アプリコット列伝 番外編 聖神精霊祭の奴ら

明日は聖神精霊祭。平たく言うと、この世界で言うところのクリスマスである。
聖神ストロベリーと精霊神に感謝する、一年の末頃のお祭りだ。
そして、このお話は、アプリコット姫が戻ってきてからのお話である。

「お姉様〜、どちらへ行かれますの?」
ミントが姉を呼び止める。手にはヘアブラシ。聖神祭(略称)の前に、姉姫のドレスアップを狙っていたが、姉の方は知らぬか逃れるつもりか、城を出ようとしていた。
「ちょっとプリンのヤツに用があってな。」
アプリコットは歩きながらそう言う。
プリンとは騎士プディングの愛称であり、そう呼ぶ者はごく親しい者だけ。
「まあ、プディングに?何かありましたの?」
ヘアブラシを持ったまま、ミントは出て行きそうな姉姫の後ろを歩く。
「ちょっとなー、ラズベリーがプリンちゃんつかまえておいてくれとか言うんでな。」
「あら、お姉様に頼るほど重要なご用なのかしら?いつもはご自分から出向いてつかまえてますのに。」
「ああ、聖神祭前夜祭だからなあ、確実につかまえておきたいんだとよ。俺から出てけばプリンも油断するだろ。」
「まあ〜。デートかしら!でもお姉様に頼るなんてラズ様も珍しいことなさいますわねー。」
歩きながら会話する姉妹。
「ま、たまには協力してやるのもおもしれーかと思ってよ。あいつが俺にそんなこと言ってくるってこたぁ・・・ちょっと本気なんじゃねーの?」
相変わらずの俺様口調でそう語るアプリコット。
そう告げて、ミントの思考をずらしつつ、アプリコットは階段を下りていく。それでは仕方ありませんわね、とミントも今は諦めたようである。
アプリコットも妹は可愛いが、寧ろシスコン姉妹だが、やれめかしこむだの色恋談義だの、そういう話になると流石に面倒くさいらしい。特に今日は、城を出ればカフェラーテが待っている。聖神祭に婚約者と会うなんて言ったら、ミントの乙女思考が爆発してしまうのは明白である。
実際そんな甘い理由で会うわけではない、カフェラーテも兄のために、である。

「遅いぞ。」
待ち合わせた場所に着いたら第一声はそれである。
「わりぃな、危うくミントにつかまるとこだったんだよ。ブラシ持って、危うくクローゼットに何時間閉じ込めるつもりだったんだか。」
アプリコットがそう遅れた理由を言えば、カフェラーテも笑みを零す。
「たまには遊んでやったらどうなんだ、何なら僕だけで行くぞ。」
カフェラーテは、返ってくる答えは分かりきっているような顔で言う。
「バカ言うなよめんどくせえー、大体プリン相手なんだから俺がいないと意味ないだろ。お前ひとりでどうするつもりなんだよ。」
そう言うと思った、とカフェラーテは笑っていた。
ハイハイ、とアプリコットも笑っていたが。

騎士の宿舎の方へ歩く。最近プディングは住む宿舎を変えた。女性騎士の宿舎の建ち並ぶ棟の近くである。元々住んでいた宿舎が少し、少女には似つかわしくない、下級騎士や傭兵などが仮住まいにするような、安い部屋だったのだが、流石にそれはとアプリコットが計らって、いい部屋を用意したのだ。
最近はプディングも少し昇進し、その程度の家賃くらいは払える暮らしをしている。そもそも、今までの扱いが薄給であり住まいも保証すべきだったのだと。
ラズベリーも、それを知ったときは驚いたようだった。
「それはないんじゃない。」
と言われて、アプリコットも普段口はあまり出さない、そういった事に言及してみる事にしたのであり。
引っ越したのはプディングだけじゃなかった。アールグレイとガナッシュも、それまでよりいい部屋に引っ越しした。アプリコットとしては、わざわざ近くに住んでいたふたりの部屋の距離を少し離すのは気が引けたが、そうそう都合よく空き部屋もないわけで。結果、プディングの部屋に近くなったのだが。
これで不満があるのは、自炊が苦手でほとんどガナッシュに頼っていたアールグレイだけだろう。他にも不服な理由はあろうが。
アプリコットも、グリンティ将軍に頼んだだけなので、そこまでは手が出せない。
「親父め、わざとじゃないだろうな・・・」
アールグレイが引っ越ししながらそうつぶやいたとかなんとか。

