第2話・精霊界エルメテラと十二の龍





羅良は、裕也に通算12回程、他愛もないスマホの無料ゲームで敗北させられたのち、実に悔しげな顔を隠しもせず、堂戸家の邸宅へ帰宅する。
堂戸家の敷地も屋敷も、それは広い。羅良も全部把握していないらしい。
「あああああ~アイツ絶対、俺に勝たせるとかいう気、全ッ然ねーよ!勝たされても嬉しくないけど!裕也の野郎、何であんなに強いんだよ、ろくにやってないゲームな筈なのに何でだ、俺練習したし弱くねーのに~!」
散々悔しげな台詞を、廊下で吐き捨てながら。
吐き捨て、と言うには可愛らしい内容だったが。
そんな、長い髪の後ろ姿を、突然使い古されたランドセルが襲う。
危うく激突するところ、寸で避ける羅良。
「なーにすんだよ、危ねえだろが!流輝ッ!」
堂戸流輝(どうど・るき)、羅良の弟である。流輝はまだ小学生だが、背丈も兄よりは伸びそうな勢いで、家系なのか揃ってキラキラの美形であり、やはりやんちゃな様子だった。
「バカ兄貴、またカレシさんに負けてきたんだろ、いい加減あきらめて嫁にでも行けば~?」
口は減らずの育ち盛り。
「兄貴を女扱いすんじゃねっての!誰がカレシだ馬鹿やろ。」
「顔赤いぞ~、似合いじゃね?」
「ルキ、本気で殴られてーか?」

そんな、兄弟のいつもの口喧嘩。喧嘩腰だが、羅良は流輝を本気で殴る事は出来なかったりする。
俺は兄、弟を殴るのは男のすることじゃねーの、と。実際、優しいからだったりもする。
そんな口先だけの喧嘩をしながら、長い廊下を歩く。すれ違う、堂戸家にお仕えするみなさんには、おかえりなさいませと声をかけられる。
やんちゃなお坊ちゃんが二人、実にお仕えしている方々からすれば、どちらも可愛らしいが。
流輝は、どう見ても少年なので、どう見ても美少女な兄貴にしてみれば、色々ちくしょうめ、である。

その後ろに、二人の姉である、玲麗依(れりい)が突然、と言うか二人が気付かなかっただけとも言うが、現れる。風呂上りらしい。
湯上がり美人は、ヒラヒラしたキャミソールワンピース一枚で、廊下に涼みに来たらしい。
姉ちゃん、なんてカッコしてんだよ、と羅良、
姉さんノーブラ、セクシーだなぁとか、ませガキ流輝。

「ららちゃん、榊さんの所の、えーと、速水さんと姫月さん、来てるからね〜」
そう、告げられる。探偵事務所のボディガード、羅良を担当する、速水という男と、姫月と名乗る、榊さんの養女らしい、歳は羅良とそう変わらなさそうな少女。
ああ、めんどくせーなー
羅良の心境、探偵事務所にまで、何か知らないが護衛がついている。何かにつけて守られる身、うんざりする程に守られる。そんなにガキかよ、俺って。

「兄貴って、何であんなに厳重に守られんの?」
流輝の問いに、玲麗依は考えの読めない表情で、
「まあ、あの子は特別なのよ。・・・ルキ君、もし、お兄ちゃんに何かあったら、守ってあげてね、結局あの子は、優しいから。何があっても自分より周りの方を守りたい子なの、だから、強くなりたがるし、人一倍強がりよ。」
まあ兄貴はそうだよな、と。でも、問いには答えてもらえない。
兄貴の、羅良の癒しの力は知っているが、実際に流輝は見たことがなかった。
まーね、危なっかしい外見美少女の兄貴だ、悪い人に狙われやすいのかなと、なんとなく思うけど。
流輝には、今のところ何かの特別な力は無いようではあったが、兄貴の事は実は、掴みどころのない姉よりは扱いやすいし、なんだか放っておけないし、結構好きだったりする弟ではあった。


