ヒーリングプリンセス 第1話・ひかり町、雪ヶ丘。





そこは、とある王国。少年剣士が二人、夜を駆ける。
一人、レイヴェル=シャイアン。金髪のやんちゃそうな少年で、手には白く輝く剣を持っている。
もう一人、アリオス=ルーデルベルク。その国の王子であり、黒く輝く剣を持っている。
レイヴェルとはまた違い、クールな面持ちの黒髪の少年だ。
二人は「聖剣」持ちであった。それは誰でも持てるものではなく、その聖剣によって持ち主は違う。レイヴェルは白炎と呼ばれる聖剣を持ち、アリオスは黒蝶という細身の聖剣を持っている。

二人はその時、大魔導師ディアナ・・・銀月の聖剣を持つ、その少女の姿の魔導師のところに来ていた。聖剣とひとえに言っても剣とは限らず、ディアナの聖剣、銀月は杖である。
聖剣は、「クレスタ」と呼ばれ、持ち主を「クレスティア」と呼んだ。

クレスティアの少年二人、大魔導師が杖を振りかざすと、光に包まれる。
「レイヴェル、アリオス。この術を使えば、しばらくは解けないからね。後悔は無いな?本当にいいのだな。」
ディアナの声がする。光に包まれた少年二人に迷いは無いようだった。
「おうよ、いいからさっさとやってくれよ。俺達は必ず・・・やってやるぜ。」
レイヴェルの声。
「ああ。俺ももう後に引く気は無い。やるしかないのだからな。」
アリオスの声。

光に包まれた少年に、更に呪文の詠唱による光の魔法を注ぎ込むディアナ。
「聖剣は使えるが・・・力はかなり抑えられた状態となる。まああまり目立っても困る、どうか、上手くやってくれ。私に出来る事がこれしかないのは・・・」
ディアナが詠唱の中で零した台詞にも、動じた気配は無いレイヴェルは
「いいからさっさとしてくれっての。」
と、歯を見せてにやっと笑顔を見せた。

大魔導師が詠唱を終え、光はシュウ・・・とおさまる。そこに、少年達の姿は無かった。



ひかり町の雪ヶ丘、そこは住宅街の外れの喫茶店。
金髪の美女が、その店のマスターだ。が、寝ている。昼間っから寝ている。
「美鈴さんっ、みーすーずーさぁ~ん!!起きてよ~!」
ウェイトレス、いうよりはメイドさんか何かの様な衣装の少女、名前は若草真珠(わかくさまじゅ)という。黄色い声で店主の居眠りを必死に起こす。
隣に、ボーイッシュな少女、ウェイトレスというよりはウェイターといった服装。
「マスター、起きないと頭にこれ、浴びせるけど。」
冷たい氷の入ったグラスを、ボーイッシュな彼女、堀井杏樹(ほりいあんじゅ)は美鈴の頭にがしっと乗せた。
「・・・ったく・・・どうせ客もいねぇんだから、いいだろうが・・・ふぁぁ。起きりゃいいんだろ、起きりゃよ。」
およそ言うことが美女ではない、美鈴。杏樹の手から氷入りの水をふんだくってぐいっと飲んだ。
「げほっ!!なんだこれ、水じゃなくて炭酸水じゃねぇかよ!」
美鈴は水と思って思いきり、きつめの炭酸水を飲んでしまい、むせていた。
「水とは一言も言ってないし。」
杏樹は顔色も変えずにそう言う。
「もぉ、杏樹ちゃんもやりすぎ!それにお客さん、いますからね!」
真珠の黄色い声。
「まったくもう、笑われてますよ、ほらほら、美鈴さんはしゃきっとして下さいね、真珠ちゃんと杏樹ちゃんは俺を手伝ってよ、少しは。」
その声は、青年だった。喫茶マルガリータの料理担当、院守透(いんすとおる)だ。
バイトだが、美味しい菓子など、何故か女達よりもうまく作る。

