魔宝玉ヴェールビット 第一話 鈴を捜したプロローグ



少女はその日、少し年上の友人らと共に、屋敷内の宝物を見て遊んでいた。
その屋敷は少女の実家であり、父母には内緒で、こっそり宝物の部屋に入り込んでいた。
真面目な子らではあるが、そんな好奇心もある、少女もまだ13歳。
もともと、捜し物に入ったのだが、好奇心に火が付いて、宝物を見て回って楽しむうち、面白くなってしまったわけであり。
「こらこら、早く出るわよ、もう見つからないかも知れないし・・・目的以外の事はしないの。」
少し年上の娘が、そう言ってたしなめるものの、きらきらした瞳が止まらない。
「だって、なかなか入れないし、こんなにおうちに宝物があったなんて知らなかったし、もう少し見ていたいよ−。」
少女はそう言いながら、実家内の知らなかった宝物にきらきらと瞳を輝かせる。
「こうやってるとフィーヴィーもまだ子供だな。」
少年がそう言って、少女の側で笑っていたが。
「こら、あんたも同じよ、リノール。」
年上の娘、カリーナがそう言って弟リノールをたしなめる。
「そうだよリノールだって私と同じように見て楽しんでるじゃない。」
少女、フィーヴィーも笑いながらそう言って、だがすぐに宝に視線を移す。
「でもホントに・・・探してるのはちっちゃい鈴だろ、あれそんなに大事なのか、もうそろそろ出た方が、後で怒られるの俺たちも一緒なんだぞ。」
リノールは一見、蚊帳の外にいるようなそぶり。
「うーん、だってママに貰った鈴なんだもん、大切に決まってるでしょ。もうすぐ猫を飼う約束なの、そして猫にあの鈴を付けるの。それなのに、無くしたって言うの嫌だよ。」
「こんな所に転がすからだろ・・・もう音もしないし、あーもうそんな顔しないでくれよ・・・わかったから。俺も探してるから・・・。」
「うん、ありがとリノール。でもホントにこんなに宝物があったなんてびっくりだよ。」
そんな会話の側で、全くもう・・・と、カリーナはため息をつく。
「ごめんごめん、鈴・・・鈴っと。」
そんなカリーナの顔を見て、フィーヴィーもまた捜し物に戻る。
りん・・・と、そのとき音がした。
「あれ、鈴の音・・・?」
「あったか、って何でいきなり音だけするんだよ・・・?」
あれ、おかしいな、と・・・3人は耳を澄ましてみたり、見回してみたりするが。
そのとき今度は声がした。

「捜し物はこちらかな。」

「・・・誰?」
聞いたことのない声だった。男か女か、よくわからない、大人か子供か、よくわからない・・・不思議な響きの声がした。
持っていた剣に手をかけるカリーナとリノール。
誰、どこにいるのと、もう一度声をかけるフィーヴィー。

「そう、恐れることはない。ここだよ、少女よ。」

そう声がしたと思うと、部屋の奥で光が放たれる。
恐る恐る、光の元へ寄ってみると、そこにはひとつ、宝玉が、丸い玉があるだけ。
こんなのここにあったかと、思いつつ、側に寄ってみる。
再び、その宝玉は光を放つ。
そして、また声がする。
「お主らを長年待っていた。フィーヴィー、お主を待っていたよ。私を手に取ると良い、私はヴェールビット。選ばれしマスター・フィーヴィー、私をお主の手に取るときが来た。」