速水と姫月、榊探偵事務所のワンツーである。
榊さんは社長業、実際動くのは速水。
「まさかお姫様の護衛だなんて、何のファンタジーなんだろ。」
暇そうにスマホを手でこねくり回す、姫月ナツメ。
「今日も、怪しい女が、お姫様、いやお坊ちゃんの姿を見ていたと、報告が入ってるからな、何の手の者かまだわからんが、いざとなったら武器使用有りとのことだ。」
速水豊樹、榊探偵事務所事実上ナンバーワン。
武器、すなわちアンクレスタ。ナツメは楽しみだなとか、少し好戦的な瞳をキラリとさせる。
「やめとけナツメ。出来ればお坊ちゃんには傷ひとつつけるなっていう事でもあるんだぞ。」
「いいじゃん、傷ひとつつけなきゃいいんでしょ。」
「榊さんのメンツに傷がつくだろうよ、滅多にない大仕事なんだぞ、続いてくれれば、少しは貧乏事務所の潤いにもなる。」
「馬鹿親父のメンツはどうでもいいけど、まあそろそろこのスマホの機種交換くらいはしたいんだよなぁ。」
榊さんの探偵事務所、実はあまり仕事が、最近は入っていなかった。
そこに来たのが、この大仕事である。要人のと言うかお姫様の護衛。
ややこしい事情があるらしい、お坊ちゃんの身を守れという。


一方、美鈴。
今日も喫茶店の店主、アイスティを淹れていた。
客、結構よく来る、ちょっとボーイッシュな女の子。
「はい、どうぞ、アイスティの、ガムシロップは使わないんだっけ?」
そう言いながらアイスティをテーブルに。
「レモンは欲しいです。」
スマホをアイスティに向ける、その少女。
姫月ナツメ、その人であった。
「ナツメちゃん、またサボって来てる?大丈夫?怒られないの?」
心配そうに声を掛けたのは、真珠で。
「大丈夫、あたしにも気分転換の時間くらい必要って事で。」
ナツメは余裕である。アイスレモンティーの氷をからからとかき混ぜて、写真を撮っている、実に余裕かつエンジョイしている。サボりタイムを。
今日のお茶を、手慣れた手つきで撮影し、SNSに投稿している。
別にそんなにフォロワーがものすごい大勢いるわけでもない、普通の個人のアカウント。
「店名入れてタグにしたいけど、イヤなんでしょ」
「そんな、有名にならなくていいんだよ、知る人ぞ知る田舎の喫茶だし。」
「美鈴さん、勿体無いなぁ、美味しいから宣伝したいのにな〜」
「まあ、いいからいいから。そんな客増えても大してもてなせないからさ。」

否、商売はする気がないから。
あくまでカムフラージュの拠点に過ぎないから。
少し前に、美鈴は、行き場のない少女を二人拾い、喫茶を始めた。
アンクレスタで家族を失ってしまったという真珠、理由は定かではないが逃げていて、行き場のない杏樹。
そして、バイトとして料理の腕を持つ透を雇い、一応格好はついて喫茶マルガリータは出来た。
アリソンはあくまでも客で、普段は別行動だが、一番良く来る常連ではある。
真珠達には二人の使命も、本来の姿や名前も、戦う事も伝えず。
喫茶マルガリータ、それは秘密の拠点。普段は普通に田舎の喫茶。
雪ヶ丘は高台の、ひかり町の北のはずれにある。

ふと、喫茶の戸が開く、男が一人、入ってくる。
「いらっしゃいませ、って速水さん?!」
真珠の甲高い声。
「すみません、うちのサボリが来てませんか。」
速水は、そう言いながら店内を見回す。嫌な顔をするナツメを見つける。
「やっぱり居たな、ナツメ。仕事中にサボリはやめろと何度言わせるんだよ全く。」
「暇なボディガードめんどいから。姫様も別に元気でしょ。あたしがいなくても速水さんがいれば用は済むじゃん。」
実に嫌々な、ナツメである。
「なになに、お姫様のボディガードがお仕事なの?何処の国のお姫様なのかなあ?!すごーい!」
真珠は興味津々にお姫様というワードに首を突っ込む。

