第30話 アプリコットとカフェラーテ




魔界王がアプリコットに作ってくれるという、魔力制御アイテムが完成するまで、
一行はしばしの間、魔界城リゾート施設を堪能していた。
何故かこの城の中には、リゾート施設が充実しており、温泉から温水を引いているプールなんていう施設まである。
プールでリゾート気分を味わい、その後は温泉で休むとか・・・魔界とは思えない充実の内容である。
流石に水着なんて持ってきているわけもないが、無料でサイズに合う水着を、提供してまでくれたので、彼等は温水プールスパリゾートを堪能している。
何せ普段は男の格好している女性陣が妙に多い面子なので、真の男性陣は大層リゾートにありがとうと思っている。
そりゃあ、初めて見る彼女らの水着姿は大層眩しいものであり、ええっ?!そんなにスタイル抜群だったの?!みたいな、まさに眼福極まりないもので。
別にそんなに刺激的な水着でもないのに、いつもとのギャップがものすごすぎて実に、眩しくも可愛い・・・ってヤツである。
最初は、ロゼやプディング辺りは渋ったが、着ないとスパリゾートが味わえないと思えば、まあいいかと思い切ることにした。それほどに魅力的なリゾート施設だったのだ。
「こんなプールとか温泉とかあるなんて、ここはホントに魔界かよ。何か色々忘れそうだなあ・・・癒されるけど。」
そう言ったのはアールグレイで。魔界のフルーツのトロピカルなドリンクを、意外と美味いなあとかも言いながら。
「いいじゃないか、ちょっとご褒美だとでも思えば。しばし忘れても、いや忘れてはいけないな・・・こんな良い待遇が受けられるなんて、本当にびっくりだけど。」
隣でピンクのドリンクを飲んでいたガナッシュが、そう返す。
「だよなあ。ってか、ガナッシュ・・・その姿勢やばいから・・・谷間が眩しいんですけど・・・」
「わっ・・・どこを見てるんだ!こら!」
「だだだだってよ、否が応でも目に入るって、その態勢だと!」
「見下ろすな~!お前の方が遥かに身長高いんだから、仕方ないだろ~!!」
ガナッシュもアールグレイも赤面しながらこれである。ガナッシュが165センチなのに対して、アールグレイは180センチあるので、どう頑張ってもガナッシュは見上げるしかなく、アールグレイは見下ろすしかない。そりゃあ、そんな視界なら否が応でも目に入る。
こうなると、いちゃついてるようにしか見えない。