「光る・・・声がする宝玉?」
「おいおい・・・誰か腹話術でもやって、俺たちをからかっているんじゃ・・・」
「フィーヴィーのことを知ってる、誰よ・・・!」

「お主ら私を信じておらんな・・・!?」

ヴェールビットと名乗る光る玉は、再び光を強く放つ。
フィーヴィーはその手に、恐れることもなく、その丸い何か不思議な光に触れ、持ってみる。
「おいおい・・・」
リノールは冷や汗をたらすが。
「そうだ、マスターよ。」
丸い、ヴェールビットはそう、なんとなく機嫌良さげに言う。
「ねえ、マスターってどういうこと?ええっと、ヴェール・・・なんとかさんは、どうして話すの?これって何かの通信の魔法とか?」
フィーヴィーは不思議そうに、ヴェールビットを手の中で転がしてみたり覗き込んだり。
「いいや、私が話しているのだよマスター。私はヴェールビット。」
そのとき、部屋の外から、今度は知った声がした。
「おい、なにやってんだ、お前ら。」
びくっと、光る玉よりもこちらの方が驚いたようで、3人は肩を大きく震わせたが。
そこにいたのは、長い銀髪の、一見美しい青年で。
良く知った、親の知人、詳しく言えば、リノールとカリーナの叔父にあたる、ラティアンという名の男である。
「お、おっさん、何でここに居るんだよ。」
リノールが声をかける。
「おっさん言うな。それはこっちの台詞だろーが、なにしてんだ、宝物の部屋じゃねーのか、ここは。俺はちょっと寄ったんだけどな、便所に寄ったらこっちから声とか光とか見えるから・・・なにやってんだ、だから。」
ラティアンは、美しい容姿から放たれるわりには粗雑な言葉で返す。
「ごめんなさい、えっとね、ママから貰った鈴が転がっちゃって、ここにあると思うんだけど無くって・・・そしたら、これが光って喋って・・・あっ、そういえば鈴!」
わけがわからない顔をしているラティアンをよそに、鈴をまた捜し始めるフィーヴィー。
「ねえ、ヴェールビットさんはさっき鈴はどこにあるって言ったっけ。」
光らなくなった手元の球体に、話しかける。
「私があった場所をよく見てみるといい。」
その声に、今どこから誰が喋ったのかと、ラティアンは目をきょろりとさせるが。
「あ、あったー!あったよ鈴!ありがとう!おかげで目的は果たせたよ!」
「良かったな、じゃあさっさと出ようぜ。」
「うん。」
手元の球体を元に戻して、部屋を出ようとする。

