第2話 「友達」


エルティアとラミナスは、アンデリーの館の女領主ジルヴリーデに迎えられた。
ジルヴリーデは、アトレシアの女王ジェアライドの妹に当たる。
ラミナスとは旧知の仲。よくぞご無事でと、ジルヴリーデは温かく迎えた。
ラミナスとジルヴリーデの話の中で、何だかどうしていたらよいかという面持ちのエルティア。
それを察して、ジルヴリーデは、屋敷の中をひとりの少年に案内させた。
その子は使用人の子で、名をジェミーといった。丁度エルティアと同い年で、14歳。
優しげな温厚な子で、だが突然現れたお嬢様の様な、お姫様の様なエルティアに、最初はジェミーもおどおどとしていたが。
少しずつ言葉を交わすごとに、ふたりの子は仲良くなっていった。
ジェミーは屋敷の中をあちこち案内していたが、エルティアが突然の旅で疲れを見せていたために、ふと気遣ってお茶を入れた。
「ありがとう・・・とても美味しいわ、これはなんていうお茶なの?」
エルティアは温かなお茶に気持ちも温かくなる心地であった。
「これはね、ここレクシアでよく採れるハーブのお茶なんだ、疲れをとるし、体もぽかぽかするんだよ、少しだけ生姜も入っているけど、苦手じゃないかい?」
ジェミーはそう答えた。
「いいえ、とても美味しくて・・・本当に温まるわね、生姜の入ったお茶、飲んだことがあるの。私が過ごしていたところでも、レモンと一緒に生姜を使っていたわ。」
「そうか、良かったよ・・・いえ、もしかしてどこかのお嬢様かお姫様、ですか?だったらごめんなさい、言葉使いが失礼だったら・・・」
ジェミーははっとして、少し緊張した言葉を零すが。
「いいえ・・・私は修道院にいたの。街の外れの。だからどうか、さっきまでみたいに話して?私、折角年の近いあなたとこうしていられるのが嬉しいわ。だからどうか、気は使わないでね。」
緊張や不安もほどける様に、心の温まったエルティアは、ジェミーにそう言った。
「そ、そうか、良かった・・・だってエルティア、君はまるでお嬢様みたいにその・・・お上品っていうかね・・・でも君がそう言うなら、僕もそうするよ。」
照れ笑いを浮かべながら、ジェミーは言う。
その答えに、エルティアも笑顔で応えた。

ふたりはとても短い時間で、とても仲良くなり、まるで馴染みの友人のような気持ちで居た。優しい気性の少年は、とにかく疲れているように見えた少女を明るくさせた。
それを見ていたラミナスとジルヴリーデも、ふたりを見守っていた。
「あの子はとても優しい子なの、だからきっとエルティア様の気持ちをほぐしてくれると思ったわ、それにしてもラミナス、久しぶりに会うのにとても大変。そしていつまでも・・・変わらないのね、本当に。」
ジルヴリーデはラミナスにそう言う。
「・・・すまないな。」
短く、そう返すラミナス。
「あらあら・・・ずるいのも変わらないのね。」
「・・・人が悪いな、ジル。お前はしばらく会わないうちに、私を飛び越えたようだが。」
「まあとんでもないこと。300年も生きているおばあさんにそんなことを言われたくないわね。確かにあなたの見た目より歳を取ったけれど。」
そんな、皮肉も混じる会話。
そう、ラミナスはかつてのナジェリ一族の生き残りであり、今年で318歳になる。
だが外見は歳を取らず、300年前のあの日より、不老不死といえば陳腐かも知れないが、まさにそのとおりの、18歳の姿の318歳なのである。

それはアトレシアが勇敢なる王アステロスによって統一、アトレシア王国となる前の、ナジェリの王国の悲しく荒々しい出来事であった。
その国の王城の地下深く、誰をも入ることの許されぬ一室に、その破天の杖はあった。
ともに、神剣デュール・グラウネと女神剣ディース・ラヴェーヌ、それからそれらを封せし封印の言葉が、その場所に堅く守られ封印されていた。
・・・が。王子ロードリアスが、破天の杖を手に取ってしまった。荒々しい、その強い破壊の力に王子は支配され、もともと覇気のある王子であったがためか、ひとりで王国を滅ぼしかけた。
その時に・・・その姉姫であるラミナスと、双子の妹ラメイジュは、それを止めるためか・・・親友である少年レイスリッドに封印の言葉・・・ルーヴァカートを託し、ふたりの姉姫は弟を止めるために、悲しき戦いに赴いたという。
神剣を持ちし者は、その時から、歳を取らない者となった。それが、その剣を持ちし者の封印なのであろうか。

それから300年の年月が流れた。同じく歳を取らぬ者、ラメイジュも、ルーヴァカートを託されしレイスリッドも、どこかで18歳の姿のまま、生きている。
ラミナスは、何故か、王女エルティアを幼い頃からずっと守っていた。
エルティアにとって、ラミナスは姉そのもののような存在だった。
今も、その唯一の強き姉のような存在に守られ、ここまで来た。
心細さは隠していた、が。少年ジェミーの優しき心遣いに、不安も小さくなるようであった。
しばらくはこの屋敷で暮らすことになる。
茶と菓子をつまみながら、エルティアとジェミーはあっという間に仲良くなった。
しばらくはここにいることになる、と知ると、ジェミーは無意識に、この子の不安や疲れを和らげたいと、力になりたいと感じる。
「僕はここの使用人の子だから、何か不便があったら、いつでも何でも言っておくれよ、君がここで楽しく暮らせるといいな、みんな、いい人ばかりだからね。」
ジェミーはそう言う。すると、エルティアはこう返した。
「あのね、ジェミー、お願いがあるの。」
「え?なんだい?何でも言っておくれ。出来ることはするよ。」
エルティアは、少し照れるように、笑顔で言った。
「私の、お友達になって欲しいの。」
「え?そんなこと?」
「ええ、駄目かしら・・・?」
ジェミーは首をかしげながら、だが笑いながら、
「勿論さ、だって僕らはもう、こんなに仲良くなっているじゃないか。」
そう言った。
「ありがとう!私、あまり年の近いお友達・・・いなくて。だから・・・優しいジェミーとお友達になれるならとても嬉しいわ。」
エルティアは、満面の笑顔であった。
「ここにはね、僕たちと年が近い騎士の見習いの、友達だっているんだ、きっとふたりも君と仲良くなれるよ。今度紹介するよ。」
「まあ・・・とても素敵ね、ここはなんて素敵なお屋敷なのかしら・・・。」
そんな言葉に、やっぱりどこかのお嬢様かお姫様なのかなと、思いはすれども口には出さない、ジェミーであった。



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