「プリンちゃん、ドリンクはフロートが良いかな?それともパフェ行っちゃうかな?」
両方用意して、ラズベリーがプディングの周りをうろちょろしている。そしてうるさがられている。
小柄なプディングだが、出るとこ出ていてへこむところはしっかりくびれている。そんな姿を見せたことはないので、みんなに意外だという反応をされて、内心恥ずかしくなって仕方ない。
ついでに、誰にも言わないが、周りをうろうろしているカリーの王子が、微妙にロン毛のヘラヘラ野郎と思っていたのに、妙にいいガタイをしていて男らしく見えたので、見ないようにしていた。
こ・・・こんな筈は。何でオレがこんな変な気持ちになってなきゃならないんだよと、さっきからろくに喋らない。
あまりにもうるさいので、ドリンクのフロートだけ受け取り、あっち行けと、いつもの素っ気ないふりをした。
「あんまりうるさくすると、余計に引かれますよラズベリー様。わざとやってるのかも知れませんけど。」
そう言ったのはプレッツエルで。この人は天然なわりに紳士なので、攻めすぎも逆効果じゃないですか、なんて言う。
「押してダメなら引いてみろってところかな。わかってるさ、そんなに刺激するつもりはないんだよ。」
そう言うラズベリー。変に余裕。
「可愛いのはよーくわかりますが、女性の心理というものはですね・・・プディングさんといえども・・・」
妙に実感こもる解説を始めそうなロゼ。
「博士の心理かな、それは?隣のプレッツエルの心理の方はわからなさそうだけど。」
ロゼ、ラスベリーに図星を指される。それを言われては、ぐうの音も出ない。
「ラズ様!博士はこう見えて繊細なのですよ、あんまり刺激しないで下さい。」
プレッツエルが助け船。
ラズベリーの狙い通り、というところ。悪い悪い、と変に悪役を買って出ては、自身の印象を下げる、変な癖である。
それがなんとなくわかったロゼとプレッツエルは、一瞬視線を交わす。が、何か照れてすぐ反らす。
プレッツエルは真面目な男だが、愛しの博士がまさかの水着とあれば、正直嬉しい、がしかし、なんだかどこに目をやればいいのかわからず。普段の肩パッド入りの服装しか見ていなかったわけだから、そんな柔らかな曲線を描いていたとは、プレッツエルでなくてもびっくりである。
そんなわけで。彼等は楽しい時間を過ごしているわけである、お互いちょっと、刺激的な。
そこへ、まだ子供っぽさの抜けない少女、ミントがきょろきょろしながらやってくる。
「お姉様も一緒にと思いましたのに・・・寝ていたいと仰るし・・・魔力の方が大変なのかしら。ああっ心配だわっ。そういえばカフェ様も、遊んでいられないとか仰って、剣の素振りをしてましたわね。」
ミントにシュワシュワしたドリンクを渡して、ラズベリーも
「力不足に感じてるらしい。カフェは。遊んでるよりも稽古していた方が、紛れるんだよ、全く・・・弟は生真面目さ。力抜くのも大切なんだけどな・・・。」
「姫様も大丈夫なんですかねえ・・・何か魔界に来てから魔力が暴走気味で大変って・・・早く制御アイテム完成すればいいけどな。」
アールグレイは、そう言いながら、そうなるとこの幸せリゾートがお終いかと、ちょっと思っては、心の中ですいませんでしたとか思っていた。


当のアプリコットは、そのカフェの素振り稽古をなんとなく見ていた。
集中しているカフェラーテは、まだ気付いていない。気付いてないなら、あえて邪魔もしない。
「ふう・・・あれ・・・?なんだ、見ていたのか。いつからいたんだ。」
ようやく気付くカフェ。
「俺がいるのにも気付かないとは、まだまだだな。まあ、前より太刀筋に迷いがなくなってる気はするけど。」
そう返すアプリコット。窓際の椅子に、だるそうに座っている。
「ああ・・・お前を助けに来るまでに、色々と考えさせられた・・・。僕にはまだ、力が足りない。剣もまだまだだし、魔法では役に立たない・・・。」
拳を握りしめるカフェ。
「みんな遊んでんぞ~、オメーは全く真面目すぎんだよ。たまには気を抜けっての。」
椅子にもたれながら、アプリコットは手をフラフラと動かした。
「そういう気にはなれないんだよ。もっと、強くなりたいと思えて仕方ない。」
その台詞を聞いたアプリコット、立ち上がる。
「じゃあ・・・なんで未だにそんなフラフラしてんだ。まだ魔法にこだわってんのかよ。お前にはその剣がある。・・・俺との約束は覚えてるか?」
「約束・・・。」
「ああ、そうだ。ガキん時のな。俺はシチュードバーグ一番の魔道士になる。だから、カフェお前は、カリー一番の剣士になれ・・・ってな。」
アプリコットの言葉は、カフェの心に、なにかを思い出させるかのように。
小さい頃、まだ二人が10歳にも満たない頃だった。その頃のアプリコットは、魔法の他に、剣術も学んでいた。だが、アプリコットにも弱点はある。体力的にも運動神経的にも、周りの少年達には遠く及ばない。元々、そこら辺は、痛感するところであり、同じ女の子でも運動神経の良い子はいるが、アプリコットは若干並以下かも知れない。
剣は、少女の細い腕には重たく、太刀筋は悪くなかったが、振り回して防戦するくらいで、どんどん上達し強くなっていく、カフェやラズには遠く及ばないことが、幼い心でも痛感していた。
正直、悔しい。魔法を勉強するときはあんなに楽しいのに、剣を持つとてんでダメだ。
あるとき、練習試合でアプリコットはカフェに大敗を喫した。大丈夫かと手を差し伸べられても、才能も力もあるヤツの手を取る気になれず、自力で立った。
「アプリコットはもう少し、腰を落として構えを・・・筋は悪くないのになあ。」
幼いカフェ。
「うるさいな、そんなのわかってる。向いてないんだから仕方ないだろ。カフェとは違うの、剣なんて重たくて、持ってるだけで精一杯なんだよ。」
幼いアプリコット。
あるとき突然、アプリコットはすっぱりと、剣術を学ぶことをやめた。
「どうして、突然・・・」
練習で時折シチュードバーグに来ていたカフェは、あるときすっきりさっぱりとやめた、幼い婚約者の気持ちがわからなかった。
「向いてないから。魔法の方が向いてるし楽しいし。やってても時間の浪費と疲労と、なんかいいことなんにもないし。だからやめた。俺は魔法に専念するんだ、その方が良いと思ったからだよ。おまえから一回も一本取れないのは悔しいけど、だからこそだ。・・・カフェは才能も力もある。いいか。俺はシチュードバーグ一番の魔道士になる!だから、カフェ、おまえはカリー一番の剣士になれ!」