「ちょっと待たんかいお主ら!」

ヴェールビットは怒声を放つ。
「ええと、宝玉も元に戻さないと、怒られちゃうし。ありがとう不思議なヴェールビットさん。」
平然と笑顔で、フィーヴィーは返すが。
「待てマスターよ、私はお主に持ち主になって貰いたいのだよ、フィーヴィーよ・・・。」
ヴェールビットの声は困っている。
「いや待てや、何でそんな丸いものから声がするんだよ、何か変な物があるんだな、宝物っていうか何なんだよこれ。」
ラティアンは不思議そうな顔で、だが妙に平然として見ている。
「ヴェールビットさんは私のものになりたいの?」
「さんはいらぬよマスター、私はお主のもとにあって、初めて力を成すもの、手にしたときがそのときだ、さあ私を手にするがいい。」
フィーヴィーとヴェールビットの謎の会話を端で見て、カリーナとリノールはそれは不思議そうだ。
「喋る謎の球体・・・」
「これ、ヴェールビットという名がある、変な物を見るような目で見るのはよさぬか。リノールよ。」
「俺のことも知ってるのか?!」
リノールは少し、謎の球体に真実味を感じてきた。
「大概のことは存じて居るよ、カリーナ、そしてラッティのこともな。」
なんとなく得意げに感じる言い方のヴェールビット。
「俺がその呼び方されることも知ってるってか、なんだこいつ。ちょっとこれが何なのか、聞いてみようか。」
ラティアンは、持ち主と思う、家主に聞いてみようと言うが・・・そこではたと思い出す、何故自分がここにいるか。
そう、家主たる、フィーヴィーの両親は出かけている、自分はいわば子守役だった。
「あれ、パパとママ、もう出かけちゃったの?」
「あー・・・お前らはどうせそこら辺で遊んでるだろうからってよ、俺に任せるっつって出かけたよ、はいそうでした、だから探しがてら便所に・・・。」
「便所はもういいよおっさん。」
「おっさん言うなリノール。」
そうか、とフィーヴィーは、ヴェールビットを手にしながら、思考は別にあるような顔。
「鈴を付けてあげる猫を迎えに行ったんだよ、わーい楽しみだなあ。」
「へー、猫か、良かったな、鈴も無事見つかったし、あとはこの謎の球体が・・・」
全員、ようやく、謎の球体に目を向ける。
心なしかちょっとご立腹な気がするヴェールビット。
「良いかな、私はこのときを待っていたのだ・・・なのにお主らときたらまるで漫才だ、いやそれはともかくだ・・・私はマスターの元へと来たり。主らはこれから、数々の出来事を体験し目にするだろう・・・全てはこれからだ、運命は開かれり・・・」
長々と語り出しそうなヴェールビットに向かって、フィーヴィーは言う。
「よくわからないけど、私のところに来たいってことはわかったよ、パパとママが帰ってきたら、ちゃんとそれでもいいか聞いてみるね、それまではとりあえず持ってるよ、それでいいかな。」
「その必要はない・・・良いか聞くのだ、これから少し辛いことになるが・・・フィーヴィー、父と母は今は帰ることはならぬ・・・だがそれも、これからお主らの力で助けることが叶う、落ち着いて聞くのだよ、今・・・父フィールと母ヴェルジャンヌは魔の手により危機にある。」
ヴェールビットは静かに語り出す、そこにいる全員・・・「は?」というような顔で見ている。
「・・・ちょっと待って、何か嫌な予感がする・・・!」
フィーヴィーが突然表情を変えた。
そのときだった。
「親父・・・!」
銀髪の少年が、走ってきたと思うと、危機迫る表情で言うのだ。
その子はラティアンの息子であり、知らせは戦慄するものだった。
「大変だ、フィールさんとヴェルさんが・・・行方不明だって言うんだ・・・!」
「ええっ?!パパとママが・・・」
「何・・・、どうしたアズルマード、落ち着いて話せ、何があった、誰がそう言った?」
ラティアンは息を切らしている息子の肩に手を置いて、落ち着かせつつ聞く。
「よくわからんけど・・・母さんが早く知らせろって・・・途中でぱったり馬車が見えなくなったって、知らせが来て・・・母さんは今何か剣を手に取ってたし・・・よくわかんないから俺は、ただ親父に知らせようと思って・・・」
アズルマードははあはあと息を切らせつつも話す。父ラティアンはよしよしと頭をなでる。
「よしわかった、お前らはここから、家から出るな、アズルマードお前もここにいろ。俺はちょっと確かめてくるから。」
ラティアンはそう言うと、立ち上がり出ようとするが、カリーナが前に出る。
「待って、私も行く。」
「カリーナ、お前はここのガキどもを頼む。いいな。」
「・・・わかったわ。」
戦慄するまま、不安な顔のフィーヴィーの頭をなでると、ラティアンはリノールにも言う、こういうときは、ちゃんと側で守ってやれよと。
「言われなくてもそうする。」
リノールはそう言うと、フィーヴィーの手を取ろうとするが。
そこには謎の球体。
「ラティアン、早く行ってやると良い、妻はひとりだぞ。」
ヴェールビットは淡々としているが。
「く・・・何かしらねえが玉ころの言うとおりっぽい、行く。」

「玉ころ・・・」
ヴェールビットはつぶやくようにこぼしたが、誰も気づかない。

ラティアンが走って家に戻ると、妻であるビエンラッテが魔物と一人で戦っていた。
ビエンラッテはかつて死神の如く恐れられた剣士、ひとりでも余裕ではあったが、それでもひとり、息が上がっていた。
「ビエンラッテ!おいこれは何がなんだ、大丈夫か!」
亭主の帰りに、妻は不敵な笑みで返した。
「遅いぞラッティ、流石に数が数・・・後で話す、応戦しろ。」
「はいよ。」
ラティアンが帰ってきたとき、家は、小さな町は、魔物に襲われた後で、どうもほとんどを妻が倒したらしい。
町民は避難して、ただひとりビエンラッテは残っていたようだ。何が何だかわからないが、とりあえずこの魔物らを片付けなければどうにもならないようで、ラティアンは使っていた剣を一度放し、もうひとつの剣を柄から抜く。
「ちょっと、雷神がお怒りだ。雷魔神の剣ギャニ・トーニャ、久しぶりに使うぜ。」
そう言いつつ、剣を振り落とすと、魔獣らに一斉に雷撃が走り、次々にかき消えた。
「お前が最後か?!」
そう言い放ちつつ、ラティアンとビエンラッテは、共に最後の一匹を斬った。

