・・・。
そうやって、この四人の姿を見ながら、私は掃除をしていたわけだが、
この子らの見える場所を離れたので、また戻るまでその間のことは解らない。

 私は再び彼らのいるあたりに戻ってきた。間が空くこと約5分というところだ。
カーレース組とクレーンゲーム組が集まって四人になっていた。
このとき、私は彼らが四人組で来ていたのだなあ・・・と、妙な嬉しさを感じた。
バラバラなところにいた子供が集まっていく姿が好きなのだ。
ああ、君たちは友達だったんだね・・・。そんな喜びなのだ。
私はまたこの子達の会話に耳を傾けた。
「なーあ、あいつらまだ来ねえの?俺もう予算がギリギリなんだよな。
飲み物ひとつ買えない感じだぜ。喉乾いたなー。」
そう言ったのは、カーレースに燃えていた亮君だ。
「おれも何か飲みたいなー。」
コースケ君だ。
「水ならあそこにあるぜ?足でぐいって押してちょ〜って飲むヤツなv」
そう言ってウインクしながら指さしたのは、羅良君だ。
この子は・・・なにかといちいち仕草が可愛い。
女の子だったら、・・・もう少しお淑やかならばだが、モテたことだろうなあ。
「まあ、80円のカップのやつならおごってやってもいいけど。」
そんな気前のいいことを言っていたのは勇也君だ。
「今度返せよ。」
「それおごるっていわないだろ。」
亮君がじとーっとした目で言う。
「ケチで言ってるんじゃないぞ。けじめだろ。」
・・・・・真面目な子だ。こんなことを言う中学生はあまりいないなあ。
「80円くらいおごっとけよなー。俺、烏龍茶なっ。」
亮君がにぃと笑いながら言う。
「よっつ買ったら320円だもん。桐山の小遣いって一ヶ月千円でしょ。」
そう言ったのはコースケ君だ。勇也君は桐山勇也という名らしい。
「せんえん!?は〜。お前一ヶ月よく生きてられんな。」
烏龍茶のボタンを押しながら、今度はギョロ目で驚く亮君。
「俺コーラがいい〜v 大きいほうがいい。」
可愛らしい仕草でわがままを言う羅良君。
君は本当にかわいいね。男にしておくのは惜しいね。
そんなことを思っていたら、私の頭にある思惑がよぎった。
・・・まさかその年でニューハーフだったりしないだろうね?
そういえば長い髪をしている。
そういえば仕草がかわいらしすぎる。
むう・・・・・。
だが、聞いていると一番言葉遣いが悪いのも羅良君だ。
ぬう・・・。
そんなことを考えていたら、彼らは死角に座ってしまった。
会話は聞こえるだろうか。
聞き耳をたてる私を呼ぶ声がした。
「中西さん、お電話です。」
「は、そうですか。どうもありがとう。」
このゲームコーナーの係員をやっている後藤さんだ。
若いのにしっかりした娘さんだ。でも30近いらしい。
そんなことはどうでもいい。
私はそのとき、家内からの電話に邪魔されて、彼らの動向を観察する
楽しみを数分奪われたのだ。妻よ、お前には解るまい。
これだから、私はケータイなどは絶対持たないと誓っている。
家族が仕事中にかけてくるのは嬉しくないのだ。