お姫様のボディガードだァ・・・?
美鈴の頭の中で、巡るのは、まさか癒しの姫の護衛ってのは、榊探偵事務所・・・
つまり、面倒くせえ事にこの速水とナツメは、姫の護衛かも知れねえと?
あり得るな、榊さんトコはアンクレスタ使うらしいからな・・・

怪訝な面持ちで速水とナツメを見やる美鈴に、速水が気付く。
この二人、なんとなく馬が合わないのか、仲が良くはない。
「店長さん、ナツメは連れて帰るんで、お代は俺が。いくらですか。」
ナツメにはそこそこ優しく話すが、美鈴にはなんとなく愛想もない。
素っ気なく財布を出して小銭を数える。
「たまには休みも必要だぜ、速水君よ、ナツメちゃんも疲れるときだってあらあな。」
「いくらですか。アイスレモンティーなら小銭で足りますね?」
「可愛くねえ野郎だな、相変わらず。まあいいわ、アイスレモンティーおひとつでコレだよ」
レジを打ち、値段に指差して、目は合わさず。

「行くぞナツメ。」
「あ~もう、わかったよ、帰ればいんでしょ、仕事めんどいなぁもう・・・ごちそうさまでしたあ~」

帰って行く二人を送りもせず、美鈴はスマホを手に取っていた。
送信相手、アリソン。今得た、もしやの情報を文字で送る。
返ってきた返信、真相。
「間違いない、調べていた。榊探偵事務所が、姫の護衛なのは調べがついてた、今からそちらへ行くところだった」
と。
こりゃあ、いよいよ、下手したら速水とナツメと一戦交えるかもってヤツか?
いや、アンクレスタ持つ相手にコッチの手のうち見せられないからな、どうしたもんか。
ま、アリソンが来てからでいいか。

「美鈴さぁん!サボってスマホいじらないで、全くもぉ!」
何も知る由もない真珠、サボってるようにしか見えない店主にイエローカード。


速水がナツメを連れ帰ってみれば、護衛対象、羅良が家にいない。

「お出掛け中じゃあ、仕事出来ないじゃん?今日は帰っていい?」

「馬鹿か、護衛を何だと思ってる、時々黙っていなくなるな、あの坊っちゃんは。探すぞナツメ。」

「ハイハイ、速水さんは仕事熱心でナニヨリですよ。」

そんな会話をしながら、二人は羅良を捜す為、提供されている情報を頼りにあちこち当たってみる事にした。
当の羅良が何処に行ったかと言えば・・・
提供情報外の場所。


そこは精霊界、精霊の国エルメテラ。
まだ若き精霊の女王、フェリスリーズが治める、それはファンタジーな美しき世界。
この世界には、いくつもの時空の違う世界が存在しており、エルメテラもまた、そのひとつ。
美鈴(レイヴェル)が居た世界もまたそういった時空の違う世界であり、ひかり町のある人間の世界もそれは時空が違い、そして魔界といわれる闇の世界も存在する。

羅良は、いや羅良達は、精霊の国エルメテラの王宮にいた。
カキーン!シャッ!ダーン!
青い髪の男性に、裕也はふっ飛ばされていた。

「裕也、もっと腰を低く、剣は強く振ればいいというものではないぞ」

「はい、もう一度お願いします、リュカイオンさん!」

剣の修行、というか、裕也は時々この、女王フェリスリーズの兄であるリュカイオンに、手合わせを頼んでいる。

癒しの姫、羅良を守る十二の龍、そのうちのひとりが、光龍である裕也。
彼らは、[龍の衣]を纏う、まあ、平たく言うとファンタジーっぽい衣装なのだが、力を纏うその龍の衣を装備する時は、[龍纏(ドラゴンフォース)]の力を使う。
他にも、羅良と裕也の周りにいる、いつもの連中、剣谷亮は天龍であり、三田航介は翔龍、
紫多藤乃は水龍で、森葉月は地龍、羅良のいとこの本城陸は守護龍、キャニス=ファウラーは戦龍といったところだ。
まだ、十二龍は揃ってはいないが、癒しの姫を守るためにいる、龍の力を秘めた戦士達である。