「思い出したか。」
「・・・忘れてはいないよ。驚いたからな、あれだけ必死に食らいついてきたのに、突然すっぱりやめると言い出したときは、本当に驚いた。・・・アプリコットは、本当に一番の魔道士になったな。」
「まだまだだ。」
アプリコットは続ける。
お前は・・・なんで未だに、魔法引きずって、剣を極めようとはしないんだと。

カフェにも言えない理由があった。
寂しかった、置いて行かれそうだった。優秀に見える兄に、魔法にも剣にも長ける兄に・・・いつか婚約者が取られはしまいか、魔法の話になると、ついて行けない。入っていけなくなる。
とんだいらない心配だが、不安だった。アプリコットとラズベリーは、いわばライバルのようなもので、兄貴は幼馴染みのじゃじゃ馬の妹みたいなのを、そんな風にはさらさら思っちゃあいないのだが、カフェにとっては、何か入れないものを感じる余計な心配だった。
捨てきれない、向いていない、難しい魔道は、アプリコットの剣と同じように、足かせになりかねない。
でもそれを捨ててしまったら、本当に遠くに行ってしまいそうな誤解だった。

「いつまでつまんねぇ意地だけ張ってんだ、お前には天分の剣の才があるだろ、極めてみたくはないのか、そいつを。いい加減約束守れよ。いつまでフラフラしてるつもりだよ、そんなじゃ・・・本当に強い剣士には、なれねーぞ。」
そう言ってからアプリコットは、また腰掛けてもたれかかる。
「・・・・・・・そうだな。確かに、そうだな。僕は迷いを晴らすために稽古していたつもりだったのに、肝心なものはわからなかったんだな・・・。それでは本当に強くなんてなれない、守りたいものも守れない・・・。」
虎のような色のカフェの瞳が、輝きを取り戻す。ようやく、迷いが晴れた。
「約束は守る、今日から魔法は忘れることにする。迷いも捨てる。僕は、カリー一番の剣士を・・・もう一度、目指すよ。」
それを聞いてアプリコットは体を起こす。
「それでいいんだよ!」


「ところで・・・そんなにだるそうにしているけど・・・顔色もよくないな。大丈夫なのか?」
ふと、さっきから座って、椅子にもたれているアプリコットの姿が、弱々しくすら見えて、側にカフェも腰掛けた。
「ああ~・・・実は魔力がなあ・・・波打つみたいに高まったり色々なんでな・・・抑えてるのに疲れてきた、熱冷ましみたいなのは毎日、魔界王になんとかして貰ってはいるが・・・正直キツイんだよ、気持ち悪いし具合悪い。」
よく見ると本当に、顔色は青いし、言葉ほどの威勢もない。
「そんな・・・どうして言わなかったんだ。寝ていたほうがいいんじゃないのか?」
「う~・・・ん。寝てても治んねーし飽きてんだけど。もうちょっとで魔力制御アイテムが出来るって言ってたから、それまでは耐えるさ・・・。」
道理で最近、おかしいと思っていたと、心配そうな顔をするカフェ。
「・・・魔王とやらの力は・・・魔界では増大するらしいから・・・聖神ストロベリーの力もちゃんとあるって、魔界王は言ってた。両方持ってるらしい。今の俺は・・・魔界にいるせいか、抑えきれない魔力でグルグルなんだよ・・・下手に使おうとすれば爆発するから・・・なんもできねー。」
そう語るアプリコットは、今までになく具合が悪そうで、力の暴走と戦って疲労しているのは、見て取れる。どうして、気付いてやれなかったのかと思うほど。やせ我慢していたのはお前も同じか、負けず嫌い。そんな状態で僕を励ましてくれたのか・・・。