 私が戻って来て掃除具を手に取ると、こちらの方へ数人の子供が
歩いてきた。掃除のおじさんとしては、きれいに掃除しつつ、
ここを通るお客さんに邪魔にならない様にしなければいけない。
そう、邪魔するのはよくない。
エスカレーターの方からやってくるその子供達のうちのひとりが、
私のそばをとたとたっと走っていった。
「ららちゃ〜ん、みんな!」
ああ・・・
私はまたしても、子供が集う喜びに出会うことが出来た。
「よお、とーぴー。お前って幸せ振りまいて歩いてるかんじだよな。」
羅良君がその子を、とーぴー、と呼んだ。
あだ名かい?
しかし、なにか、特徴がない様で特徴的でもある子だ。とーぴーくんと
いう、この子は。
「ごめんねっ。待った?」
「待った。待ってて破産しかけたぜ。」
羅良君、破産しかけたのは自分が悪いんじゃないのかな。
「ららちゃん、またゲームやりすぎたんでしょ。だめだよ、無駄遣いしちゃ。」
そう!そうなんだよ!とーぴーくんの言うとおりなんだよ。
あとから他の子も追いついて、中学生の団体になっていた。
その中にはいかにもまさしく外人の女の子もいる。
この子は間違いなく欧米人だろう。キツそうではあるものの、美人だ。
その子が口を開いた。その振る舞い、仕草は、どことなく女王様といった
感じを連想させる。高飛車というやつだ。
「待たせて悪かったわね。まあお陰で遊べた様だから良かったでしょ。」
すました目つきは少しばかり斜めに見下し加減な様な気さえするほどだ。
「・・・・・どうせキャニスはバカにすると思ってたぜ。
何だそのクイーンな物腰は?」
「羅良がゲーセンで遊ばない訳ないものね。なによ、Queenな物腰って。」
「本場の発音サンキュウ。キャニスの態度を一言で表してやったんだろ。」
金髪美少女の静かなる言い合いだ。・・・はたから見ると。
しかしこのキャニスちゃんという子は、日本語が流暢だ。
「あはは、僕たちは制服着替えてきたからね。君たちさ、
制服でこんなところにいたら見回りしてる先生がほっとかないと思うよ?」
羅良君とはまた違って、雰囲気からして男の子なのか女の子なのか
解らない、その子は言う。いや、女の子だな。
「ああー、本城の言うとおりかも。おれたちまずいかも。」
コースケ君がはたとした目で息を漏らす様に言う。
「んなん、だいじょぶだってv」
「だろ、みんなやってんだし、俺たちだけ注意されちゃー、
差別ってもんだろーっ。にゃはは。」
羅良君と亮君が二人して調子のいいことを言っている。いけないな。
「はん、まあいいけど、そのままグリディガンに行くつもり?」
キャニスちゃん、やはり君はクイーンな物腰だね。
しかしグリディガンとは何処ぞや。
「ああ、全くだな・・・。着替えに帰るべきだった。」
勇也君、君らはどこへ行くんだい?まあいいが。
「明日までに帰れるかなあ。宿題あるのになあ。
でもららちゃんが心配だしなあ。」
「別にとーぴーは来なくていいんだぜ?」
「堂戸は帰ってから桐山に教えてもらえるから安心だよなー。
そのまま間違い起こすなよ?セ・ン・セー?」
「くだらない冗談言うなよ剣谷。」
剣谷・・・亮君はなにやらおかしな冗談を言って勇也君に思いきり
睨まれている。堂戸というのは羅良君の姓らしい。
ぬぬぬ?中学生がそんな冗談を言ってはいけない。
そんな間違いが起きてはいけない。
む、羅良君は男の子なんだから起きやしないか・・・。
ああ驚いた。
「別にオメーなんかに教わりたくねェよーだ。だいたいいっつも先生ぶって、
全部俺にやらすだろ。だったらひとりでやってんのとおんなじだっ。
どうせなら答えも教えろってんだよ。」
「羅良の場合は監督してないとまずやってこないから、
仕方なく教えてやってるんだろ。
答えは自分で解かなきゃ意味ないの。」
「くぅ〜〜〜、この優等生が。」
羅良君と勇也君の形勢明かな言い合いで私は読みとった。
羅良君は勉強嫌いだ。宿題など、ほったらかして忘れたあげくに
そのまま寝てしまい、朝になって慌てるタイプだ。
反対に勇也君は真面目もいいとこらしい。優等生なのだな。
クラスで浮いたりしないのだろうか、そこまで真面目で・・・。
私は小学校の用務員の経験があるので、そんなことを心配してしまう。
は?おじさん何歳なのかって?まあ、おじいさんに近いですよ。
は、聞いてませんか・・・。すいません。
あ、あの子達がこちらを見ている。私は素知らぬふりで掃除する。

「なあ・・・あのおっさんさあ、いつまで掃除してんのかな。」
「ずっとやってるよね、ここらへんばっかり。」
「なんかこっち見て笑ってたりしてなかったか?ブキミだな。」
「・・・なんだろうな。」
「見てたよな絶対。なんか嫌だから行こうぜ?」
「そうだなー。」
「遊んでないで早くグリディガン行かなきゃね。
リトールが待ちくたびれてるよ?」

ああ・・・
行ってしまうんだね。
すまなかったね君たち、気付いてたんだね。
こんな仕事しかない寂しいおじさんなんだ。まだ家のローンが残っていてね。
息子の結婚式のためにも稼がないと、
ご両家ご負担・・・まあそれはいい。
こういうのもひとつのちいさな、幸せさ。
妻がさっきパート先から電話してきたけども、今日は給料日でね、
浮かれてるんだ。
ハイテンションというやつだ。
息子が東京から帰ってくるんだよ。
君たちを見て懐かしんでいたんだよ。
今日の夕食をどうしようか、わざわざ電話してくるあたり、
家内も浮かれている。
息子の花嫁は少し軽くて派手な東京の子だ。
これは、年寄りの偏見かな。
そんなわけで、観察が趣味になりつつある私は、ついつい度が過ぎた
観察をしてしまったね。
怪しいおっさんと思われたね。
君たち、グリなんとかがどこなのかは知らないが、遅くならないで
お家に帰るんだよ。
ご両親は心配しているんだよ・・・。


あ、ソフトクリームを落とした人がいる・・・。面倒だなあ・・・・・。



「アイスクリーム食べたかったなー。」  コースケが言った。


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サイト開設当時の小話です。
ヒーリングプリンセスという創作話のキャラを、客観的に見てるような哀愁漂うおじさんの一人称。
結構好評でした。



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