第31話 覚醒


魔界城スパリゾートで、彼等はすっかり気が抜けていた。
その日も、結構美味しい魔界城ビュッフェディナーで夕食。何かを忘れそうな、結構楽しい魔界城滞在ライフ。
だが・・・それは長くは続かない。

「魔界王様!」
魔界四天王が一人アルデンテが、魔界王に急の知らせを届ける。
「どうしたの、そんなに慌てて・・・まだアプリコット姫のためのアイテムは出来てないよ。」
「大変です、魔物の軍勢が・・・こちらに近付いております。」
「ええ?!・・・それは・・・こちらに敵意を示していると言うことなのかい?」
「・・・はい、囲まれるのも時間の問題かと・・・」
魔界の魔物が、事もあろうに魔界を統べる王城に敵意を示して襲いかかろうとしていると。
既に魔界の兵が、守りを固めていたが、報告に寄れば魔物の様子が何かおかしいと。
凶暴化した魔物の軍勢、報告なんてしている間に、城まで到着。凶暴な目をギラギラさせた、ヤバそうな魔物が、城門を突破した。

「考えてる時間なんてくれないわよね。あたしだけでは・・・みんなを守れるかわからないわ・・・。」
いち早く気付いていたが、魔物の軍勢までやってくるとまでは考えていなかった、ミントの姿のシュガー神。
アプリコットの中にいるソルト神、カフェラーテの中にいるビネガー神が、シュガー神にテレパシーのようなもので語りかける。
「私はアプリコットの負担になるわけには行かぬでな、今は出られん。だが、みんなを信じてはみないか。人の力を、信じようではないか。」
「俺とて同じだ。カフェの姿で戦うよりは・・・彼の力を信じたい。」
でも・・・あの軍勢と、なにかまがまがしいものが近付いているのは確か・・・それとみんなを戦わせるのは、まだ無理ではないか、そう思っていたシュガーだったが。
考えている余裕は、もうなかった。

「何かものすげー数じゃねーかよ!」
魔物の軍勢を、幸せビュッフェの後で目の当たりにしたアールグレイは、なにこれ、まるで天国と地獄かと零した。
「やるしかないだろ、中には弱ってるアプリコットもいるんだ、魔物を城に入れないようにしなきゃ!」
勇者の剣と言われるヴァルクス・レイを構えるプディング。一同頷く。

頭上に、別のまがまがしい邪悪な存在が姿を現す。暗黒の破壊の女王、ヴァ・ナーナ。
「ククククク・・・壊せ壊せ。妾はお前達が嫌いなのじゃ。一番嫌いなのはあの魔道王女かのう・・・皆、残らずここで消してくれようか・・・。」

「何か上に居るぞ!」
「・・・女?あいつが魔物の頭か?」

「聞くが良い、弱き人の子らよ・・・妾はヴァ・ナーナ。この世界全てを壊し、作り直し、統べるものよ・・・妾はお前達のような、弱いくせにキラキラした目の人というものが大嫌いじゃ、残らず・・・光の芽は摘んでおかぬとなァ!魔物に食われたいか、それとも・・・妾直々に・・・ヤってやろうかのう・・・ハハハハハハ!」

何かヤバイのがいるぞと、魔物と戦いながらもみんな、その存在の圧力に嫌なものを感じる。
いきなり大ボスの登場みたいな、そんな感覚。
「何だ・・・あれ。とんでもねぇ力を感じるな。いいもんじゃねーな・・・くっ、今の俺じゃ・・・戦うのは・・・」
アプリコットが、流石に落ち着かなくなったらしく、姿を見せる。
「お前は無理をするな!今は僕達に任せろ。」
アプリコットを守るように、側で剣を構えたのは、カフェだった。
唇をかみしめる。なんでまた、こんなことになってるのか、あのケバケバしい色の恐ろしい力を放つ女は何なんだ。どうして、自分が何も出来ないときに、こんなことになってるんだ。
魔王、なんていうものじゃない、もっと・・・なんだか恐ろしく、そう、無駄に恐怖などをかき立てる存在。
自分の中の魔王と、戦っているアプリコット、魔王なんて呼ばれる力なんて、嬉しくない。
正直なところ、それが一番引っかかる事かも知れない。