「で・・・何があったよ、これは。フィールさんとヴェル姉さんは、どうしたんだ。」
落ち着いて、妻の答えを待つ、しばしビエンラッテは黙り、息を吐く。
「馬車ごと・・・襲われたらしい。最後の目撃がそれだ、それきり、馬車ごと見えなくなったそうだ、何があったかまではわからん、が・・・その報告を聞いた途端、町に魔獣が一斉にな・・・わかるのはそれだけだ、すまぬ。知らせの知らせだ、詳しくは何もわからん・・・。」
ビエンラッテは淡々としていたが、苦い表情だ。

そこへ、「ガキども」はやってきた。
「お前ら・・・待ってろって行ったろ!」
「ごめんなさい、止めたんだけど・・・どうしてもって言うから。」
カリーナは申し訳なさそうだ。
「ヴェールビットのこと、信じることにしたの。」
フィーヴィーは、いつもの脳天気な瞳ではなかった。
「私は天より来たりしもの、これらのことは私は知っていた、が動くことが叶わぬゆえ、待つしか無く、すまないことをした。が、ふたりは無事だよ、魔の手により捕らわれているようだ。」
ヴェールビットは語る。その言葉には温かみがあった。
「ヴェールビットの言うことはもどかしくていけねぇな。全く俺がいながら、これじゃ兄貴とカレン姉さんにも申し訳つかねぇ、で・・・俺たちはどうすればいいんだ、知っているなら教えてくれよ。」
兄とカレンというのは、リノールとカリーナの親であり、フィーヴィーの両親とも親しい仲にあり、その中でラティアンは責任を感じたが。
「そのときはどうにもならなくとも、これからどうにかすることは出来るものだよ、まずは聞こう、旅立つ覚悟はあるだろうか。長い旅となろう、まずは・・・」
長く語りそうなヴェールビットだったが、邪魔が入る。
「玉っころが大した口をきくわ、悪いけど、邪魔させてもらうわねえ。」
そこに現れたのは、女、見たところ魔の手先。
「ジーグレッダ・・・貴様魔の手先か。」
「何でもお見通しの嫌な玉っころだこと、初対面の女性の名前を名乗る前に知っているなんてねえ・・・。まあいいわ、そこのお嬢ちゃん、悪いけどここでお終いよ。」
ジーグレッダと呼ばれた女は、長い爪先をフィーヴィーに向けた。
「何だか知らないが、俺が居る、心配するな、フィーヴィー。」
剣先を女に向け、リノールはそう言った。
そこに現れたのは、白い猫だった。
「みゃーあ!」
飛びかかった、猫が女に。
「きゃあああああっ、なによこの猫っ。」
すたっ、と猫は降り立つと、少女の姿に変わる。
「ご主人様の身はこのミラが守りましょう、覚悟。」
ミラ、と名乗った猫の化身は、手のひらから白き光を放つ、ジーグレッダは怯むように顔を覆いつつ、苦し紛れの言葉を残してその場から去った。