美鈴とアリソンは、その存在を探していたのだが、すれ違っているのか、惜しいところで。
目をつけたのはいいところ、的中といったところでも、護衛の速水達が邪魔で、近付くに近付けないでいた。

羅良達に話を戻すと、裕也の剣の修行を眺めながら、守られる姫様は、今日も文句たらたらだった。
裕也達の龍の衣は割とかっこいいファンタジーな衣装なのだが、癒しの姫はなんだか少し趣が違うようにも見える、和装のような、白に紫色のグラデーションが美しい、着物ドレスにも近いようなデザインだ。
何が文句たらたらか、かっこいいどころか女かよ!どこまで姫扱いすれば気が済むんだ!
姫だけあり、といえばいいか、癒しの力を強く使った時や、龍の衣を纏う時は、正真正銘の女の子の体になってしまうのが、不満で仕方ない羅良である。
その衣が、女性用にしか見えない上に戦闘に向かないようにしか見えないのも、文句たらたら。

「いい加減あきらめて、癒しに徹したほうが色々まとまると思うけどなぁ、ま、無理か。」
とか言うのは亮で。

「堂戸君、綺麗なのに〜あたし羨ましいくらいよ、あたしは戦闘向けより、綺麗可愛いのが良かったわ、あたしのもそれなりに可愛いとは思うんだけど・・・」
藤乃は根っからの乙女タイプなので、そういう意見だ。

まあとにかく、この癒しの姫さまは、この姿になるたびに、多少なり不機嫌になる。


こんな異世界にいるのだから、速水とナツメがいくら捜そうが、見つかるわけがないのであり。
帰ってきた羅良は、友達と遊んでたとしか言わない。
実のところ情報が、肝心なところが一番足りないのは、護衛の探偵事務所なのであった。


美鈴は、タブレット端末で動画を流し見しながら、アリソンと相談、してるようで呑んでるだけのような気もするスタイル。
流し見されてる、回転数も結構な歌い手達の、スターライブというグループの、なかなか良い歌の動画。
ハリのある歌声が流れる中、美鈴とアリソンは、中身だけレイヴェルとアリオスに戻ったように、会話を重ねていた。

「要は、癒しの姫と十二龍は見つけたも同然だろ、だけどよ、榊探偵事務所がめんどいな。」

「それなのだが。精霊の女王に当たってみては。」

「は、フェリスリーズ女王にか?」

「情報収集していて知った、姫と思われるお坊ちゃんは、しばしば姿をくらますようでな。友人達も一緒と思われる。これは、もう彼らは精霊界かもしくは魔界、異世界に足を・・・」

アリソンのいう事は当たりだ。
たが、今の美鈴とアリソンには、世界を渡るすべがない。

「風牙のファリエの名を覚えているか。」

「ああ、神出鬼没の風の牙、風の精霊ファリエだろ。」

「彼女を見掛けた。」

美鈴は少し驚いたように、呑んでいたハイボールのグラスを落としそうになる。
ファリエは、実際羅良達を精霊界に導いた存在だ。
美鈴とアリソン、いや、レイヴェルとアリオスは、精霊界エルメテラに行ったことはある。
狙いは当たっているが、行くすべが今、無い。

と、思っていた矢先。

窓の外から、コツコツと、窓を叩く音がする。
おい、ここは二階だぞ?と、怪しみながら顔を見合わせて。

「あら、開けてくれないのかな」

その声、聞いた声だ、それは。
カーテンを開けると、そこには、風牙のファリエその人が、ふわふわと浮かんでいたのだった。


「お久しぶり、勇者レイヴェルにアリオス王子。なんだか面影はあるけれど、すっかりお姉さんなんだねえ。」

風牙のファリエ、女王フェリスリーズ直属の、風使い。
正しく風の如く、現れた、窓から。


続く。





2024/04/13



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