「来たか、小娘。思ったよりも弱そうな顔じゃのう。ただの小娘じゃな。」
ヴァ・ナーナはアプリコットを見やる。
「ダメだ、下がってろ!ここは、勇者の子孫の力、見せてやる!」
前に出るプディング。魔物達を斬り裂いて、自慢の速さで猛攻に出る。
アールグレイ達も、その卓越した剣技などで魔物をバタバタと倒している。ガナッシュがあえて前に出ずに、攻撃力や守備力の底上げの魔法でカバーしている。傷を負えば素早く回復する。聖剣カティナスは、魔物には効くが、技量が足りないのはわかっているので、ここは補助に回った方がいいと判断した。
ここで活躍している人もいる、ロゼの聖術は、覚えて間もないわりには、効き目は抜群の慣れきらない聖術を次から次へと放っている。
あとは、なにか吹っ切ったのか、ここで弱っているわけにはいかないと思った、グラニューの妖精花法が炸裂している。
「喧嘩屋グラニューさん、復活よ。」
隣で、大剣を振りかざす、フレークは、
「復活したのか、散々泣いてたヤツが、随分元気になったもんだな。」
と、嬉しそうにしながら魔物を叩き潰していく。
「みんなが頑張ってんのに、ひとりで泣いてるなんて、喧嘩屋の名の方が泣くってものよ。」
「そうか、じゃあ、後でご褒美に可愛がってやるよ。」
「ぶっ・・・ここでそういうことを言うんじゃないわよ!」
顔は、ちょっと不敵に、笑って。

「ちくしょう、守られるってのは・・・性分じゃないな・・・。」
アプリコットはまだ迷っていた。この魔力を放出したら、もしかしたらなんとかなるかも知れない。だが、それで仮に・・・自分がどうにかなったら。それこそ、魔王にでもなってしまったら・・・自分の意識が無くなってしまったりしたら。
それが、正直怖い。そんなことは初めてだった。カフェに叱咤する元気はあるくせに、自分は臆したままかと。

「力を解放してやった魔物も・・・あっという間に消えよるわ。弱いのう・・・そろそろ、妾が直々に少し・・・遊んでやろうか。」
ヴァ・ナーナのどす黒い力が、放たれる。その破壊力たるや、凶暴化魔物なんて比ではない。魔物も巻き込んで、応戦する魔界の兵をあっという間に潰してくる。
「く・・・迷ってる暇なんて、ないか。」
アプリコットはよろよろしたまま、進む。
「待て!お前は今は・・・無理だ!下がってくれ。」
「そうだよ!そんな体で何する気なんだよ、オレたちに任せろよ!」
カフェと、プディングが止めようとするが、それでも進もうとする。
「やるつもりなの、アプリコットちゃん・・・?」
シュガーが、声をかける。
「ああ・・・あのヴァ・ナーナとかいうヤツはマジで、何かそら恐ろしい力を感じる。放っておくワケにはいかねぇヤツなのが、なんとなくわかる。ここは・・・勝負してやるよ、俺の中の、魔王に臆してる弱い俺とな・・・。」
「そう。なら、信じなさい。あなたの中には、聖神ストロベリーの力と、魔王と呼ばれた者の力と、あなた自身の力と、共存しているわ。どれもあなたなのよ、それをひとつにすることが出来るのは、あなただけよ。」
シュガーは、そう諭す。
「ありがとよ。・・・カフェ、頼みがある。」
「な、なんだ?」
「俺がもし、何か失敗したときは・・・俺が俺でなくなったら・・・その時は、なんでもいいから俺を止めてくれ。お前にしか、頼めないことだからな。」
「な・・・いや、わかった。大丈夫だ、お前が負けるわけがないだろう。信じるから、お前も自分を信じろ。」
「おうよ。」

アプリコット・・・そんな覚悟しなきゃならないのかよ・・・
オレ、こんなところで親友を失いたくないよ・・・。
プディングは、勇者の力というものが、自分にあるのか、本当にあるのかと、半信半疑でいた。
血は引いてるらしい、そういう一族だと言われて育ってきた。でも、それで何かあっただろうか。
ヴァルクス・レイだって、神様がくれた力に過ぎない。本当に、オレは勇者なのか。
プディングの頭によぎる、今までずっと隠した思い。