「何かもう、立て続けに色々すぎてわけわかんねーけど、助かったよ・・・猫?」
ラティアンはミラを見つつ、消えた女の居た辺りも見つつ・・・こぼすように言う。
「はい、ミラと申します。私はフィーヴィー様に飼われるはずの猫でして、なんとか逃げてここまで来ました、途中神のご加護を受けまして、こうして人の姿まで得ました。」
ミラは笑顔だ。
「ミラさん・・・?パパとママは、大丈夫なのかな・・・知ってるの?」
いちばん、気がかりなことをフィーヴィーは聞く。ミラは答える。
「はい、フィール様が応戦なさいました。ヴェル様は私を守ってくださって・・・でも危険だからと逃がしてくださったのです。私はご恩を感じまして、せめてご主人様となる方の元へとはせ参じようと思い、ここにおります。月の女神様は仰いました、私に力をくださると。そして、女神様はおふたりの御身を守ってくださるとも。」
「応戦・・・ってことはだな、何者かが襲ってきたわけだよな、ミラさんよ、何奴だったかわかるかい。」
ラティアンは続けて、問うた。
「月の女神の加護を受けてここに来た・・・か、ヴェールビットのこともそうだ、不可思議なことがいっぺんに起きててわけがわかんね。ってか、わかってるなら黙ってねえで教えろ、ヴェールビット。」
「私からでよろしいですか?」
ミラがまず答えようとする。ああ、と促す。
「何奴か・・・魔の手でございましょう、黒い翼を持つ、子供のような魔の使いでしょうか・・・。先ほどの女もおりまして、なんとか追いつきました。」
そうか、と一同ミラからヴェールビットに視線を移す。
フィーヴィーの手の中で、その丸い謎のものは、やれやれと言いたげで。
「お主らはなかなか聞いてくれぬから応えられないではないか。この先、あの手の輩も、魔物も出てくるだろう、主らは神に選ばれた、マスターお主もね。私にもわかっていることと知らぬことがある、知ることわかることは伝えよう。
フィールとヴェルジャンヌを襲ったのは、まずこの血筋を絶やしたいもの、そして・・・マスターを消したいものだ。私がマスターのもとへたどり着くことも、ずいぶん邪魔があったようだ。」
ヴェールビットが言うには、フィールはフォレステインの国の血筋のものであり、ヴェルジャンヌは月の女神と天使の加護を過去に受けている、特別に純粋な光であるらしい。
つまり、フォレステインの血筋がフィーヴィーにも流れていて、女神と天使の加護の力をも受けし、ずいぶん特別な光の存在だと。
そして、自身のヴェールビット・マスターとしての運命を受けたものであると。世界はまだ平静を保っているようで、既に闇はうごめいている。
それを、食い止め救うことが出来るのが、マスターの元に集いし戦士達。それを告げることが、まずヴェールビットの役目であったと。
これから、旅立つ覚悟はあるだろうか、幼きマスターには酷なこと、わかっていると。だが、フィールとヴェルジャンヌのことは予兆にすぎず、これからあちこちで、起こりうることの前兆にすぎない。
「今一度、聞こう。旅立つことに、迷いがなければ、このヴェールビット、動くことは叶わぬが力になろう。マスター・フィーヴィー、リノール、カリーナ、ラティアン・・・まずはその方らが旅立つといい。仲間は自ずと、集まろう。」
ヴェールビットは、そこで長い語りを止めた。
「はあ・・・何かとんでもねえな。あのフィールさんが王族の血をかよ。」
ラティアンははあー・・・とため息。
「私、行くよ。パパとママを巻き込んだ悪い人は許さないから、私しかできないならやります。ヴェールビットは持ってるとすごくあったかいし、止められることがいっぱいあるんだったら、動かなきゃ!信じることにしたんだもん、私をマスターにしたってことは、私しか出来ないことがいろいろあるんでしょ。」
フィーヴィーの瞳は、宝物にきらきらと好奇心を輝かせていたあの瞳とは違って、子供の幼さがなくて。それを見たリノールは、拳を握りしめた。
「何だか知らないが、フィーヴィーが行くって言うなら俺は・・・守っていくだけだ。一緒に行く。・・・けど、許せない、どうしてこんな小さな子にそんな役目を、そんなに淡々と告げられるもんだな、丸いの!」
リノールは、それまで黙ってため込んでいた怒りをあらわにする。
「お主の言うのはもっともだ、リノールよ。」
ヴェールビットは妙に優しげに返した。
「この野郎・・・。」
リノールは拳に力を入れて、震わせた。
「待ってリノール、怒らないで。私が行くって言ったんだよ、ヴェールビットは必要なことを教えてくれてるの、感謝してるよ。」
フィーヴィーはそう、リノールの拳に触れた。
「・・・お前がそう言うなら、わかった・・・。けど、俺は心からそいつを好きにはなれねえよ・・・。」
「リノール・・・。」
そんなふたりのやりとりを見ていた、ふたりの姉のようなカリーナは、黙っていた口をようやく開いた。
「リノール、気持ちはわからなくもないわ、でもこれは、真実として受け止めなきゃ。私も信じるわ、そして私も守るわ。母さんがヴェルさんを守っていたように、私達はこの子を守っていきましょ。」
かつて、カリーナはよく聞かされていた、母カレンは、ヴェル様ヴェル様といって、親衛的に彼女を、深窓のおてんば令嬢を守っていたという話を。そのように、自分もなりたいと思うことが無くもない。妹のようなフィーヴィーを、弟リノールをも、守り包めるならと思うことはしばしばだった。
「姉貴・・・わかってるさ。でもな。」
そうこぼしたリノールの言葉に続いたのは、ラティアンだった。
「リノール、もう言うな、わかった、俺はお前らの保護者だ、それを頼まれてた、そいつは俺が引き受けたことだしな、元々。じゃ、支度して、落ち着いて、それから旅立つか。」
「ラッティ・・・お前は行くのか、わかった、なら私は・・・」
妻、ビエンラッテはアズルマードを抱き寄せながら言う。
「悪ぃなビエンラッテ。お前はガキもいる、残ってくれるな。」
ラティアンは妻に向かって言う。
「本当なら私とて、再び剣をとり共に行きたいところ、だが仕方あるまい。母というものの気持ちはわかっているつもりだからな。お前はその子らを守り抜け、約束しろ。」
妻の言葉は、夫の胸に刻まれるだろう。
「やれやれ、何年たっても、しおらしくなってくれねえよ、怖い母ちゃんだ。アズルマード、母ちゃんを頼んだぞ。良い子にしていろよ?」
「わかっているよ親父、俺は親父と母さんの子だ、男の約束は守るぞ。」
アズルマードは、まだ幼いながら、強い瞳で父親の瞳に返した。
「いい子だ。」
父として、アズルマードの頭に手を乗せながら、にいと笑う。

