間奏曲2 「ダンジョン探索とおままごと〜光の掴み方も人それぞれ〜」



「アンジェリカぁー、ホントに行くのー?ぼ、僕はやっぱりやめておいた方がいいと思うよ・・・思えてきたよ、ねえ・・・」
気弱に声が震え気味、そんな台詞を零したのは、後のシチュードバーグ国王である、カマンベール王子、王子時代の少年カマンベールである。
「ばっか言うんじゃないわよ、ここまで来て引き返すなんて、本当意気地無しだこと。アタシは絶対に手にして帰りたいの、太陽の紅玉とかいうそれをぜーったいにね!」
アンジェリカ、と呼ばれた少女はそう返す。
後のシチュードバーグ王妃、フォンドヴォーの皇女、少女アンジェリカ。
彼女は、友人・・・恋人未満の気弱なカマンベールと、隣国の王子と王女、カリーの王子ターメリック、ブイヤベースの姫カステーラをも伴い、宝探しと洒落込んで。
「・・・全く、来て良かったとは思うが・・・お前達は危なっかしくて見てられん。」
そう言うのは勇気ある王子ターメリック。彼は、宝探しをすると言い出したアンジェリカとカマンベールを守るために、わざわざ護衛で付いてきていた。
「こんな所に本当にそんな物があるのでしょうか。」
カステーラはそれを言うのも何度目か、というほど。
「あるってこれに書いてあるんだからあるわよ。」
「アンジェリカ、私はそんな古くなっただけにしか見えない適当な地図っぽい紙切れを、そこまで信じてこんなところまで来るお姫様の神経が信じられないのだけど。」
「カステーラ、あんたは夢がないわよねえ、このロマンという名の探索が楽しくはないのかしらねえー。」
「何が楽しいのかさっぱりですけど・・・。一国の姫君のすることではない。」
「じゃあ何でアンタは一緒にこんな所まで来てるのか聞きたいわよー。」
「ターメリック殿に騙されただけですよ、楽しみだから来いと。全くこんなことに付き合うことになるなんて・・・。」
ため息をつくカステーラ。
「うふふ、ターメリックの言うことは鵜呑みなのねえ。」
にやにやとしながらアンジェリカは言うが。
「鵜呑みになどしておりません、口車に乗せられた自分が情けないです。」
「カステーラ・・・フォローにもなっていないぞ、俺は騙した覚えもないんだがな。」
ターメリックが言う。
彼はカステーラに、友人であるアンジェリカとカマンベールだけでは危ないからと、そう言って連れてきていたらしいが。
「あのー・・・口喧嘩してるなら行くか帰るかどっちかに・・・」
少年カマンベールは冷や汗をかきながら言う。
「行くの一択だけどぉー?カマンベール、アンタも男なんだから少し頑張って良いトコ見せてみなさいよ。」
アンジェリカはカマンベールの背中をぺしぺしと叩く。
「うー・・・頑張ってるつもりなんだけどなあ・・・でも僕は確かにライトセージになれたばっかりの弱い魔道士だからその・・・君たちとはやっぱり違うって言うか・・・。」
情けなさが前面に出ている、カマンベール。
ターメリックが心配するのも無理はない。
そもそもアンジェリカは、シチュードバーグに遊びに来ていたところで、古い書物から古くなった地図のような物を発見、カマンベールの手を引いて、いわゆる洞窟的なところに来たわけなのだが、話を聞いたターメリックとカステーラが来てくれなければ、危うく魔物の餌であった・・・。
アンジェリカは特に戦士的に鍛えているわけでもなく、一般的な魔道士でもなかった。
ただ、何か秘めた力を持つようで、魔力は高く、呪文すら間違えなければカマンベールよりも魔法に長けるかもしれない。
そんな彼女が特に魔道を真面目に学ばないのは、本人曰く呪文とか勉強が面倒くさいかららしいが。
カマンベールとアンジェリカはサボリ仲間であった。ただ二人の間には才能云々はともかくとしても魔力の差がもの凄くあった。
それをカマンベールが引け目に感じないわけでもなく・・・隣国の親友ターメリックは勇敢で武に長ける。何故かよく共にいる、カステーラは秀才で魔法も剣術にも通じる勇敢な姫。
といえば自分は特に秀でるところなんてないや・・・なんて思ってしまう。
だがそんな彼には、武勇伝にはならないかもしれないが、心根の優しさという天性の才能がある。一見気弱で、華奢で頭でっかちに勉強するも冴えない、周りにはダメ王子呼ばわりされるのも耐えながら、彼が一番嫌うのが人と人の諍いなのだ。
かと思えば、ようやく出来たガールフレンドというかサボリ仲間アンジェリカは、とんでもないお転婆で、冒険心旺盛かつ、無鉄砲で、更に言えば結構な考え無しであるようで。
若き日のアンジェリカは、その時のフィーリングと気分で物事を決めてしまうような、カンで動くようなところがあり・・・。
アンジェリカ曰く、その紙切れには、神のお告げの様なインスピレーションが働いたらしい。ここには絶対に、かの伝説の太陽神アプルの宝玉が、太陽の紅玉があるのだと言い張り、カマンベールは止め損なって一緒に来るはめになっている。
思えば後々に生まれる、娘アプリコットは、この無鉄砲な母の性格をよく受け継いでしまっているのかもしれない。
ミントの方は、もっと極端な受け継ぎ方をしたかもしれない。
それはともかく、その4人パーティは、どこぞの大変な洞窟にいるわけだが。
奥へ進むと、進めば進むほどに、魔物の数も手強さも増してくる。
それのほとんどをターメリックとカステーラが倒した。何度かの「レベルアップ」もあった。アンジェリカはそれを見ては楽しげに「流石ねえー!」だとか言って喜んでいる。
カマンベールは後ろから、たまに、ごくたまに、呪文を唱えてみたりはしていた。
「はあ・・・何か僕・・・足手まといになってない?やっぱり僕みたいなのが来るところじゃないんじゃ・・・はあ・・・。」
「何情けないこと言ってるのよ、ちょっと自分のパラメータ見てごらんなさい、もうすぐよ。」
「え?パラメータ?ステータスのこと?あ、あと1でレベルアップだ・・・!」
カマンベールも後衛から呪文を唱えていた甲斐はあったようだ、あと1ポイントでレベルが上がる。
「良かったな、お前もお前なりに頑張った証だな。」
ターメリックは弟か息子にでも言うような面持ちである。
「よ、よし、じゃああと一匹、倒せばいいんだ・・・倒さなくても一発当たれば・・・。」
少し気弱な表情が、元気になってきたカマンベール。
「ふふふ、なら次でカマンベールのレベル上げるわよ。」
アンジェリカも嬉しげに指を進路にさっと向ける。
「・・・あの。」
「何よ、カステーラちゃん。」
「・・・恐らく、この紙切れを見た限り、進路を間違っているような気がするんですが。」
ひとり、クールにカステーラは地図っぽいそれを見ながら、指を差す。
「え、マジ?」
「マジ、じゃないでしょう・・・先ほどの分かれ道を左に曲がるべきだったのではないかと。右に来たところ、どうやらこの青い線は川でしょうから、この細い川のようなのがこれでしょう?宝があるとするのは全く反対側ではないかと思うんですが。」
カステーラは淡々と解説。
「あら、アンタもなんだかんだ楽しんでるみたいねえー。」
アンジェリカは嬉しげに笑う。
「楽しそうに見えますか全く・・・こんな調子だから、私がしっかり真面目にやらないと、こんなところで王子王女が4人、未来を失ったりしたら笑い事ではないですって・・・言ってるでしょうが、笑うなって言ってるでしょうがアンジェリカっ。」
クールなカステーラもキレかける。
「まあまあ、そう怒るな、だからお前を連れてきたんだ、俺だけじゃ道に迷ってもしっかり進路とってやれんからな。」
ターメリックは、勇敢で頭も良いが、唯一弱点があるとすれば、方向感覚がいまいちな・・・方向音痴気味なところが少しあるところだ。これは未来の息子カフェラーテが受け継いでしまうようである。まあ、ターメリックはその弱点を自分で理解しているので、カステーラを伴ったという理由か。
「はあ・・・ターメリック殿、はなから私をフォロー役にしようとしていたんですね・・・、本当に騙されましたが来たのは正解でした。」
「そうそう、どうせなら楽しまないとよ、カステーラ。」
「楽しそうに見えますか。この状況で何を楽しめと言いますか全くもう。」
そんな会話を見ながら、ターメリックの方は楽しそうだ。
カマンベールも笑っている。