ふたりが宿舎の棟を歩き、プディングの部屋に到着したとき、当のプディングは遅めになった昼食の片付けをしていた。今日は非番、それはあらかじめ調べてあった。流石に仕事が入っている日に、それとなく連れ出すなんてことは出来ないので、アプリコットが調べて今日にしたのだった。
「ぷーりんちゃーん、居るかぁー?」
アプリコットはドアを叩いてベルを鳴らす。
「はい?・・・あっアプリコットぉ?!」
流石にいきなり訪ねてくるとは思っていなかったらしく、親友の登場にずいぶんと驚いた様子のプディングだ。
「おまえなにやってんだよ、ここは王女様の歩くようなところじゃないぞ??」
「別に、知った顔に会ったら挨拶するだけだよ。ははははは。」
「それって、こっちがびっくりするだけだから!全くもう。」
そのあと、一緒にカフェラーテまでいることに気付いて、妙にわたわたとする。プディングにしてみれば、隣国の王子まで連れて兵の宿舎の棟を歩いている王女の気が知れない、まだそこら辺はプディングの方が常識的か。
それで一体どうしたのかと聞いてみれば、ちょっと一緒に街まで遊びに行こうと言われる。別に良いけれど、思えば一緒にカフェラーテがいるのに、ふたりで歩いていればいいような気がしていた。そこまでの可愛い仲じゃないのはわかっていたが、折角の聖神祭なんだし、たまにはそういうことがあってもいいんじゃないのかと、思いながら支度をした。そこら辺案外乙女である。
そして、これから自分が会いたくないような相手に引き渡される計画だなんて知るよしもない。
「支度してそれかよプリンちゃーん。」
アプリコットは、騎士様の普段着の少しだけ余所行き、の姿を見てそう感想を零す。
「オレそんなにいい服持ってないの。おまえに言われたくないぞアプリコット。いっつも魔道の法衣みたいなヤツに。」
「寂しいねえ、もう少し飾ればいいのになあ。」
「おまえが言うなよっ、って言うかオレが変に飾ってたりしたら色々まずいんだから。」
「いやまあわかるけどさあ・・・聖神祭くらいはさあ・・・」
そんな会話を横で聞いたカフェラーテは、
「僕の方が寂しくなるから、もう少しなんとかならないのか君たちは・・・」
と零していた。
プディング的には、いつも言われないことを言われて、変な感覚。

3人になって、街角を歩いていた。それはそれで楽しいが、これからやることは結構難儀なことであった。プレゼントにかこつけて、可愛いプリンちゃんを作ってやる計画である。何でそこまで面倒なことをしなくてはならないのか、遊んでいたら段々やる気が失せてくる。
(兄上も兄上だ、こんなことをわざわざ僕たちにやらせるなんて・・・大体騙して連れて行こうなんて卑怯じゃないだろうか・・・)
プディングとアプリコットが何気なく楽しげにしている横で、カフェラーテはそんなことを考えていた。
アプリコットとしてもそこは実は同感で、珍しくそんなことを自分たちに頼る、その真意は何なのか、あのラズのことだから、何か他があると思わないこともない。

それを密かに見ているヤツがいたことには気付いていなかった。
当のラズベリーがいた。
やれやれ、折角一緒に遊べる口実を作ってやったのに、僕のために申し訳ないねえ、と。ラズベリーの小癪な、自分にも弟にも楽しい、一石二鳥作戦。頭の良いアプリコットをも欺く、色んな意味で小癪な作戦。
そうでもなければ、わざわざ頼んだりしないのであった。
どうせだから、プリンちゃんも可愛くラッピングして貰おうと、そこは腕前的にあまり期待はしていないが、少しでも楽しめればごちそうさまである、と。

「なあプリンよう、ちょっとここら辺見て行かないか?」
そう言ってアプリコットが指差したのは女の子が溢れている実に可愛いファッションの店で・・・意外すぎてプディングは大層驚いたが。
「ミントにプレゼント買ってやろうと思ってさ。」
あ、納得。と普通に店に入ることにした。無論、そんなことはついでというか大嘘。
唸っているカフェラーテ、こういう店は初めてだ。ちょっと挙動不審になる。
「お前、何困ってんの?」
アプリコットにそう聞かれて、我に返る。
「い・・・いやその・・・あまりこういった店に入るのは・・・」
「ああ、そりゃそうだな、俺もあんまり。」
「あんまりって・・・」
なんとなく、ふと。ここで何か逆に買ってあげたりしてはどうだろう?いやいやいや、柄じゃないぞ、というか何故そんなことを考えているんだ僕は?!
ひとりでまた困った顔になるカフェラーテであった。

そんな店の中で、またしても意外な顔に出会う。
おおよそここにひとりでいるのが意外な、アールグレイの姿であった。
「アールグレイさん??何でこんな店にひとりでいるの???」
プディングとしては、今日は驚くことが多い日だ。
「え、あ、いやその・・・って言うかどういう面子でここにいるんすか?!」
アールグレイの方も驚いていたが。ガナッシュのために、何かプレゼントしようと思い切って来たらしいが、何を買ったらいいのかわからないどころか、こういう物を突然贈られて驚かれないかと大層悩んでいるようだ。
「へーえ、お前も隅に置けなくなったもんだなあ。」
アプリコットにそう言われて、そんなことにはなってません、なれてません、とか言ってあたふたするアールグレイだ。
ここで、役に立ちそうにないカフェラーテにアプリコットは言う。
「じゃあカフェ、アールグレイの相談に乗ってやれ。俺たちはミントのプレゼント選んでくるからさ。」