「ふふふ、美鈴ちゃん、寝ていたところ悪いけど、アイスコーヒーお願いしていいかしら?」
黒髪の、これまた美人。アリソン=フォレスと名乗る、美鈴の昔なじみ、来られる時はしょっちゅうやってくる常連の一人だ。
「あ、おまえ居たのかよ。ってか何度聞いても慣れねぇな、それ。・・・なりきりやがって。」
美鈴がぼそっと言う。
「あら、美鈴ちゃんはもう少しお淑やかにしなきゃダメね~。っと、今日はとっておきのお話があるんだけど・・・コーヒーまだかしら。」
そのアリソンの言葉に、美鈴は急に真面目な顔になる。
「おう・・・何かいい話か。・・・ああ、おまえら少し休憩していいぞ、コーヒーは俺・・・アタシがいれるから。」
「あ、そうですか。じゃ、真珠ちゃんと杏樹ちゃん、俺の試作品の味見でもしてくれないかな。」
透がそう言うと、真珠は嬉しそうに、杏樹は無反応気味に、キッチンに消えていく。

へいおまち、と喫茶らしくもない台詞でアリソンにアイスコーヒーを持ってくると、美鈴は向かい側の席に腰をおろす。
何かわかったのか、と真面目な顔で。
アリソンも、先ほどまでの柔和な女性とは思えない凛々しい面持ちに変わっていた。
「姫を、見つけたかも知れない。」
「マジか・・・!で、姫は、癒やしの姫らしい力を持ってんのか。」
「そうだな、まだ未熟だが、確かに傷を癒す力があった。外見特徴もそれらしい美しさとアメシストの瞳を持っていた・・・がな。」
「・・・おう、なんだ、濁しやがって・・・何か問題があるのか。」
美鈴の問いに、アリソンは難しい顔で答える。
「・・・何の力かわからないが・・・男の子、なんだよ。普段は。ディアナが何かした訳ではないだろうし・・・癒しの力は他でもないと思うんだが、うん・・・あまり調べると見つかるしな・・・。」

癒しの姫と十二の龍を探すことは、まず美鈴とアリソンが・・・いや、レイヴェルとアリオスがこの町、ひかり町を拠点にして密かに行う極秘任務。
そう、天地美鈴とアリソン=フォレスとは、大魔導師ディアナの秘術により姿を女性にカムフラージュの為に変えた、レイヴェルとアリオスに他ない。
そして、癒やしの姫を探し出すことは、今時点の目標だった。
癒やしの姫とアリソンが見た、少年というのが・・・ひかり町の名家堂戸家のご子息、堂戸羅良(どうどらら)だった。
羅良の姿、それはどう見ても美しい少女だ、輝くプラチナブロンド、アメシストのような癒やしの紫の瞳。アリソンが撮ったスマホの写真を見ながら、美鈴も頷く。
だが、姫であるはずの存在は、どういうわけか、男子高校生としてひかり町の高校に通い、まるでガキ大将のようなやんちゃさを発揮しているという。
あまり調べると、なにせ相手は名家のご子息、怪しまれると調べられなくなる。
「カムフラしてんのかな、姫様も?」
美鈴は写真を見ながら不思議そうな顔をしている。
「何の必要性があるんだ、俺達はダークの奴らから姿をくらます為でもあるが、姫が男で生まれているなんて、データがパンクするような話だぞ。」
アリソンも撮った写真を何枚か、スマホの中から見せながらそう言う。
「可愛い子だな、ららちゃんは。つーか、お姉様が盗み撮りはヤバイんじゃねーの、そりゃあ、怪しまれるわ、ちょいと行きますか、本人見てみねーと俺もわかんね。」

店を透達に任せて、美鈴はアリソンと共に姫の様子を見に行くことにした。
いい加減な店主だったから、いつものことだと3人もなんとも思わず送り出す。
アリソンとは、よく知らないが腐れ縁の友人だと聞かされている。ごゆっくりというところだ。