そんな声が響いたせいだろうか、静かだった洞窟内に、再び魔物の鳴き声が。
構えるターメリックとカステーラ。後ろに回るちゃっかりなアンジェリカ。あと1あと1・・・と魔道の杖を握りしめるカマンベール。
飛びかかる魔物をぶった斬るターメリック。
とどめを刺す魔法がカステーラから放たれる。
もう一匹と、剣を唸らせるターメリック。そして、あと1あと1とひたすら唱えるようにしていたカマンベールを、アンジェリカがほらほら、とさながら「HPがあと1くらい」のその魔物を指さしながら応援している。
「あと1よ、さあやってごらんなさーい!唱えるのは呪文!」
「う、うん、よ、よし・・・!」
カマンベールは、光属性の魔法を放ち、魔物にとどめを刺すことに成功した。
「や・・・やた・・・やった・・・。」
「はーいおめでと。」
「いい一撃だったんじゃないか?」
「まあ・・・カマンベール殿としてはまずまず良い攻撃でしたね。」
それぞれの感想。
そして、アンジェリカは、はっとした顔で、
「・・・まあ、それじゃあ今日はこの辺にして帰りましょーか。」
と言い放ち、3人を唖然とさせた。
「おい、宝を手にするために来たんじゃないのか?」
ターメリックが冷や汗を顔から流しながら聞く。
「ああ、まあそうなんだけど・・・アタシ順番間違えてたみたい、太陽の紅玉を手にするには、まずええっと・・・そうこれこれ、こっちの洞窟をまずクリアしなきゃいけないらしいの忘れてたわ。」
アンジェリカはあくまでも笑いながら答えるが。
キレそうなのを我慢しているような顔のカステーラや、ほっとしている様な顔のカマンベール。
「帰るのか、それで。」
ターメリックも少し呆れているようでもある。
「まーあー、道は間違えたしレベルは上げられたし、今日はこれにて終了ーみたいな?」
「ああ良かった・・・実は僕、もうMP的なやつがもう無くて・・・。」
アンジェリカの脳天気な声、カマンベールの告白。
「次は付き合いませんからね。帰るのは賛成しますけど。」
「帰った方が良さそうだな、相当怒ってるぞこれは・・・。」
カステーラの静かな声と、ターメリックの声もいつもより抑え気味。
そして4人は、シチュードバーグの夕焼けが広がる空を見て、それぞれの思いをその橙色にはせていたのだった・・・。