男二人、残される。
さて、どうしたらいいんだろうと、目を見合わせる。
「ええと・・・何を選んだらいいですかねえ・・・。」
「そうだな・・・好みに合わせて選ぶのが普通なんじゃないかな・・・。」
「思えば何が好きなんだか知らないんですよねえ、俺。」
それは自分も同じだ。
「なあ、アールグレイ、ここはいきなりわからない装飾品で悩んでも仕方ないよ、いっそお菓子とかにした方が無難かもしれないよ。」
カフェラーテに言われて、あ!そうかと、アールグレイは納得してしまうが。
「バーカ、それもいいけど、ここでいきなりこういう物贈ってみた方が、ガナッシュ的には効果あると思うぜ?」
アプリコットがひとりでそこに立っていた。
「そう言うなら最初から、お前が相談に乗ればいいだろう。バーカとは何だ全く。」
男の気も知らない男勝りが何を言うかとまで言いそうになって止めた。
プディングはどうしたんだと聞いてみれば、更衣室に居るという。
「まさか納得させたのか!?」
「まーさか、ヤツのためとは言ってねーよ。俺が買ってやるから着てみろって言ってみたらオーケー出ました。どうよ、俺様すごい。」
確かに凄いと、納得してしまうが。
「よくその気になったな・・・。」
「あいつ別にこういうの嫌いじゃねーもんよ。」
何がどうしたのかと、レジに行って帰って来たアールグレイが聞く。手には、何か小さな袋があった。
「何を買ったんだ??」
「ピアスとヘアピンです。これなら普段から使ってる物だしおかしくないかなあーって。」
照れながらアールグレイは答える。
「ナイス」「なるほど」
アプリコットとカフェラーテの声が重なって返ってくる。
「今ハモリましたよね。」
吹きそうになりながら、アールグレイはふたりに言う。
ちょっと違ったし、と何故か照れる、カフェラーテだった・・・。
頑張れよと、アールグレイを見送りつつ、更衣室の方を見やると、アプリコットを呼ぶ手が。
「気に入ったみたいだな、似合うじゃん。着たままでいいって、おねーさん、この一式買いまーす。」
店員を呼ぶアプリコットを止めながら、でも・・・でもと困惑するプディングだったが、アプリコットが強引に買ってしまう。実を言えば、それらを購入した資金は、ラズベリーがあらかじめ出していたもので、アプリコットの懐ではない。

「着たままでいいってのに。」
「あんまり人に見られたくないの!明日から戦場に立てなくなりそう・・・。」
「えらい着飾った騎士なんて沢山いるぜー?セサーミィとか見てみろよ。」
「一緒にすんな。」
結局ラッピング計画は上手く行ったようで寸止め。
ふたりを見ていたカフェラーテは微妙な気分であった、アプリコットが彼氏のように見えて、何を考えているんだろうと、頭を振った。
そして・・・そろそろ、アプリコットも気付いていた。

「おい、そろそろ出てきたらどうだよ。いつから見ていたんだか。」

バレてたかい、と。飄々と人影から登場するラズベリー。
「なっなんでオメーがここに・・・!!!」
プディングのばつの悪そうな顔と言ったらない。
「兄上・・・見ていたんですか、いつから・・・」
「ふふふ、たまには楽しいだろう?プリンちゃんは僕が預かるから、あとはふたりで食事なりどこへなり、だよ。」
そう言われて、アプリコットはこの未来の義兄の魂胆を理解したらしい。全く、性格悪いことだ、と・・・。
カフェラーテも意味はわかったが、心境は違った。と言うかよくわかっていない。
「プリンちゃん、折角だから着て見せてくれないかなあ?あとこれこれ、もうひとつ僕からのプレゼントなんだけど、受け取ってね。」
背の小さなプディングに合わせてしゃがみ、妙に紳士に涼しげに、手を取って・・・その手にグーで殴られていた。

それを、その親たちの姿を、もっと陰から見守る姿があった。
「お父様、ファイトでしてよ・・・!」
ジェラートは、未来の父親であるラズベリーを応援してそう言った。
「ラズベリーさんはこれだから、プディングさんに好かれないんだと思うけどなー。」
アプリコットの未来の息子、アプル。
「アプルさん、そんなことはないわ、この全てお見通しなところがお父様の賢く素敵なところなんですからね!貴方のような子供とはわけがちがいますの。」
「はあ・・・俺はカフェ父さんの初心っぷりの方がまだいいや・・・。」
こういう男から生まれたジェラートを嫁さんにしなきゃいけない俺って、大変。怖いなーとか思いつつ、結局4人で歩いている親たちを見ていた。