「私は飼って貰えますか、ご主人様。」
ミラは、フィーヴィーに向かってそう言う。
「ご主人様はやめようよー。ミラはとっても賢い猫なんだね、人に見えるけど、私と同じくらいに見えるけど。あ、そうだ、お約束として、これをミラにあげるよ、ママの鈴!」
「ありがとうございます。」
それは、ミラにとって宝であり、皆にとってきっかけだった。
「さあ、支度したら、いてもたってもいられないよね、明日にでも行こう。」
「フィーヴィー・・・元気だな。」
「だってリノール、パパもママも心配だし・・・ねえ、次はどうしたらいいかな。」
ヴェールビットに聞く。
「まず、フォレステインの国へ向かうといいよ、道筋にはいろいろと拾う物があることだろう。森林の国へ向かうといい。」
「わかった、明日からフォレステインの国に旅立とう、パパの生まれた国なのかな、楽しみ!」
「楽しみねえ・・・いつまでも小さくないわね、私も負けていられないわね。」
カリーナは、妙に頼もしげに見える幼きフィーヴィーを内心心配しつつも、口ではそう言って。
「今日はもう、日も暮れる。今日くらいは振る舞おうか。そしてゆっくり休め・・・。」
ビエンラッテは、小さな料理店を切り盛りしているから、今日はご馳走を振る舞おうと。ラティアンと結婚してから料理を始め、料理店の無愛想な看板娘として過ごした。
明日は、久しぶりにその夫としばし離れることになると思うと、少しばかり寂しくも思える。
昔は死神ビエンラッテと畏怖され、近づくものは斬り捨てる日々であったのに、この男はそんな自分を恐れることすらなく、友として過ごし、愛してくれた。
凍っていた心を解かしてくれた。荒んでいた気持ちを温めた。そして、様々な出会いももたらしたものであったが、ここにきて、運命とやらが動き出したらしい。
「母さんは、寂しいか。」
「そうだな・・・お前も寂しかろうな。」
「俺は、男の約束があるから寂しくなんかないぞ。」
「そうか、頼もしいことだ。・・・いいか、アズルマード、母の血であるランベルテスの民は、人のつながりや絆、優しさ温かさ、気持ち・・・なによりそれが人と世を動かすと言う。母の母・・・お前のばあさまが、そう言っていた。わかるか。」
「わかる・・・けどちょっと難しい。」
「そうか。」
「しばらく川の字で寝られなくなるな。」
「寂しいか。」
「寂しくない。」
そんな、母子の会話を、支度をだらだらしながら聞いていた、ラティアンだった。

その日の夜は、町を守ってくれた料理店夫婦にと、差し入れもずいぶんあり、一同は楽しく美味しい食事の時を過ごし、早めに休んだ。
慌てたのはフィーヴィーの家に仕える人々だ。エルバニア家はおてんばな娘ばかりらしいと、誰かがこぼしたものだ。
子供達を連れて行くというラティアンに、大体のものは反対して怒りもしたが、押し切って旅立った。家の当主を連れ帰るからと。
まさか、謎の宝玉のことなどは、一切語らない。


続く・・・

戻る