一方、ひかり町中央高校。
「だー!!!もう一回ッ!!裕也てめーずるいぞ!」
姫君もとい、ご子息の妙に高い声が響く。
「羅良、いい加減に諦めろよ。何回やっても同じだぞ。」
裕也と呼ばれた男子生徒は余裕だ。
羅良と、羅良曰く永遠のライバル桐山裕也(きりやまゆうや)は、他愛ないゲームで勝負していた。勝負を挑む羅良、仕方なく応じてるわりに余裕で勝つ裕也。
周りの友人達にも笑われるが、羅良だけは真剣に、裕也に勝とうとしている。
笑いながら、友人の一人剣谷亮(つるぎやりょう)が、もうやめれば、と言いつつ勝負回数をメモしている。メモを覗くのは亮の親友、三田コースケ。見れば10勝0敗で裕也の圧倒だ。
「あんたも大人げないわね、たまには手加減して負けてあげてもいいんじゃないの。」
そう言うのは、キャニス=ファウラーというブロンドの気高そうな少女。
「わざとで勝っても嬉しくないっつーの!余計なこと言うな、11度目の正直で、俺が勝ぁつ!!もう1回だ!」
そんな、美鈴とアリソンのターゲット、堂戸家の子息は実に子供っぽくてやんちゃだった。ただ、確かに傷を治す不思議な力を持っていた。本人も、自分がそういう存在なのは知ってはいた。ただ、彼等にも彼等の事情で、それぞれが持つ力を、明らかにするわけにはいかなかった。
十二龍、姫を守る者。そのうちの数名は彼等であり、龍の力を密かに鍛えている。
堂戸家こそ、いにしえの血筋、聖なる神の龍の血筋を守る名家。
そして、羅良こそが、この世に生誕した、癒やしの姫その人である。
アリソンの狙いは当たっていた。だが、安易に近づけなかった。面倒なことに、何者かに羅良がつけ狙われていると思われ、探偵事務所に護衛を依頼していたのだ。
榊探偵事務所、所長こそ人の良いダメなおっさんだが、他の面子は精鋭だった。
この世には、聖剣クレスタを模擬して作られた、人工の擬なる聖剣「アンクレスタ」が存在する。
アンクレスタを使う者は、大まかに良くは無い存在が多かった。故に美鈴達としては、本物を持つみぎり、アンクレスタを使う者達とよく一戦交えている。
榊さんのところは、別に悪いところはないのだが、探偵業というわりには、アンクレスタを用いてボディガードなんかもやるので、正に美鈴達としてはお近づきになりたくない存在だった。
美鈴とアリソンは、その存在が真の聖剣使いと知られてはいけない。
何のために姿を変えてまで、この世界に来たか。
闇の組織ダークから、この平和な世界を守るためだ。異世界からやってきて、真の聖剣を持つと知られては、かつての白炎の勇者レイヴェルと、王子アリオスがここにいると知られるわけには、今はいかなかった。

大魔導師ディアナは、遥か遠くの異世界から二人を見守る。
その異世界は、戦乱のあと。まだ若き女王マルガリータは、ダークに飲まれた隣国と戦い、勇者と弟王子を、異世界に逃がし・・・真の敵を探し出して、世界の希望、癒やしの姫を守って欲しいと・・・敗戦の国に残り、祈り続ける。
ダークの手は、平和な世界にも伸びている。大義を胸に、白炎の勇者レイヴェルとマルガリータの弟王子アリオスは、世界を救う糸筋を模索していた。

大魔導師ディアナは二人に鍵をかけた。
世を忍ぶ勇者、強すぎて目立ちすぎるその光の力。
今は辛抱し、癒やしの姫と十二龍を探し出す。
「すまぬな・・・レイヴェル、アリオス。私にはこのくらいしかしてやれん。どうか、上手くやってくれ。わかっている・・・二人の悔しさを。マルガリータを、国を救いきれずにいる二人の悔しさは・・・わかっている。」
ディアナは銀色の杖を手に、遠くを見るように。


「確かに、可愛いけど、ホントに癒やしの力使えてたのか、あのロン毛坊や。」
美鈴の台詞。
「確かよ、あの隣でゲーム対戦してる背の高い方の男子の傷、治してたから。・・・でも、何か不思議なのよね・・・負傷していたの、転んだりとか、普通のケガにしては・・・。」
アリソンは首を傾げる。
それを聞いて美鈴、
「おめーはバカか、あのイケメン君、ダークの奴らにやられた可能性考えなかったのかよ。」

「・・・・・・あ、そうか。それはまずい。」

「アリソン、おまえ時々ボケかますのいいけど、今はやめろ。姫・・・だと奴らも嗅ぎつけてやがるか、じゃあ、動くしかねえな。」


続く。



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