「プリンちゃん!!危ないッ・・・」

油断した。気付いたら、目の前には、自分を庇って、ヴァ・ナーナの攻撃をもろに受けたラズベリーの背中があった。
「ひとり・・・片付いたかの。」
ヴァ・ナーナの声が響く。
な・・・そんな・・・まさか。
プディングは絶句した。無事でよかったと、崩れて倒れる、ラズベリー。
「あっ・・・兄上・・・!」
「ラズ様・・・!!」

「ちょ・・・っと、待てよ・・・なんでお前そんなことすんだよ・・・お前そんなヤワじゃないだろ・・・。死ぬなよ・・・オレ、こんなところで・・・仲間を失うのはイヤなんだよ・・・」
零れた涙が、顔を伝って、ラズベリーの頬に落ちる。

怒った。
泣いてる場合じゃない。プディングの目が、ヴァ・ナーナを鋭く睨む。
「テメー・・・よくもやってくれたなぁぁぁ!!!」
ヴァルクス・レイが、いや、プディング自身が、光のオーラを放ち出す。
一撃。届かないと思っていた、近付くことも容易ではないヴァ・ナーナに、一撃、食らわせた。

迷うな。
アプリコットは、力を集中させていた。
フラフラした体で、しっかり立って。今まで抑えることだけを考えてきたものを、放出するのは、コントロールするのが容易ではない。
周りが頑張ってるのに、何で、自分は守られていたか。最強の魔道王女、グラン・セージの名が廃るというものだと。
自分が迷ってたせいだ。受け入れたくないと思っていた、自分の中にあるものなのに。
魔王になんて、なるものか。俺は俺だ。全部自分の力だと、どうして思えなかったのか。
プディングが、勇者の力に覚醒していた。
どうやら、そういうことだ。
あのラズが、一撃で倒れるくらいということは、自分が食らったら、今は死ぬかも知れない。
なら、一撃で決める。

「小癪なものよの・・・だが、その程度か。よく頑張るが・・・勇者というのは、その程度か。小さいのう。まあ、妾に近付いたのは褒めてやろうか。次は、小さいのに、しようかのう。ハハハハハ・・・!!」

「負けるか!!てぇいやぁぁぁぁぁ!!」
勇者の力が、不安定ながらも徐々に増している。
だが、狙われて、食らってしまえば、勇者といえどもただではすまないだろう。
アプリコットは精霊神の御名を唱える。
今なら、出来る、今に伝わる中で、精霊魔法最大級、精霊5柱神の御名の呪文。

「シュガー・・・ソルト・・・ビネガー・・・ソイソース・・・ミーソ!」

ミーソが力を貸すのかという、思いはあったが・・・使ったこともない最大級魔法を、いきなりぶっつけ本番で放つ、無茶苦茶だとも思う。
けど、このくらいはやらないと、相手が相手だ。

最大級、精霊魔法。
何も見えなくなるくらいの、目映い光。
神々しいまでの、光が溢れる。

「のれ・・おのれ・・・覚えておれ・・・・」

重傷を負ったヴァ・ナーナは、その場から逃げた。
魔物達も全部、消え去った。


「やった、か。逃げられたのか・・・惜しかったなぁ。」
アプリコットは、なんとなく、自分の手を見る。
何か、どうこう変わった気もしない。さっきまでの具合の悪さはどこにいったやら。
少なくとも、俺は・・・自分には、勝てたかな。

「アプリコット様、大丈夫ですか?」
「ああ、何か、なんだったんだってくらい、なんともないぜ。それより、プリンとラズは・・・?」
プディングの方は、呆けている。
いきなり色々やり過ぎたか、脱力していた。
「一応は・・・勝てた?」

ラズベリーも、致命傷には至らず、意識はあった。
みんなが側で、回復の力を使うが、それでも重傷なのには変わりなかった。
「らしくないことすると・・・こんなものかな。・・・まあ、よかった・・・グッ・・・いてててて・・・。」

喋らなくていいから、と言われて、とりあえず一言。
「プリンちゃんも・・・アプリコットも・・・かっこよかったよ、痛たたたたた・・・。」




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