後日、カステーラは帰国する際にアンジェリカにぼそっと呟いた。
「あなたの本当の目的は、別の所にあったのですね。」
「何が?」
「ターメリック殿に聞きました、カマンベール殿は最近、自信喪失気味だったと。だから元気を出して欲しかったのでしょう、あれからのカマンベール殿はお元気な様ですし。」
「なーんのことかしらねえ、アタシはそんな無理矢理なSっぽい励まし方なんてしないわよお?」
「ふふ・・・太陽の紅玉だなんて、そんな伝説の品がある洞窟には到底思えませんでしたよ、拾った宝はどれも大した物ではなかったですしね。あなたは確かに突拍子の無いことをしますけど、そこまで考え無しではないはずです。」
にこやかに淡々と、アンジェリカに話すカステーラ。
「はー、まあねえ・・・あの洞窟には太陽の紅玉はないかもしれないけど、その代わりもっと光り輝くものはあったわよねえ。」
遠くを見るように言うアンジェリカ。
「・・・もうじきお帰りになるのでしたね。フォンドヴォーの暮らしはあなたには窮屈なのでしょうね。」
「・・・今日は随分おしゃべりなのね。」
「すいません。夢が叶う日が来ると良いですね、では。」
アンジェリカに向けた暖かい眼差し。
いつか・・・いつのことだったか。小さき4人のおままごと。
アンジェリカはよく言っていた、いつか大きくなったら、このおままごとが本当になるようにと。
パパ役のカマンベール、ママ役にアンジェリカ、隣の奥様にカステーラ、その旦那様にターメリック。
そんなおままごとが楽しくて、国へ帰れば楽しくなくて・・・
いつかこんな、自由の国にお嫁に来られたらいいのに、優しいカマンベールといつまでも遊んでいられたらいいのに・・・。
当時のフォンドヴォーの情勢もそう、気ままで自由な気性の姫にも、暗い影を落としていた。
そして、カマンベールにも、秘めて口に出せない目標があった。

いつか、僕は良い王様になって、アンジェリカをお妃に迎えるんだ、こんな僕を励ましてくれるアンジェリカを。君に相応しくなれるかはわからないけど、ターメリックとカステーラがもし結婚することがあるといいな、そうしたら、良い友好国になって・・・。
僕はターメリックみたいに強くもかっこよくもないけど、勇気があるなら君を迎えるのに精一杯くらいかもしれないけど、振り絞っていつか、迎えに行きたい。
国王って大変だと思う、でも僕は僕なりに・・・そう思えるの、君たちがいてくれるからだから。いつか、弱虫じゃない僕で、君を迎えに行くからね・・・。

そんな思いは、彼等の未来は、そう・・・
アプリコット、ミント、ラスベリー、カフェラーテ、という光の子達が生まれることで、ご存じの通りである。

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