アプリコット姫を救え!!外伝・「すぅいーと・もんすたぁ」


その日の魔界はやっぱり暗かった。
魔界王ブラックペパーは、妻バケットへの贈り物を考えていた。
その日は、俗に言うホワイトディだから。
謎の魔界王妃バケットも、一応旦那様へのバレンタインディはしていたらしく。
うきうきと鼻歌を歌いながら、ブラックペパーは書物をぺらぺらめくっている。
「バケットは飴がいいのかな、クッキーがいいのかな?一番好きなのは砂糖菓子だよねー。
沢山あげたら喜ぶかな?量も質も愛を込めてね!ああ、バケットが笑ってくれたら僕が幸せになっちゃうなあ〜。」
・・・幸せな男である。
よし、これに決めた!と、ブラックペパーはなにやら呪文を唱え始める。
それは、召還の呪文。

ぼわんっ。

何を召還したのか、煙が立ちこめる。
わくわくとした瞳で、煙のあとを見るが・・・。
何もない。
「あれ??」
失敗、したらしい。
「おかしいなあ・・・。何か間違えた??」
その部屋には、妙に甘い煙だけが、立ちこめていた・・・。



「お前何そのプレゼントの山は!?」
アールグレイの声だ。
指差すのは、相棒ガナッシュの前にある、ホワイトディの贈り物の数々。
「何でだか、貰ったんだよ・・・。」
困ったような顔をしているガナッシュ。
「ホワイトディって、男が女の子にあげる日だろー?何でお前が貰ってんの!?」
「知らないよ、俺だって別に嬉しくない。」
アールグレイ、ガナッシュ20歳。
これは、アプリコット姫がさらわれたとかなんとかという話の、1年前のホワイトディの日である。
ガナッシュは、男女関係なくもてる。
憧れを抱く周りの人間は、ここぞとばかりに贈り物をする。
同じような現象にプディングも見舞われていたが、そちらは特に気にせず食べていた。
女顔の美形さんは、もてるのである。
「はーあ、羨ましいことでー。俺なんか自分でクッキー買ったんだぞ。別に誰にもあげないけど。美味いよこれ。食う?」
アールグレイは甘い物が好きである。
「あ、貰う。・・・ほんとだ美味しいなこれ。」
「昔バイトしてた店で売ってんの。これ好きなんだけどさ、なかなか買いに行けなくなってさー。」
「お前がバイトしてたのって、パン屋じゃなかったか?」
「パン屋だよ。・・・何で知ってんだ??」
「あ・・・いや、言ってなかったか、そういうこと・・・。」
「言ったっけ。」
呑気な会話の中、クッキーをぽりぽりと食べている騎士が二人いた。