聖神祭、当日。
「昨日今日が非番な俺って、ラッキーだなあ。」
アールグレイがそう言いながら、自室で真新しいティーカップでお茶を飲んでいた。
「ホントに、こっちは昨日まで真面目に仕事だったんだから。」
そう言うのは、本当に昨日も仕事していたらしい、ガナッシュ。
そのティーカップは、ガナッシュがアールグレイにと持ってきた物で、まともな食器のひとつくらい持っていろ、とのことだ。
「何か久しぶりに美味しく入った紅茶飲んでる気がする・・・。」
アールグレイは、自分でリーフティなんて飲まないので、貰ったカップでガナッシュにお茶を入れて貰っていた。
「何かいいものっぽいなあ、差が付くなあ・・・」
「大した物じゃないよ、買える程度。」
気にしていないガナッシュに、ええっと、これ。と昨日買った小袋を差し出してみる。
「え?!」
不意打ちに驚いて、ちょっと手が震えているガナッシュ。
「開けてみて。」
「うん・・・あ。」
普段使い出来そうな、シンプルなピアスとヘアピン。
アールグレイにしては気が利いている。更に、Forショコラ、と書いたカードが入っていた。
「・・・・・・」
ガナッシュ、黙る。
「あ、カード余計だったかなあー・・・」
「いや・・・ありがとう。まさかお前からこんなの貰うとは思いもしなかった・・・。」
「ま、聖神祭だし。たまには気の利いたことしても、バチは当たらないよな。あはは。」
差が付いちゃうのはこっちの方だよ・・・と、考えてることは結構同じなのかなあ、と。

シチュードバーグ城内、ミント姫御用達の、数々のきらびやかな、クローゼットルーム。
「お姉様の髪はするするさらさらしていて、梳かし甲斐がありますわー。」
ミントにつかまったアプリコットは、髪にクシを入れられている真っ最中だった。
「ミントちゃーん、そんなに梳かしたら毛が抜けるって。」
「無駄な抜け毛は梳かしてとらなくてはいけませんわよ。」
「楽しそうだなあ。」
「とっても楽しいですわー。折角新しいカチューシャがあるんですもの。」
「何で同じヤツ買ってるかなあ・・・。」
「気が合ってなによりですわー。」
昨日、いつ買っていたのか、カフェラーテに貰ったカチューシャ。
何故か、アプリコットがミントに買った物と、同じ物、色違い。
あいつも素直じゃねーわ。
帰り際に、「さっきの店で買ったから」と渡されて、そのまま受け取ったらそれが入っていた。
「カフェ様がお菓子じゃない物をくださるなんて珍しいわ、昨日のお相手はプディングだなんて嘘でしたのね。」
「いや、4人だったよ。」
あのあと、街角の光り輝く聖なる光を、夜の風が吹くまで4人で眺めていた。城下の賑わいを見てきた。
「来年はミントも見たいか、聖なる光の飾りがキラキラしてるツリーとか。」
「わたくしもまた、城下町を歩きたいですわ。」

余談、アプリコットに買って貰ったと思っていた服の出所を知ったプディングは、それをしばらくタンスに封印したらしい。



後書き。
久しぶりのアプリコットです。
いわゆるクリスマスの甘ったるい青春ですね。
ラズベリーがほとんど画策してますが、未来からの子供の事までは気付いてないでしょう。
とても久しぶりなので、みんなハッピー的な。
本編まだアプリコット姫帰って来てませんが、その後の話です、そうじゃないと一緒にいるのが変だからってだけですがねえ。
お姉様もミントちゃんには敵わないし、みんな素直になれないし、未来から応援されてるし・・・。
聖神祭くらいは、非番で青い春しててもいいでしょう、普段バトルしてますし。
騎士なのに非番とか宿舎がボロだとか・・・何かまだ下っ端な騎士扱いなんですねえ、戦力的にはずば抜けてる筈なのに。
姫様救出後には、流石に少し昇進です。そりゃあ。
俺様な姫様も、意外と今回は大人しいんです、荒っぽいのは変わりませんが。
アプリコットがラズベリーの義妹になるって、変な感じですけど、ライバル視してるの、ラズの方だから。
カフェは相変わらず、ひとりでぎくしゃくしてますね。
アールグレイは引っ越しても、結局自炊が上手く行かないと思われる。お坊ちゃんなんで。
部屋が近くなったので、ガナッシュとプディングはよく会っては、裏側の顔で話しているかも知れない。
そのまんまクリスマスって言うのも世界観でおかしいから、聖神精霊祭にしました。



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