「あ~やべえ・・・正直だる・・・。」
「寝ていたらどうだ、できるだけ楽にして・・・なんなら、お前を部屋まで運ぶくらいは出来るぞ?立つこともやっとなんじゃないか・・・。」
「あ?運ぶったってどーやって。」
「抱えるしかないだろ。」
「・・・・・・・。」
「ここにいても楽にはならないだろう?」
「・・・わかった、・・・お願いしまーす・・・。人目に付かない道通れよな。」
「ははは・・・、了解。」


「あれ、今の、カフェ様じゃなかったか?」
アールグレイが、借りている部屋に帰るとき、その姿をちらっと見かける。
「そうだなあ・・・なんか誰かを抱えてた?」
ガナッシュも、それをちらっと確認した。
「すごいうなだれてた・・・あのオレンジ色の髪は・・・っていうか、あれ、お姫様抱っこってヤツじゃね?」
「う、うん。なんか、すごく珍しいものを見たような・・・どうしたんだろう?」
その後ろから、ラズベリーも見ていたようで、
「魔力が抑えられないんだな・・・あのアプリコットがああいうことさせるくらいだから、余程なんだ・・・まあ、黙っておくことさ、見られたくなかったと思うからね。」
そうですね、と二人。
「大丈夫なのかな・・・早く魔力制御アイテム出来てくればいいけど・・・。」
「あの姫様があんなにうなだれてるなんて、すげえヤバイ状態ってことかもしれないなあ・・・。」
流石に心配そうに、アプリコットの部屋の方を見ていた3人だった。


アプリコットが使っている部屋まで来て、ベッドまで運ぶ。
「ぐええ・・・まあ、寝てるほうがマシか・・・。」
「全く、我慢しなくても。そういうことは早く言ってくれよ。なにか欲しいものはないか、飲み物とか・・・。」
「あー水くれ・・・。なんかやけに優しいじゃねーかよ・・・。」
「そんなお前を見て、放っておけるわけもないだろう。看病するくらいは出来るし。」
「ビョーキじゃねーぞ。まあそんじゃ、しばらく軽口に付き合え、その方が気が楽だから。」
「そのくらいはいつでも承るよ。」


魔界城、今のところ、なんだか平和。
具合の悪い人も、気は楽になっていた。
魔界王、制御アイテムの完成を急ぐ。
そうでないと・・・早く魔界を出ないと、魔力は高まり暴走する一方と考えられる。
雨降って地固まる関係もあれど、姫の魔力は、人間である17歳には、辛いものとなっていた。
そして・・・
そんな状況の魔界城に、かの破壊の女王ヴァ・ナーナが近付いていた。
今なら攻め時と。

「まずいわね・・・。」
ミントの中の、シュガー神が、何かまがまがしいものに気付く。
「今のみんなの力じゃ、このまがまがしい邪の力には・・・あたしもミントの体ではそんなに色々出来ないし。
魔界王の手は塞がってるし邪魔できない・・・この力・・・まさかね・・・さて、どうしたものかしら・・・。」

続く。




はい、やっと書けたこの話。
前から書きたかったくだりです。
アプリコットにも弱点や弱みはあります。
魔界城スパリゾート、メンバー達は堪能、っていうか青い春ですか?
次、邪悪な女王様襲来か?


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