「お姉様!カフェ様にお返しをしなくてはいけないわ!」
ミントの声である。
「お返し?何か貰ったかあいつに。」
ソファに横になりながら魔道書をめくるアプリコット16歳。
「バレンタインディのディナーのお返しですわ!カフェ様にはお手紙を出しましたの。
ドレスにお着替えになって?ああ、あの美しいドレスに着替えたお姉様・・・。
きっとお美しいわ・・・。カフェ様の驚く顔が目に浮かぶよう・・・。」
いつものオーバーリアクションで、ミントはひとりで夢心地に行ってしまっている。
「はあ・・・バレンタインディのディナー?ああ、あれね。
それで何で俺がドレスなんだ、ミントちゃん?」
「婚約者様をお迎えなさるのですもの!魔道のローブなんて似つかわしくないわ!」
「・・・・・で、何のお返しだよ。」
「何言ってますの!?今日はホワイトディなのですわよ!!!!!」
いちいちリアクション付きで、ミントはちょっと怒る。
「ミント・・・ホワイトディはさあ、男から貰う日じゃなかったか??俺様一応女だけど。カフェ一応男だけど。」
一応じゃなくてもそうであるが。
「バレンタインディに、お二人でディナーを召し上がったというのに、何もプレゼントされなかっじゃありませんの!!
だから、だから、今日はお姉様がカフェ様に贈り物をなさる日なのですわ!」
「はあ・・・。」
アプリコットは、まくし立てる妹にちょっと閉口している。
「っていうか、もう来てるし。おいカフェ、いつからそこにいんだよおめえ。」
一部始終聞いていたカフェラーテ、見つかってしまってやれやれと出てくる。
「まあ、カフェ様、お早いですわ。まだ用意が調ってなくてよ・・・?」
「いいよ、別にそんなこと・・・。アプリコットにそんなこと期待してないし。」
「じゃあ何しに来たんだよオメー。」
「ミントの手紙には、アプリコットが用があるって事くらいしか書いてなかったんだよ。」
「内緒にしておいて、驚かせようと思ってたんですもの。」
「ははは・・・。まあ、それこそお菓子は持ってきたから、お茶だけ用意して貰えると嬉しいかな。」
そう言いながら、しっかりアプリコットに手渡すカフェラーテだった。
「あ、美味そうだなこれ。」
綺麗な包みと箱の、菓子の詰め合わせを開いて、アプリコットは無邪気な表情を見せる。
なんだかんだ言って、この無邪気な顔を引き出せるのは、カフェラーテだけである。
「好きそうだと思って、わざわざ取り寄せたんだ、礼の言葉くらいは欲しいけどな。」
でも、その素直じゃないところが、余計なのである。
「あ?相変わらず可愛くねェな、別に頼んでねーぜ。」
こっちもなかなか大人気ない。
「いらないなら持って帰るけど?」
「ああ、じゃあさっさと帰れよ、何処へでも。」
「お姉様っカフェ様っ!!!ああっ、こうなってしまったら、意地の張り合いだわ・・・。
どうしたらいいかしら・・・。」
ひとりおろおろするミント。



一方、こちらは兄王子ラズベリー。
「プリンちゃん、逃げないでよ。ちょっとプレゼントしたいだけだから。」
「うるせえよ、何企んでやがるか知らねぇけど、・・・その包みは罠だ、罠!!」
いつものことながら、ラズベリーに迫られて逃げ場が無くなってきているプディング。
「罠ってねえ。ははは。お返しに来ただけだから、ほら怖がらないで?」
「お返しだあ!?オレは何かテメーにやった覚えはねェぜ!!!」
「ふふふ、先月の14日にね、ちゃんと頂いたよ。」
「は!?14日!??しらねえっぜんっぜんしらねえから、カリーに帰れバカ王子!!!」
プディングの背後にあるのは壁である。
逃げ場を失って、妙な迫力に押し負けて、だんだん迫られるだけになっている。
「ここをね。」
ふにっ。
と、プディングの頬を指で撫でる。
「は?!こら、よせって、やめろってバカバカバカ。」
「ここを貰ったからね、これをお返しに来たんだよ。」
何だかわからないという顔のプディング。
バレンタインディにも、わざわざからかいにやって来ていたラズベリーだったが、
その時しっかり、彼にとってはチョコレートより美味しいものをこっそり頂いていたのである。
「はい、甘いの好きだよね?」
「・・・甘いのは飽きるほど食ったぜ。」
「そうか・・・全く僕の可愛いプリンちゃんはモテるからね。
駄目だよ、僕の分は取って置いてくれなくちゃね・・・。」
「誰がお前のだ、変態。」
逃げ場が無くなっても、距離が数pになっても、プディングは負けないつもりだ。
でも、差し出された罠・・・小さな箱は、他意がなかった。
「普通のお菓子だよ。罠は仕掛けてないから。貰うだけ貰ってくれないと、帰るに帰れないな。」
「・・・やるなら女にやれ。」
「君はそこらの女の子より可愛いけどね・・・。」
「ばっ・・・かやろう。」
「じゃ、渡せたね。虫歯に気をつけてね〜。」
散々迫っておいて、引き際はあっさりとしている。
いつもである。
それが、段々依存症になりかねないのが、恐いところである。



魔法研究所から王城へ来ていたロゼ。
薔薇博士はいつでも人々の目を引く。
女性達の相手をするのに少し疲れたロゼに、声をかけたのはプレッツエルだった。
「博士!ロゼ博士ではないですか!」
「おや、君は確かプレッツエル君。」
「お久しぶりです!・・・あの、相変わらず・・・いや前にも増してお美しいです。」
「ありがとう。」
その美しい笑顔が、自分にだけ向けられていると思うと、プレッツエルは天国かと疑うくらいである。
その幸せは、あっさり破られた。

だだだだだ・・・・・

「何でしょう。」
「何でしょう、本当に・・・。」

「何だアレ!?斬っても効かないぜ!?」
「魔法を食らって大きくなるなんて!!!」
アールグレイとガナッシュが走ってくる。
「おいプレッツエル逃げろ!!!化け物がいる化け物がっ!!!」
「はあ?!・・・って、わああ!???」
ぶくぶくとした、やけに甘い香りを漂わせているその化け物は、何かを求めるように騎士二人を追いかけてきている。
「何ですかあれは!あんなものが城内にいるなんて、一体なんですか!!!」
「博士こっちです!」
プレッツエルはロゼの手を掴み、階段を駆け下りた。
化け物の方は、相変わらずアールグレイとガナッシュの後ろをのそのそとついてくる。
のそのそとしている割に、走らないと逃げられないくらいの速さである。
「プレッツエルーっその人連れてしっかり逃げろぉ〜〜〜!!!わああっ!!」
「どうしたら倒せるんだあれは!!!」
「わっかんねー!!!!」
「大体あれ何なんだよ!?」
「だからわかんねーって!!!!!」
「あれは魔物なのか!?」
「わっかんねーっちゅーの!!!!!!」
「わかんねえって言ってないで少しは考えろ!!」
「考えてもわかりません!ガナッシュに任せる!!!何か考えてくれよおーーー!!!」
アールグレイとガナッシュは、逃げながら怒鳴り合う。

ボウン!!!

爆風に化け物はたじろく。
「情けねぇなあ、アールグレイ、ガナッシュ!」
「アプリコット様!!」
「姫、こいつに魔法は・・・!」
アプリコットは、にやりと笑みを浮かべる。
「ものによっちゃあ、効くかもよ?」
のそのそと近付いてくる甘い香りの化け物に向かって手をかざす。
早口でややこしい精霊の御名を走らせると、熱風と渦を巻く水流が姿を現す。
「3属性!すごい・・・。」
物凄い熱さに、一同一瞬くらりとしたが。

じゅごぉ・・・・・

化け物は姿を消し、甘ったるい香りが立ちこめる。
「さ、流石アプリコット様・・・。」
アプリコットは化け物の残骸を確かめた。
「砂糖だな。何か、ケーキの食べかすみてぇな感じか。」
「さ、砂糖?」
「ああ。」

結局、それが何だったのか、未だにわからない。
奇怪な事件として、しばらく語り草にされる、ホワイトディ事件である。



「おかしいなあ、何で消えちゃったんだろう・・・。」
魔界にて、ブラックペパーは首をひねる。
「ケーキが現れるはずだったのに・・・。あれ?そういえば転移魔法と間違えたかも?
どこかで呪文間違っちゃったっぽいなあ・・・。もう一回ちゃんとやってみようっと。」



「俺しばらく甘いのいらねーなあ・・・。」
「俺もだ・・・。」
甘い香りにすっかりやられた騎士二人、しばらく甘味は口にしなかった・・・。
アプリコットは、しっかりカフェラーテの持ってきたお菓子を抱えて食べていたらしいが。

おしまい。


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はい、ホワイトディの甘いお話でした。
魔界王は2回目は成功したようです。
何かあほなのが書きたくなったので、1年前のお話などを。
最初の頃のノリが戻った感じで?

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